2-2 美柚の本音

 荷造りを済ませてエレベーターを降りると、無地の紺色のポロシャツとボーダーのTシャツを着た男子達の姿があった。本人たちの前では言わないが、もう少しオシャレでもすればもっとモテるだろうに、とつくづく思う。


「お待たせ。行こうか」

「きっぷは買えたの?」

「ああ。席は離れ離れになったけど、ギリギリ4人分取れたよ。車内で渡すから、まずは改札を通ろう」


 今日は私の18きっぷへ、美柚ちゃんの分と一緒に2個のスタンプを駅員さんに押してもらう。

 春哉達に導かれるがまま3番線ホームへ降りると、篠ノ井線の快速 長野行きが入ってきた。水色の帯を纏った3両編成の先頭にあるボックス席という4人向かい合わせの座席を取ると、8:12に松本を後にする。


「今のうちに、さっき買ったきっぷを配っておくよ」

「昨日までとは違う列車に乗るんですか?」

「うん、そうだよ。指定席券が必要な列車だし、18きっぷじゃ乗れない区間も通るから、そのためにさっき買っておいたんだ」


 春哉が得意げにそう話しながら、1人2枚ずつきっぷを配り始めた。券面を見てみると、1枚は『おいこっと』と書かれた指定席券、もう1枚は長野から豊野という駅までの乗車券だった。


「おいこっと?初めて聞いた」

「東京の文字をアルファベットにして反対から読むと、『おいこっと』になるんだよ。田舎をイメージさせるリゾート列車らしい」


 TOKYOを逆から読むと、OYKOT。確かにそう読める。


「へぇ、面白いですね!どんな列車なのか楽しみです」

「でもさ、JR同士の駅を通るんだろ?だったら、その区間の運賃は払わなくてもバレないんじゃないか?」


 稔が水を差すと、春哉は表情を変えて口調も荒くなった。


「それはダメに決まってるだろ。鉄道会社の利益に関わるんだぞ。バレないからって不正乗車したら罰当たるぞ」

「だよな。悪かったよ。ちゃんと払うって」


 稔はすぐに反省し、話をそらすためなのか美柚ちゃんに話題を振った。


「そういえば、美柚ちゃんは今日の運勢を占うこともできるの?」

「また占ってもらうつもりなの?」

 私は稔に釘をさすが、美柚ちゃんは嫌がらずに答える。


「1日おきの運勢は占えませんが、月ごとでしたらできます。もしよかったら、皆さんの今月の運勢を占いましょうか?」

「ホントにいいの?昨日は乗り気じゃなかったみたいだけど」

「おかげさまでゆっくり休めて元気になったので、今日は大丈夫です」


 美柚ちゃんに頼まれ、昨夜本屋で購入した占いの本とメモ帳、それにボールペンを私の鞄から取り出した。


「私の占いは、陰陽五行説に基づいて行っています。まずは皆さんの属性を知りたいので、自分の生年月日を1ページずつ書き出してください」


 それぞれの属性を導き出すには計算式があるらしく、私の生年月日をメモ帳へ記入する。ページをめくり男子達にも順番にメモ帳を回し、最後に美柚ちゃんへ渡した。

 すると、彼女は外の景色には目もくれず、五芒星のような模様を描き始め、本を読みながら集中して占い始めた。しばらくすると、ふぅと息をつき目線を上げて答える。


「結果が出ました!春哉さんは『直感を信じてやってみよう』、夏帆さんは『今のまま何事も前向きに考えて』、稔さんは『言葉を慎重に選ぶように』と出ました」


 美柚ちゃんが導き出した占いの結果に、春哉と私は思わず吹き出してしまった。


「おい、なんでそんなに笑うんだよ!」

「だって、稔に的確すぎるアドバイスなんだもん」

「あまりに稔のアプローチがしつこいから、美柚ちゃんの本心が占いに出たんじゃないか?」

「偏見なく平等に占ってますよ。皆さんと一緒に過ごしてみて、春哉さんと夏帆さんの結果も当たっているように感じますが、いかがでしょうか?」


 美柚の問いかけに、稔も自分に突き付けられた結果を渋々嚙みしめて同意する。


「確かにな。春哉はこのきっぷ買いに行ってくれたし、夏帆もポジティブだもんな」

「でも、どうして占いをしようと思ったの?」


 素朴な疑問を投げかけると、美柚は目を輝かせて語り始めた。


「陰陽五行というのは、漢方薬の治療の考えに通じるところがあると言われています。世の中のものは木・火・土・金・水の5つの要素に分けられ、それぞれ陰と陽の性質があります。その要素同士は助け合ったり反発し合ったりしているんです。漢方の領域ではその属性に適した漢方薬を使うことで、身体の不調を整えるみたいです。小学生の頃にお母さんからそれを教えてもらい、人の性格も当てはめたら面白そうだったので、占いを勉強し始めました」


 彼女の占いは親から直接教えてもらった訳でなく、親の影響こそ受けたが自身で努力し磨き上げたものなのだ。本当に好きでなければ、そう簡単に本格的な占いはできないはずだ。


「でも、しばらく占いの仕事をさせられて、段々と嫌な面も見えてきたんです。運気を上げるためのアドバイスをしたいのに、来る人達は結婚や仕事、健康のことなど理想を叶えるための手段に占いを利用する人たちばかりで、うんざりしてしまいました。私が培ってきたことが役に立っていないんじゃないかと思うときさえありました。なので、もし地元に帰ることができても占いはもうしないと思います・・・・・・」


 先ほどとは裏腹に、美柚ちゃんの声のトーンが低くなる。好きでやってきたことを商売に利用され、本人が望む形で活かされなかった悲しみは計り知れないだろう。

 それでも、占いに興味を持つきっかけがなければ今の彼女はないだろうし、多くの人に影響力を与えたのは事実なのだ。


「今までやってきたことは無駄なことじゃないと思う!美柚ちゃんにとって大きな財産になったと思うし、救われた人もたくさんいたはず。美柚ちゃんの力を必要としてくれる人はこれからもたくさんいると思うから、続けてほしいな」


 私がそう声をかけると、稔も続けた。


「俺なんて飽き性だから、いろんなことに手を付けても長く続かなかった。時間と労力をかけて技術を磨いてきたのは、本心で好きだったからだろ。凄いことだと思う。だから、誰が何と言おうと自分が好きなことは簡単に投げ出さずに、とことん磨き上げていこうよ」


 美柚ちゃんの小さい瞳から、ぽろぽろと雫が頬をつたって落ちてきた。私のお気に入りのハンカチを差し出して優しく拭う。


「・・・・・・そう言ってもらえて助かりました。ありがとうございます」


 列車は峠超えの長いトンネルを何本も通り過ぎている。彼女の中にあるトンネルもいつか抜けて、明るい世界へと向かってほしいと願う。


 しばらくすると、盆地を高台から見下ろせる絶景が広がってきた。春哉によると、姨捨おばすてという駅があるこの場所は日本三大車窓の一つに選ばれているらしい。私たちはその絶景をシャッターに収め、盆地へと向かう坂を下りていき、9:11に長野へと降り立った。

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