4-4 忘れられない記憶
『・・・・・・ここで鉄道の情報です。函館本線は、厚別駅付近を走行していた上りの特急列車が緊急停止した影響で、札幌駅から岩見沢駅の間で運転を見合わせています。現在確認作業を行っているとのことで、運転再開の見通しは経っておりません』
車から流れるラジオの声で、ふと目が覚めた。どのくらいの時間眠っていたのだろうか。
・・・・・・あれ?私、いま誰の車に乗って、どこに向かっているんだっけ?
「よし、うまく止めてくれたみたいね」
「柵もない脇道に車寄せてくれたからね。線路の間に石を挟むには楽勝だったわ」
「万が一あいつらが追ってきても、これで完全に振り切れるし、とりあえず安心だね。段ボールの処分も手伝ってくれてありがとね」
いつの間にか後ろに誰かが乗り込んでいる。一体、何の話をしているんだろう。
「・・・・・・だれ、ですか?」
「あっ、目が覚めたんだね。この子は私の親戚。途中で待ち合わせしてて、一緒についてきてくれるの」
もう1人の女性が「よろしく」と挨拶する。私と同じくらいの歳に見えるけど、どこかで会ったことがあるような・・・・・・。バックミラー越しに笑みを浮かべる彼女を黙って眺めるが、記憶をたどっても答えは出てこず、何もかもがモヤモヤする。
「どこにいくの?」
「これから飛行機に乗って、君が幸せになれるところに連れて行ってあげるの」
飛行機?幸せな場所・・・・・・?
「まさか大阪に連れ戻された上に、臓器売買にかけられるなんて、微塵も思ってもいないだろうけど」
もう1人の女性がぼそっと呟く。
―ゾウキバイバイ?どういうこと?自分の身に何が起きているのかさっぱり分からない。
「それにしても手のかかる奴らだったね。所詮貧乏人でしょ?そんな奴らがこの子を安全に送り届けるなんて無謀なことなのよ」
「だよね。西条さんが手伝ってくれなきゃ、どうなるかと思ったよ。仕込んだ薬物のおかげで、この子の記憶からはアイツらのことなんて消え去っているよ。私達に従順みたいだし、飛行機に乗る抵抗なんてしなそうだからよかった」
窓の外には緑の景色が広がっていたが、遠くから大きな翼を広げた筒状のものが空へと上がっていくのが見えた。飛行機だろうか。
「よーし、空港に着いたわ。このままバレずに保安検査場を通っちゃえば、私たちの勝ちね」
程なくして駐車場に入り、エンジンが止められ車から降りる。2人に連れられて、近くにそびえ立つ大きな建物へと入る。人混みをかき分けて、保安検査場というエリアに近づいたときだった。
「おい!そこのあんた達!美柚ちゃんを連れてどこへ行くつもりですか?」
背後からの声に振り向くと、2人の大学生らしき男の人が、西条さんと呼ばれている人物と、彼女の親戚という人物を取り押さえた。
「ちょっと!離してよ!誰か警察呼んで!!」
「警察を呼んだところで、捕まるのはあなた達ですよ。西条律子さんと藤島莉央奈さん、あなたたちが美柚ちゃんの誘拐を企てた犯人ですね?」
犯人?見知らぬ人物が放った発言に、理解が追いつかない。すると、私はスタイルの良い女性に手を引かれた。
「美柚ちゃん、大丈夫!?」
彼女は心配そうに私の様子を伺ってくる。しかし、私は女性の手を振り払う。私をここまで連れてきてくれた2人を急に捕えるような人たちに心配される筋合いはないからだ。
「あなた達誰ですか?あの2人はこれから私が幸せになれるところに連れて行ってくれるんです!離してあげてください!」
女性は驚愕した表情を見せる。
「・・・・・・美柚ちゃん、まさか私たちの記憶消えちゃったの?」
「やっぱり、あのとき渡されたお菓子に薬物が練り込まれていたのか!」
向こうの男性が呟く。すると、目の前の女性が私の両肩を掴み、身体を揺らしながら必死に訴えてきた。
「私達、あなたのお家に送り届けるために、大阪からここまでずっと一緒に旅してきたのよ!思い出してよ、美柚ちゃん!」
何のことかさっぱり分からない。その様子を見てか、筋肉質なもう一人の男性が叫んだ。
「夏帆、辻堂さんが言ってたよ!『その人の心に深く刻まれた出来事を思い出してもらえれば、芋づる式に記憶が蘇るかもしれない』って!昨日、弘前で幼稚園の子に貰ったりんごの形の折り紙があるから、リュックから出して美柚ちゃんに見せてくれないか?」
女性はその男性のリュックのファスナーを開けて黄緑色の折り紙で作られたりんごを出すと、私に見せてきた。
「美柚ちゃん、これを見てよ!楽しい思い出だったんじゃないの・・・・・・?」
それを見て、私は無意識にポケットへ手を伸ばす。スカートの中にも、色違いの赤いりんごの折り紙が入っていた。その時、脳裏に幼稚園児の声が蘇る。
―これ、先生に教えてもらって作ったの。お姉ちゃんたちにあげるね!
