3-11 もう一つの事件

 美柚の高校では有志の学生が放課後に一人暮らしの高齢者の家を訪問し、生活の手助けをするボランティア活動を行っている。彼女もこの活動の一環で、毎週火曜日に柏原菊江の家を訪ねていた。


 通学で利用する旭川四条駅に近く、帰りの列車の時間までの間、家事や料理を代行するなどして過ごしていた。彼女が最後に菊江の家を訪ねたのは、修学旅行の出発前日のようだ。

 その日いつもと何か違うことがなかったか尋ねると、美柚は必死に思い起こす。そして、暫しの沈黙の末に口を開いた。


「確か、あの時は6月にお孫さんが結婚するとのことで、菊江さんはお祝いのお金を準備していました。一緒に確認して欲しいと頼まれて、金庫の鍵を開けて、ご祝儀があることを確認してから家に帰った覚えがあります」


 盗まれた100万円というのは、そのご祝儀だったのだろう。用心深く管理していたのにも関わらず盗まれてしまったのは非常に気の毒だ。


「そうすると、美柚ちゃんが家にいる間はご祝儀は確かにあったんだな。ちなみに、別の曜日にも様子を見に行く人はいたのかな?」


「月曜は莉央奈ちゃん、木曜は遥香ちゃんが毎週訪ねています。水曜はヘルパーさんの日で、金曜はお母さんの薬局で薬を届けています。1年前からずっとこの流れですが、基本的に家中鍵はかかっており、家族以外で合鍵を持っているのはヘルパーさんだけです」


 彼女の証言を基に、俺はニュース記事を開いて事件の経緯を再確認する。


 菊江が倒れているのを最初に発見したのはヘルパーで、事件があったのは火曜の夜から水曜の朝の間だと推定できる。

 しかし、玄関の防犯カメラの映像では美柚が帰ってからヘルパーが来るまでの間に訪問者はおらず、ガラスが割られた形跡もなく、鍵もすべてかけられていたという。

 月曜に出入りしていた莉央奈への聴取でも、100万円の確認を菊江にされた、との証言があったために、美柚への容疑が一層深まったのだろう。

 なお、菊江は高度な記憶障害に加えて合併症を患い、長期で入院中のようだ。


 一通り彼女から聞き取りを終えたのを踏まえて、簡潔に辻堂へ説明する。


『了解。一応、被害者の家族の知人が地元にいるから、調べて欲しいことがあれば俺経由で伝えるようにする。何かあったらいつでも連絡頼む』


 辻堂からの言葉に心が救われる。勉学に忙しいはずなのに、ここまで尽くしてくれるなんて頭が上がらない。このまま美柚の容疑が晴れると良いのだが。

 文面を彼女にも見せると、何やらメッセージを送りたがっているようだったので、スマホを渡して文章を打ってもらった。


『MIUです。被害者とはボランティアで関わっていた立場ですが、家族同然に過ごした仲です。記憶障害を治す方法はないのでしょうか?』


 やはり、菊江のことが心配なのか。再会しても一緒に過ごしてきた時間を相手に覚えてもらっていなければ、これほど悲しいことはないだろう。

 浅虫温泉を過ぎて閑散となった列車は、漆黒の沿岸部をひたすら駆け抜ける。野辺地を過ぎたあたりでチャット欄を確認すると、辻堂からの返事が届いていた。


『未承認の薬物は治療法が確立していないし、正直俺も分からない。ただ、その人の記憶に深く刻まれた出来事を思い出してもらえれば、芋づる式に記憶が蘇るかもしれない』

『4人で無事に旭川へ着いたら、その被害者のところを訪ねて一緒に過ごして楽しかった出来事を話してみるのはどうだ?』


 彼からの返答に美柚の表情が少し和らいだように見えた。根本的な解決法ではなさそうだが、試してみる価値はありそうだ。お互いのためにも旭川に着いたら菊江の入院する病院へ連れて行こう。

 辻堂へお礼のメッセージを送り、しばし頭を休ませて19:49に八戸へ着いた。


 ホームの待合室で15分ほど待つと、盛岡からの普通列車も到着。久しぶりに春哉と夏帆の姿を見るが、2人とも浮かない顔をして降りてくる。


「お疲れ。2人とも暗い顔してどうしたんだ?」

「私との関係性はバレませんでしたか?」

「まぁ、警察にはうまく誤魔化せたけど、ちょっとね・・・・・・」


 夏帆が春哉の顔をチラッと見る。彼が首を捻り困った表情をしているのは珍しい。

「とにかく、面倒くさいことになった。次の列車の中で説明するよ」


 1番線ホームへのエスカレーターを降り、眼下に停まっている八戸線の普通久慈行きに乗車する。ガラガラの4人掛けのボックス席を確保すると、2人は取り調べの内容を説明してくれた。

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