3-10 青森脱出
何とか自慢の脚力で美柚を引っ張り、路地裏に逃げ込んで警察を振り切った。しかし、全速力で逃げてきたために美柚の体力は限界に達していた。
「私、もう走れないです・・・・・・」
彼女は息を切らし、路肩にしゃがみ込んでしまった。とりあえず青森駅へ戻りたいところだが、地図アプリの情報では現在の場所から500mほど離れている。どのように周囲の目を搔い潜ろうか悩んでいると、路地裏から覗ける範囲でお面の出店があるのを見つけた。
「あそこでお面を買って、どうにかやり過ごせないかな?」
「・・・・・・仕方ないですよね。被って行きましょう。」
俺はライダーもの、美柚はアイドル系ヒーローのキャラクターのお面を被る。思った以上に視界が狭く、蒸し暑くて呼吸も苦しい。それでも、警察から逃れるべく、ねぶたが始まる前の賑わいの中を慎重に歩いていく。
すれ違うちびっ子達からは頻繁に指さされたので内心ひやひやする。歩行者の誘導をする警察官の目の前も横切ったが、怪しまれることもなく青森駅に戻ってこれた。お面を外し、綺麗な空気で呼吸を整える。
「それにしても、犯人は捕まったはずですよね?どうして警察は私たちを追っているのでしょうか?」
「犯人が捕まったのを知らずに、誰かが通報してきたのか?さっきの幼稚園児を引率していた先生じゃないよな?」
情報を集めるためにスマホを出してSNSを開こうとしたタイミングで、ちょうど春哉からの電話が来た。スピーカーホンに切り替えて電話を取る。
「もしもし、春哉無事だったか?」
「ちょうど取り調べが終わったところだよ。それより、美柚ちゃんも一緒?」
美柚も「はい、どうかしましたか?」と横から会話に混ざる。すると、彼は切羽詰まった口調で話を続ける。
「すぐに青森を離れたほうがいい!美柚ちゃんの腕時計にGPSが仕込まれていたんだ。毎時0分に電波を受信するときに誘拐犯が持ち歩いていたスマホと連携して、位場所を特定できるように細工されていたらしい。もうすぐ18時になるから、2人が今いる場所もバレるよ!」
おいおい、マジかよ。そんな小細工されていたなんて知らないぞ。春哉からの助言を受けて、美柚は左手首にかけていたピンクの腕時計を外す。迷ったように俺のほうを覗き込むが、俺は「しょうがないよ」と無言でサインを出す。
「お父さん、ゴメンなさい・・・・・・」
美柚は呟いて合掌すると、腕時計をビニール袋へ押し込んだ。駅のコンビニにあるごみ箱へビニール袋を捨て、電話を繋いだまま俺たちは駅のコンコースへと移動する。
「腕時計外して距離を置いたよ。函館行きのフェリーが出る港へ向かえばいいのか?」
「でも、お祭りで交通規制が始まっていますし、バスもタクシーも捕まえられますか?」
一旦落ち着け、と春哉は俺たちを制止する。
「北海道へ上陸するのに、ちょっと作戦を考えた。とりあえず、八戸まで来て俺たちと合流してくれないか?」
ちょうど改札の前で予想外の場所を指定してきたので、耳を疑った。
「八戸!?何で南下しないといけないんだ?」
「それに、JR線ではないみたいなので、また追加でお金かかっちゃいますね・・・・・・」
運賃表を見て困惑する俺達に対し、春哉は冷静に答える。
「いや、途中で降りなければ青森から八戸の間は、追加料金なしで18きっぷが使えるんだ。折原郁人の件は八戸で合流したら教えるよ。まもなく俺たちも盛岡を出るから、2人とも気をつけて」
祭りの賑わいを後ろ目に、改札を通って青い森鉄道線の普通八戸行きに乗り込む。思いのほか車内は帰宅する客でそれなりに乗っており、青森を18:15に後にした。途中駅の青森方面に向うホームには、これから祭りへ向かうと思われる客で溢れ返っている。
「せっかく青森まで来たのに、お祭り楽しめなくて残念だったな」
「でも、本物のねぶたを見られましたし、雰囲気を味わえて満足できました」
「それならよかった。それにしても、警察の目的は一体何だろう?」
もしかしたら、辻堂が何か情報を掴んでいるのかもしれない。慌ててアウモンを開くと、チャット欄へ約2時間前に彼からのメッセージが届いていた。アプリの字数制限の関係で長文を区切り、数件に分けてメッセージが送られてきている。
『誘拐犯、捕まったみたいだな。でもそいつは5月半ばに起きた旭川の事件には絡んでいない可能性が高い。事件の被害者とどう関わっていたか、MIUから詳しく聞いてほしい』
『ちなみに医学専門ニュースの記事によると、被害者の身体からは睡眠薬以外に、記憶障害を引き起こす本邦未承認の薬物も使われていたそうだ』
『入手先は不明だが、少なくとも美咲さんの薬局で扱ってないようで、調剤ミスではないとされている。きっと犯人は、被害者とMIUの両方に近い奴の可能性が高い』
そういえば、俺の大学内でも「試験前に飲むと頭がリフレッシュする、とても良い栄養剤がある」と別のサークルの先輩から勧誘を受けたことがある。
いかにも胡散臭かったので、その時はきっぱり断ったのだが、まさかこの事件でも使われていたとは。 アプリ内に個人情報を書けない都合で、文面的にMIUは美柚のイニシャルとして表現しているのだろう。この画面を彼女にも見せて問いかける。
「美柚ちゃん、殺人未遂事件の被害に遭った高齢者の家に出入りしてたんだろ?修学旅行の出発前にどんなことをしてたのか、教えてくれないか?」
「・・・・・・わかりました。また一緒に考えてくれますか?」
俺が「もちろん」と頷くと、美柚は少々躊躇いつつも説明し始める。
車窓に差し込む夕陽が、大阪にいる時よりも早く落ちるように感じた。
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