2-6 九死に一生

 私はいま、仙台駅の改札前に立っている。もう着いたのか?いや、これは受験生だった春先、受験先に向かう際に混乱に巻き込まれているところだ。


 身長が高く顔もそれなりの私は、将来モデルになれると周りからよく言われていた。実際に街中を歩いていた時にスカウトされたこともあるが、それが私の進みたい道ではなかった。ファッションを着た自分を周りに見てもらう側ではなく、ファッションを作る側に憧れていたのだ。


 その勉強ができる大阪の大学を目指して受験勉強に励んでいた中、高校を卒業直後の3月に母方の従姉妹である香苗お姉ちゃんが山形で結婚式を挙げる予定であることを知った。私が仙台で生まれてから大阪へ引っ越すまでの間、頻繁に遊んでくれていた仲の良い親戚である。

 彼女の晴れ姿を何がなんでも見届けたいと思った私は、式が大学受験の直前であるにも関わらず、両親に無理を言って付いてきた。


 しかし、前期試験の結果が芳しくなく、あえなく撃沈してしまった。

 後期試験の出願はできたものの、よりによって試験日は結婚式の3日後。素晴らしい結婚式と披露宴を、心から満喫することもできなかった。


 その夜、仙山線でトシエお婆ちゃんの家に戻って一泊してから、翌朝大阪へ帰る予定だったのだが、その夜中に思わぬ事態に巻き込まれた。



 突然、泊まらせてもらった下宿部屋が激しく揺れ始め、最低限しか置いていない家具も次々と倒れる。



 ラジオの情報によると、宮城・山形・福島の3県境に近い場所が震源の内陸地震だったようだ。幸い、私たちの身内は怪我もなく、食器が割れた程度で建物の被害もなかった。

 しかし、翌朝になって被害状況が徐々に明らかになった。


 東北新幹線は高架橋の損傷が激しく、脱線してしまった車両もある。東北本線も架線が傾いたりした影響で、それぞれ那須塩原並びに新白河より北の区間で当面運転見合わせとなっていた。

 仙台空港は設備に支障はなかったが、伊丹・関空・神戸の関西三空港へ向かう便は、増発された臨時便を含めてすべてキャンセル待ちの状態になっている。



 大阪で後期試験を控えているのに、これじゃ当日までに帰れない。



 当時、お婆ちゃんの車は車検に出しており代車も置いておらず、那須塩原までの送迎も頼めなかった。せめて私だけでも先に帰り、受験当日に間に合う方法を模索するため、路線バスで仙台駅まで来てみた。東京までは常磐線の特急や高速バスが走っているようだったが、10時前の時点でどの便もすべて満席となっている。


 はあ、もうダメだ。受験は諦めて、浪人覚悟でお婆ちゃんの家に帰ろう。


 バスプールに戻ろうとしたとき、一人の男性に声をかけられた。私と同年代くらいの若い男性だ。


「あの、これ落としましたよ?」


 男性の手には可愛いタコの絵が描かれた絵馬形のキーホルダーがあった。置くと試験をパスする、オクトパスとかけてタコがモチーフとなっている。合格祈願のために父親が南三陸から取り寄せてくれたものだ。


「あっ、ありがとうございます。でも、もういいんです」

「えっ、これ受験のお守りですよね。大事なものじゃないんですか?」


 所詮ただのキーホルダーなのに、彼は真剣な眼差しで問いかけてくる。私は自虐的に答えた。


「私、自分の将来を決める重要な試験が迫っているのに、親戚の結婚式に参加しに大阪から来たんです。そしたら地震で新幹線が止まっちゃって受験会場にも向かえなくなってしまって・・・・・・。そもそも、目の前の楽しいことしか頭にないような人間が、受験する資格なんてないですよね・・・・・・」


 長々と喋ったところで、彼にはどうでもいいことだ。こんなことを話すのも恥ずかしくなって立ち去ろうとしたとき、「ちょっと待ってください」と引き留められる。振り向くと、彼は3枚の水色のきっぷを差し出していた。


「常磐線の特急ひたちに乗り、品川で東海道新幹線ののぞみに乗り替えてください。時間はかかりますが、今日中に大阪へ帰れますよ」


 2枚は彼が言った列車の指定席券、もう一枚は目的先が『大阪市内』となっている乗車券だ。券面の金額をざっと計算しただけでも、2万円は軽く超える値段だ。


「こんな長距離のきっぷ、申し訳なくてとても貰えません!あなたも関西に向かっているんですよね?これじゃ、あなたが帰れなくなってしまいますよね?」

「急いでないので大丈夫です。普通列車を乗り継げば何とか帰れるので、俺のことは気にしないでください」

「でも・・・・・・!」

「今は異常事態ですが、動いている交通機関があるなら時間をかけてゆっくり帰ります。早く行かないと出発してしまいますよ。試験頑張ってください!」


 そう言うと、彼は自分の名前と電話番号を書いたメモも渡して人混みへと消えてしまった。私は呆然と立ち尽くす。紙に書いてある名前を見て呟いた。


「ありがとうございます、赤間さん・・・・・・」


 後期試験が終わったら、交通費とお礼の品を送ろう。諦めかけていた私にくれたチャンスを無碍にしたくない。

 彼への感謝の想いも込めて改札を通り、満員の特急ひたち14号に乗って仙台を出発した。

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