3-5 誘拐犯の正体

「ホントに!?誰なの?」


 夏帆が詰め寄ってくる。俺は五芒星が描かれた紙を美柚から受け取ると、その端に小さくOTUKI ARAHIROと書き出した。


「昨日『おいこっと』っていう列車に乗ったじゃん。あれって、東京という文字をアルファベットにして逆読みした名前だったよな?それと同じように、この名前をローマ字にして逆に呼んでみてよ」

 4人に紙を見せながら、ローマ字を一文字ずつ逆に読むと、


 ORIHARA IKUTO


「えっ、折原って・・・・・・」

「美柚ちゃんの学年主任の先生!?」


 俺自身もあまり信じたくないが「その先生の身内かもしれない」と自論を唱える。すると、春哉は頷いて何かに納得しているようだった。


「そうか。稔の読みが正しければ、担任の折原浩之先生も美柚ちゃんを誘拐するときに手助けしていた可能性があるな」


 女子達は「ええっ!」とさらに驚愕する。美柚は納得いかない様子で彼へ問いかけた。


「そんな・・・・・・!折原先生は生徒想いの良い先生ですよ!」

「昨日、美柚ちゃんから修学旅行の話を聞いたとき、電話で先生が話していた内容に違和感があったんだ。その内容を覚えているか?」


 確か、美柚の友人の大友遥香から彼女とはぐれた旨を報告されて、折原先生が嵯峨駅から向かって合流できればトロッコの時間に間に合う。そんな内容だった気がする。


「嵐山には嵯峨野トロッコ鉄道のトロッコ嵯峨駅と、京福電気鉄道の嵐電嵯峨駅がある。JRのサガ駅は同じ読み方で九州にあるけど、京都にはないんだ。駅名が平成初期に今の嵯峨嵐山駅に変わっているからだよ。なのにその呼び方をしていたってことは、昔その辺に住んでいた可能性があると思うんだよ」


「確かに!今から30年くらい前だとちょうど先生が学生の頃だし、地元の人ならそう呼んでいてもおかしくないかもね」

「そうすると、折原先生に土地勘があったのは引率で頻繁に訪ねていたからではなく、過去にその周辺に住んだことがあるからですか?」


 春哉は「かもしれない」と頷いて推理を続ける。


「先生は電話で美柚ちゃんの居場所をある程度知った後、駅から少し離れた場所で折原郁人と合流して美柚ちゃんの誘拐を手助けした。その後、嵯峨嵐山駅に近い場所で車から降ろしてもらい、駅にいる他の生徒たちとすぐに合流したことで、自分は誘拐に関わっていないというアリバイを作ったという訳だ」


 美柚は絶句し、それ以上言葉を発せずにいた。彼の推理の通りに折原浩之が誘拐犯の身内でグルなのだとしたら、このまま北海道に帰ることができても彼女と学校内で関わるのは避けられないし、別の犯行に及ぶ危険がある。


「だとしたら、その折原郁人はどこにいるんだよ?さっきのNalaの投稿も、俺たちを追いかけるために仕掛けたのか?」

「折原郁人とNalaが同一人物である確証はないし、そこまで分からない。さっきのハッシュタグをチェックして俺たちを追っているだろうから、より一層注意しないといけないな」


 いつの間にか、車内は満員電車並みの混雑になっていた。盛岡さんさ踊りは夕方からのはずだが、早くから祭を楽しみたいと思っている人たちなのだろうか。一人ひとりの顔を確認していくが、折原郁人らしき姿は見当たらない。

 心のモヤモヤが消えない中、終点の盛岡には11:46に到着した。



 盛岡の最高気温は34℃で、暑さから逃げるべく俺たちは地下街の焼肉屋に入って冷麺を注文した。さっぱりと冷たい食感にキムチの辛さがたまらない。

 俺たちが箸を進めていると、なかなか箸が進まない様子の美柚を夏帆が心配して声をかけた。


「美柚ちゃん、食欲ないの?」

「・・・・・・はい。折原先生が誘拐犯と絡んでいたなんて、まだ信じられなくて・・・・・・」

「さっきの推理はあくまで俺らの勝手な憶測だし、真相はまだわからないよ」


 俺に続いて、春哉も必死にフォローする。


「学校で折原先生の変な噂を聞いたりはしなかったでしょ?」

「変な噂はないですけど、あまり身内の話はしたがらなかった気がします。家族の話になっても、個人情報だからと教えてくれませんでした」

「まぁ、自分の家庭の話はしたくない人もいるもんね」


 夏帆が頷きながら麵を啜っていると、別のテーブル席からの視線を感じたようだ。


「ねぇ、向こうに座っている人って・・・・・・」


 お昼時で賑わう店内でテーブル席を1人で占領している中年の男性が、チラチラとこちらを覗き込んでいるように見える。物陰から慎重に様子を伺った美柚が、驚きを隠せずにいた。


「あの人です!名古屋でも見かけました!」


 あいつが折原郁人だろうか。だいぶ撹乱して来た筈なのに、どうしてここに奴がいるのか。春哉の読み通り、SNSで情報を得て俺たちがここに来ると読んだのか?


「私たちが目を離した隙を見て、美柚ちゃんを連れて行くつもりなのかな?」

「この先も私たちをずっと尾行し続けるつもりでしょうか?」


 女子達がいろいろと憶測する中、春哉だけは冷静に語る。


「いや、わざわざ俺たちの前に姿を現したなら、逆に捕まえるチャンスかもしれないよ。これ以上、美柚ちゃんに危害を加えないためにも、盛岡を離れる前に捕まえてやろう」

「捕まえるいい作戦でも思いついたのか?」

「いろいろリスクはあるけど、一か八かやってみよう」


 その言葉に続いて、彼から一通り作戦を教えてもらった。その時まで、俺が重大な役割を担うことになるとは思いもしなかった。

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