私が折り紙をじっと眺めている間、女性は髪をほどいてヘアゴムを見せてきた。
「これ、飯山で買ったお揃いのシュシュだよ!美柚ちゃんもお揃いのもの、一緒につけてるよ!」
そう言われて自分の髪留めに手を伸ばし、髪をほどいて彼女のものと比べる。確かに色違いで同じようなものを付けていた。
そこへ、その女性の声が頭の中に流れる。
―美柚ちゃん!手作りのシュシュ100円だって!お揃いの買おうかな。
―可愛い!美柚ちゃん似合ってる!
さらに、女性はスマホを差し出して訴えてきた。
「ほら、旅先で撮った写真もグループラインにたくさん保存してあるよ。これを見て、私たちと一緒に過ごした楽しい時間を思い出して!」
そこに映る写真を1枚ずつ確認していく。
きしめん、五平餅、プリクラ、おいこっと、お蕎麦、ゆめぞら号、只見川の絶景、冷麺、ねぶた、海鮮丼・・・・・・
そうだ。この3人は自分達にも冤罪の危険が迫っているのを分かっていて、私を護りながら家路に付き添ってくれたのだ。真っ暗な部屋に光が差し込むように記憶が鮮明に蘇り、涙が止まらなくなった。
「・・・・・・ごめんなさい!私、皆さんになんて酷いことを・・・・・・!」
「ううん、思い出してくれたなら、いいのよ。記憶が戻ってよかった!」
夏帆さんがぎゅっと抱きしてくれる。さらさらとした肌に、優しい温もりを感じた。
春哉さんに取り押さえられている西条さんが、がっくりと肩を落とす。
「あーあ、忘れ薬が効いていたと思ったのに、楽しかった思い出には勝てないのね・・・・・・」
通りすがりの旅行客が呼んだと思われる空港警察が駆けつけ、春哉さんと稔さんに代わって2人を捕まえようとする。西条さんは罪を認めて自首する一方、莉央奈ちゃんは警察の手を突っぱね、厳しい眼差しで彼らに抵抗した。
「私まで犯人扱いされるなんて心外だわ!薬物の取引をしていたのはこの人だけで、私は何も知らないわよ!」
莉央奈ちゃんは春哉さん達のほうを振り向いて話を続ける。
「それに、この人達は旭川に向かってる、って西条さんから聞いていたわ。なのに、どうやって私たちより先にここへ来たのよ?」
ターミナル内にある時計はちょうど12時を指していた。岩見沢からだと相当な距離があり、鉄道だと時間が限られてくる。3人が車を運転できない中で、一体どのようにしてここまで来てくれたのか。
「俺たちを甘く見るなよ!」
莉央奈ちゃんへ対抗し、春哉さんの口調が強くなる。
そして、彼はここへ来るまでの経緯を説明し始めた。
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