3-6 捕獲作戦

 盛岡駅のIGRいわて銀河鉄道線の改札は、先ほど通った北口改札から200mほど北側に進んだところにこぢんまりと佇んでいる。その改札へと繋がる連絡通路の入り口付近で俺は1人で張り込みをしていた。

 春哉と夏帆の姿は視界になく、ほんの数メートル離れた1番乗り場のバス停あたりに美柚が1人で立っている。次に乗る列車の時間も迫っているので、早くあの男が姿を現さないだろうか。


 何度も腕時計に目をやりながら待っていると、ようやく先ほどの焼肉屋でも見かけた男が駅地下のエスカレーターから現れ、目の前を通り過ぎた。そして、美柚に近づいて声をかけたのを確認する。よし、今だ。


「おい、彼女に手を出すな!」


 緊張で震えた声を放ちながら背後から突進する。こちらの様子に気づいた男は咄嗟に逃げようとしたが、初めの一歩を出す前に彼の上着をしっかりと掴めた。そして、得意の大外刈りからの固め技を決め、身動きを取れなくした。美柚はその場から数メートルほど距離をとり、怯えた表情でこちらの様子を伺っている。突然の出来事に驚く通行人の目を気にしつつも、そこに紛れて春哉と夏帆が通りかかった。


「あれ?あそこにいる子って、誘拐事件の被害の子じゃない?」

「ってことは、取り押さえられているあの人は犯人なのか・・・・・・!?」


 少々芝居臭いが、そう言ってもらわなければ目の前にいるこの男が誘拐犯だと周りに信じてもらえないだろう。男も固め技を崩そうと必死に抵抗してきたので、俺は助けを求めた。


「すいません。これから警察を呼んでくるので、こいつが動かないように取り押さえるのを手伝ってくれませんか?」


 春哉のほかに通りがかりの数名の野次馬も加担し、完全に男を取り押さえた。俺はその場を離れて美柚と合流する。


「大丈夫だった?」

「はい。警察が来る前に、早く逃げましょう!」


 周りに気づかれないように立ち去り、IGR線改札へと足早に向かう。張り込む前に事前に買っていた好摩までのきっぷ2枚を改札に通し、0番線にいたJR花輪線直通の普通大館行きの気動車に飛び乗る。

 そして、12:35に盛岡を後にした。


「はぁぁ、怖かったです・・・・・・」

「ギリギリ間に合って良かったな」


 この暑さの中で柔道技を決めた上に猛ダッシュもしてきたから、かなり汗だくになりTシャツに汗が染み込む。車内の冷房で少しでも涼もうと、手でパタパタと仰いだ。


「お2人置いてきてしまいましたけど、これでよかったのでしょうか?冤罪にならないといいですけど・・・・・・」

「あいつらならきっと大丈夫。心配しなくていいよ。ついでに誘拐犯の正体や動機も調べてきてくれると思うし」


 焼肉屋での事前の打ち合わせでは、俺が立ち去った後に夏帆が警察を呼ぶ予定になっている。それにより警察官が来て誘拐犯が逮捕されたとしても、2人が取り調べを受けることは避けられないだろう。通りすがりのカップルという設定で乗り切るつもりらしいが、ひとまず彼らの連絡を待つことにする。


「とりあえず、また監禁される心配はなくなったから安心だね」

「そうですね。助けてくれてありがとうございます。稔さんの柔道技、凄かったです」

「だろ?こう見えても、高校時代は柔道の県大会優勝したことあるんだ。美柚ちゃんを襲うような奴は、俺が投げ飛ばしてやる」

「また危ない時があったら、よろしくお願いしますね」


 1人で護衛する緊張を感じつつも、彼女に頼られることを誇りに思う。IGR線内で徐々に客が減っていったので、滝沢付近から4人掛けの席を2人で占有してゆったりと寛いだ。


 好摩を出発した列車は左へ大きくカーブしてIGR線と別れ、八幡平の緑が深い山間部へと向かっていく。進行方向左手には、雄大な岩手山が姿を現した。


「ちなみに、お2人とはどこで合流すればいいのでしょうか?」


 そうだ。さっき盛岡で作戦を練っていたとき、どこで合流するかを話し合わなかった。俺のリュックから行程表を取り出す。今回の旅に出る前に春哉がパソコンで作成し、プリントアウトしてくれたものだ。


「今日は事前に計画したルートを通ってて、青森まで向かう予定にしてたんだ。今はここだよ」

「わぁ、こんなに綿密に計画を立てていたんですね!」


 乗り継ぎの時間がびっしりと羅列してある表に、彼女は興味深々だ。


「春哉は津軽海峡をフェリーで渡ろうか考えてたみたいだから、とりあえず夕方に青森駅周辺で待ってていいと思うよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「北海道に渡れば、旭川まであとちょっとだね」

「はい、と言いたいところですが、函館から旭川でも高速道路で5時間半もかかるんです」


 ひぇー、そんなに遠いのか。北海道のデカさに圧倒される。美柚の地元まで、まだまだ道のりは長そうだ。


 松尾八幡平を過ぎると列車は山越えの区間に入り、エンジンをより一層ふかしながら上り坂へと挑んでいく。秋田の県境をまたぐまでは起きるつもりでいたが、過酷な行程をこなす疲れと誘拐犯が捕まった安心感で、眠りにつくのはそう遅くなかった。

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