3-7 同行者

 俺が鉄道旅行にハマったのは、大学生になって初めての夏休みのときだ。


 女の子と夏フェスに参戦したいと考えた俺は、チケットの倍率が5倍前後と言われているフクロックフェスのチケット争奪戦を制し、運よく2枚購入できた。開催地の福岡はグルメも観光地もたくさんあるし、誘いに乗ってくれるだろうと自信に満ちていた。


 顔見知りの同級生から当たれば、きっと誘いに乗ってくるだろう。大学近くのコンビニで発券したチケットを持って大学に戻ると、見慣れた顔の女子がカフェテリアに1人でいるのを見つけた。


「おーい、夏帆っち!」


 声をかけるなり、そのあだ名で呼ばないで、と言わんばかりのムッとした表情で夏帆はこちらを見る。彼女の周りにいる友人はそのあだ名で呼んでいるのに、俺が呼ぶと嫌がるのは何故だろうか。


「夏休みに福岡でやるロックフェスのチケット当たったんだよ。もしよかったら行かないか?」


 フェスの話を聞くなり、彼女の表情が明るくなる。


「凄いじゃん!他には誰か誘ってるの?」

「いや、2枚しかチケットが取れなかったから、他は誰も誘えないんだよ」


 そう答えると、彼女の顔がどんよりと再び暗くなる。


「ってことは2人きり?泊まりってことは何されるか分からないし、それならお断りするわ」

「俺は何も邪なこと考えてないって。そんなことで断られるとかショックだな」


 俺が肩を落とすと、彼女は何かひらめいたようで提案してくる。


「あっ、ほかに行ってくれそうな人なら紹介してあげる。ライブに興味あるか分からないけど、電車で旅するのが好きな男子なの」

「なんだ、男子かよ。俺は女の子とライブ楽しみたいんだ」

「へぇー、その調子じゃ誰も誘いに乗らないと思うけど頑張ってね」


 夏帆に軽くあしらわれ、そのまま彼女はどこかへと立ち去ってしまった。ふん、一緒に参戦できなかったことを後悔させてやる。


 その後も、同じサークルやゼミの女子を中心に、ひたすら声をかけまくった。しかし、興味がない、別の予定がある、といった理由で撃沈しまくり、いつの間にか10連敗を喫した。

 チケットは転売防止目的で他人への譲渡や払い戻しができず、このままでは2人分のお金でフェスに1人で参戦することになる。そんな大損はしたくないので、兄や高校時代の友人にも範囲を広げて声をかけたが、出発まで2週間を切っても未だに同行者が決まらずにいた。


 一緒に行く人が決まっていないのに、なぜ2枚も買ってしまったのだろう。自分の浅はかな行動を悔やみ、心はすっかり折れていた。この先、誰かに声をかけてもどうせ断られるに決まっている。学内のベンチにもたれて、天に向けて2枚のチケットを伸ばす。

 このまま破り捨ててやろうかと両手で紙の上部を摘んだとき、稔!と呼ぶ声がした。こちらへ駆け寄ってくる1人の男の姿を見て、慌ててチケットをポケットへと押し込む。


「春哉さん?」

「春哉でいいよ。どうせタメなんだからさ。夏帆から聞いたけど、福岡のフェスのチケット取れたのに、行く人いないのか?」


 俺の横に春哉は腰を下ろす。同じサークルの仲間だが、同じ学年なのに1つ年上というのもありタメ口で接するには勇気がいる。それでも、俺の話を聞いてくれそうな雰囲気なので、胸の内を明かすことにした。


「・・・・・・まぁな。女子と一緒にライブ参戦って、いかにも青春じゃん?頑張ってチケット取ったのに、フタを開けたら誰も乗ってくれないのさ。俺って嫌われてるのかな?」

「うーん、嫌っている訳じゃないと思うけどな。ホントに都合が悪くて断らざるを得ない状況だったのかもしれないし、それは仕方ないよ。ただ、関係性が深くない相手と男女二人きりはあまり良くないと思うぞ。大抵の女子は警戒するに決まってるじゃん」


 彼にも夏帆と同じことを指摘される。物事を深く考えずに行動した自分がつくづく嫌になる。


「どうしても相手がいないなら、俺行ってもいいけど」

「同情で言っているのなら無理しなくていいよ」

「無理してないよ。最近の曲はあまり知らないけど、ライブの雰囲気がどんなものか体験したいし、道中の旅も楽しみたいからさ」


 まさに救世主だった。この際、女子と行きたいなどと言ってられない。春哉との旅を楽しみたいと思った。


「・・・・・・ありがとう!助かったよ!」

「福岡だったら俺がよく使っている格安のきっぷ知っているよ。ついでに岡山や広島で寄り道して、観光しながら往復するのはどう?」

「おお、何だよそれ!いいじゃん!めっちゃ楽しみ!」


 それが18きっぷを使った春哉との初めての鉄道旅だった。

 彼はこのライブに参戦するにあたり、CDをレンタルして移動中もスマホで曲を聞き、予習して来てくれたようだ。俺から企画した旅なのに、行程もすべて考えくれたので、彼には頭が上がらない。


 往路は倉敷の街並みや宮島の神社に寄り道し、福岡に着く前にもだいぶ旅を満喫した。もちろん、フェスも叫んだり踊ったりし、汗だくになって楽しい時間を過ごせたので、一緒に来てくれてよかったと感じた。

 復路も下関でフグ料理、広島でお好み焼きを食べたりしながら、まったりと帰路に着いた。帰りの新快速の車内、大阪駅へ戻る道中で春哉へ提案した。


「なぁ、また一緒に出かけたいところがあるんだけどいいかな?学生のうちに行ってみたい場所なんだけど」

「行ってみたい場所?」

「東北地方だよ。向こうは夏祭りが盛んだし、何せ可愛い子が多いだろ?次こそはそっちでいい子を見つけて彼女を作るんだ!」

「そんな理由かよ。まあ、俺も夏の東北は気になるし、絶景の路線も乗ってみたいから別にいいけどさ」


 意気込む俺を横目に春哉は少々呆れているようだったが、話に乗ってくれてよかった。

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