2-5 お昼休みのテレフォン

 越後湯沢方面からやってきたピンクと黄色のラインが引いてある上越線の普通 長岡行きに乗り換え、六日町を12:36に後にする。

 南魚沼の田園地帯をひたすら走っていると、進行方向左手から上越新幹線の高架橋が見えてきた。その先の浦佐で乗り換えられるようだったが、春哉たちが降りようとする様子はない。一体、今日はどこまで進む予定なのだろうか。

 そう疑問に思っていると、浦佐を出発したタイミングで彼から声をかけられた。


「夏帆に頼みたいことがある。次に乗り換える駅で少し時間があるから、その間に夏帆のお婆ちゃん家に今夜泊めてもらえないか、聞いてもらえるかな?」

「えっ、お婆ちゃん家に泊まるつもり?っていうか、今日中に仙台まで辿り着けるの?」


 新潟まで続く高架橋がみるみる遠ざかっていく。ここから新幹線を使わずに仙台まで行くなんて、考えもつかない。


「時間的に郡山まででもいいけど、頑張れば今日中に仙台に着けるんだよな。それに、元々考えていた明日の行程が仙台スタートだから、行程を組み直す必要もなさそうだし。稔とも相談したけど、夏帆のお婆ちゃんに断られるようなら宿を探そうって思ってるんだ」

「最初から宿代を浮かせるつもりでしょ?」

「そんなつもりじゃないよ。宿よりも婆ちゃん家に泊めてもらえれば、美柚ちゃんにとって安全だと思ったんだ。そう思わないか?」

「そっか。確かにね・・・・・・」


 私の祖母、坂町トシエお婆ちゃんは山形から仙台へ嫁いで来てから、大学生向けの下宿を営んでいる。最近はアパートが増えたことで下宿に入る学生が減少し、空き部屋が多いと聞いている。これだけの人数が急に押しかけてきても、泊まる部屋に困ることはないだろう。

 昨夜はホテルのスタッフに怪しまれることはなかったが、美柚ちゃんが連れ回されているというニュースが全国に出回っている以上、春哉達も一緒に宿へ泊まるのは危険だ。それでも、今夜いきなり3人も連れて泊めてほしいなんて、さすがに迷惑がかかるのではないだろうか。

 そう葛藤していると、稔が何やら美柚ちゃんに提案してきた。


「美柚ちゃんも、次の乗り換えの合間にお母さんに連絡したらどう?もし今日中に仙台へ向かうとしたら着くのが夜遅い時間になりそうだし、この先は乗り換えの合間に電話かける余裕もなさそうだからね」

「分かりました。それじゃ、夏帆さんのスマホをお借りしてかけてみますね」


 稔の提案を美柚ちゃんはすんなりと受け入れる。しょうがない、私もかけてみるとしよう。




 12:55に小出こいでという駅に降り立つと、男子達は次の列車の座席確保のために真っ先に跨線橋を駆けあがって立ち去ってしまった。のどかな駅には青空が広がっており、差し込む日差しが容赦なく肌に突き刺してくる。


 いったん改札を抜けて、冷房の効いている誰もいない小さな待合室で電話をかけてみた。

 幸い、お婆ちゃんはすんなりと承諾してくれた。ひとまず安堵して美柚ちゃんにスマホを貸し、お母さんへ連絡をとっている間にお手洗いに行ってくる。ちょうど戻ったタイミングで、彼女は電話を追えたようだ。


「どう?お話できた?」

「はい。お母さんも元気そうで安心しました。ただ、今日のお昼休憩頃から、スマホの調子が良くないみたいなんです。なので、今後も薬局に直接かけようと思います」

「それが良さそうだね」


 再び改札に入り蒸し暑く薄暗い跨線橋を渡ると、4番線に只見線の普通 会津若松行きが待っていた。こんな場所で会津に向かう列車があるとは思わず、一気に親近感が湧いた。

 ガガガガ、というディーゼル音が響き渡る車内の様子を伺い、4人掛けのボックス席を確保していた稔のもとへ向かう。私たちも網棚に荷物を上げて腰を掛けるが、春哉の姿が見当たらない。


「春哉は外で写真撮ってるよ。ここに来てから、あまり落ち着きないみたいで」

「どうしたんでしょうか?」


 美柚ちゃんが心配していると、最後部のドアから首からカメラをぶら下げた春哉が乗り込んできた。稔の言う通り、さっきまでと様子が少しおかしい。


「おかえり。やけにテンション高いね」

「ずっと乗りたかった只見線に、この旅で乗れるなんて思わなかったんだよ」

「そんなに凄い路線なんですか?」

「うん、日本一の絶景秘境ローカル線だからね。しかも、ここから会津若松まで乗り通せるのは1日3本だけで、乗り通すのもかなり難しいんだ」

「1日3本ですか!?タイミングよく乗れたの凄いですね!」

「それだけ少なければ、誘拐犯が後を追ってくる心配もなさそうでよかったな」


 すっかり安心しきっている稔だが、2両編成の車内をざっと見渡すと大半の席が埋め尽くされ、客層は中年のおじさんがほとんどだ。さっき十日町で見たニュースのことを思い出すと、どの顔も誘拐犯に見えてきて落ち着かない。

 13:12に小出こいでを出発すると、昼間にも関わらずプシュッと缶ビールを開ける音があちこちから聞こえてきた。絶景が広がる区間までまだ先らしいので、私は窓に寄りかかって目をつぶって少し休むことにした。

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