2-7 この線路の先に
「・・・・・・さん、夏帆さん!」
ポンポン、と美柚に肩を叩かれて目を覚ます。辺りを見渡すと、先ほど小出から乗った列車の中だ。慌てた様子で起こされたものだから、何か緊急事態でもあったのかと焦る。
「凄いですよ!あれ見てください!」
美柚ちゃんの指さす方を見ると、すぐ脇の道路をツーリング中の男性が、全力で自転車をこいで追い抜きをかけながら、こちらに向けて左手を大きく振っている。車内で目立つつもりはなかったが、私たちもそれに応えるべく、大きく手を振り返した。
他のお客さんもその男性に反応していたが、数秒ほどで道路から離れてしまい、姿が見えなくなった。
「なんだか、感動しちゃった」
「たまにテレビとかで見ますけど、こんなにジーンとくるんですね」
いつの間にか、つい先程までの眠気は吹っ飛んでいた。
「1時間半くらい寝てたな。とっくに東北地方に入ったよ」
もう福島県まで来たのか。山が深い地帯をずっと通ってきているので、まだ実感が湧かない。
「まだ半分にも達してないから、二度寝してもいいんだよ」
「えっ、まだそんなにかかるの!?」
「川に沿って蛇行しながら進むし、線形もよくないから仕方ないだろう」
自転車でも追いつけそうなくらいのスピードでも、線路はキイキイと悲鳴をあげている。頭に『会津』と付く駅名が連続するのに、会津若松がそれだけ遠いとは予想外だ。スマホをいじろうとしてもトンネルや山肌に近いところを走っているので、圏外ではないものの通信環境はかなり悪い。
「ちなみに、私が寝ている間、3人はずっと何してたの?」
「夏帆さんのトランプをお借りして遊んだり、私の学校の話をしていました」
朝からずっと乗り続けているのによく疲れないな、とつくづく感心する。稔が身を乗り出して、私に何か話したそうにしている。
「美柚ちゃん、ホントに凄いよ!通ってる高校、北海道でも有数の進学校なんだってさ」
美柚ちゃんは「そんなことないですよ!」と謙遜する。春哉がネットで調べた情報によると、彼女の学校は偏差値70の高校で道内有数の進学校らしい。
「へぇ、凄いね!入試も相当難しかったんじゃないの?」
「小論文だけの推薦入試だったので、筆記試験は受けていないんです」
ええっ!とさらに驚愕する。この子、どれだけ優秀なのだろう。美柚ちゃんは慌てて補足をする。
「たまたまですよ?学年順位は中の上くらいで、同じ中学で私よりも成績がいい同級生は何人もいましたし。ダメ元で小論文を書いたら学校内の推薦が通って、本試験も偶然受かっちゃったんです。先生がひいきしたんじゃないか、って噂も流れていましたし」
「いや、それはないんじゃないかな。元々頭がいいんだね」
美柚ちゃんが人知れず努力家で、あらゆる分野の才能を持っているのは間違いない。
只見線は沿線を流れる只見川を何度も渡るローカル線だが、橋の場所によって映り方が全く異なっている。
周辺の山々、水面に照らされる太陽と緑、その全てが自分のローカル線の概念を覆すほどの絶景だった。春哉がやたら期待していた理由がわかった。
途中、会津川口で10分ほど停車時間があったので、一旦降りてホームの先端に立ちゆっくりと深呼吸をする。
「わぁー、綺麗!」
線路脇にはすぐ川が流れており、穏やかなせせらぎと森の青々しさがより際立っている。北の空には大きな入道雲が天にまで昇ろうとしていた。反対側のホームには対向の小出行き普通列車が停まっており、男子達はそれらの他の乗客に混ざって列車や周囲の風景にカメラを向けている。
「この山を超えて線路を進んだずっと先に故郷があると思うと、なんだかグッときますね。」
「そうだよね。今までローカル線にあまり興味なかったけど、今日乗ってみて魅力がわかった気がする。私、小学校の修学旅行先が会津若松だったけど、市内の古い町並みがある中心部のグルメや絵付け体験しか興味がなかった。小学生の立場だとどう感じるかわからないけど、旅の目的地でやることだけじゃなくて、そこまでの過程に目を向けたり、恵まれた自然にもっと触れていたら人生観が変わったりしたのかも、って思っちゃった」
生まれ故郷が『杜の都』と呼ばれているものの、幼い頃からビルに囲まれた環境で育ってきた私は都会っ子だと言われても否定できない。
自然に触れる機会はあまりなく、美容やスイーツ、ファッションといったものばかりに興味があった。それに、結果ばかり求めて過程を重視してこなかったツケがこれまでの試験の成績に出ているのかもしれない。
私にとってこの旅は、自分の価値観を変えるための経験かもしれないし、美柚ちゃんもまた感じ得るものがあるに違いない。
もう一度深呼吸をすると、何か考えていた美柚ちゃんが目を合った。彼女は真剣な表情で私に問いかける。
「・・・・・・あの、車内に戻ったら、修学旅行中に誘拐されたときの状況を聞いてもらえませんか?皆さんに、事件の真相を考えてもらいたいんです」
美柚ちゃんが事件のことを話す気になってくれるとは思わなかった。ずっと知りたかったことだし、私は大きく頷いた。
「もちろん!時間はたっぷりあるし、2人も真剣に考えてくれるよ。絶対、犯人の正体を暴いてみせようね」
「はい、よろしくお願いします!」
やがて発車の合図となる笛が鳴り響き、15:35に会津川口を出発した。終点の会津若松までは、残り約2時間だ。
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