2-3 故郷を想うリゾート列車
到着した5番線ホームの進行方向前寄りに歩くと、反対側の4番線に飯山線の快速おいこっと 十日町行きが私達を出迎えてくれた。小豆色を基調とした格子状にクリーム色の模様で、側面には『いいかわ、いいそら、いいやません』のロゴが入っている。
車内へ入ると古民家風の内装で温もりの感じる仕様だが、全て指定席にも関わらず優先席や吊り革などの装備もある。私と美柚ちゃんは2人がけのボックス席、男子達は少し離れた横並びのロングシートに腰掛けた。
「なんだか、お家の中みたいな空間で落ち着きますね」
美柚ちゃんが下ろしたカーテンには、襖や障子を思い起こさせるような格子状の柄が入っていた。
「そうだね。今までの列車と雰囲気が違って、ゆったり寛げるかも」
「茅葺きを被ったちびっ子のキャラクターも可愛いですし、景色も楽しみです」
そんな話をしている間に出発の時間を迎え、9:16に長野を後にした。
豊野でしなの鉄道北しなの線と分かれると、進行方向右手から千曲川が近づいてきた。車窓も日本の原風景といえるような、山、川、田園に囲まれたのどかな風景になる。生まれも育ちも都会と言える場所で暮らしてきた私にとって新鮮な景色だが、不思議とどこか懐かしさも感じる。美柚ちゃんはこの風景を見て、故郷をどのように想っているのだろうか。
景色を眺めながらそんなことを考えているうちに、途中の飯山へ9:55に到着。ここでは15分の停車時間があり、コンコースに展示されているからくり時計が時報に合わせて動くとのことで、他の乗客たちと一緒に改札の外へ出てみた。
からくり時計は長野県の無形民俗文化財に指定されている『
からくり時計の舞が終わってホームに戻ろうとすると、改札のすぐ隣でマルシェが開かれており、ハンドメイドの工芸品、山菜ご飯などの軽食、とれたての野菜や果物などが販売されていた。
「美柚ちゃん!手作りのシュシュ100円だって!お揃いの買おうかな」
「わあ、いいですね!せっかくなので車内で食べるものも欲しいですね。何か軽く食べられそうなものはありますかね?」
おいこっとには車内販売もあり、長野を出発した際にアテンダントさんからメニュー表を貰った。それでも、せっかくならここでしか売っていないものを味わってみたい。
品揃えをざっと見渡したところ、サンドイッチや1ピース単位で販売されているピザ、数種類の味が揃ったおやきなどがある。
「おやきがあるんですね!食べてみたいです!」
「私はサンドイッチも気になるけど、野沢菜のおやきも食べてみたいかも」
「長野といえばおやきですよ!あんこも買って味比べしましょうよ」
昨日の五平餅といい、彼女は和菓子が好きなのだな、とつくづく思う。シフォンケーキやシュークリームのような洋菓子もあるか期待したが、せっかくなので彼女に言われた通り粒あんと野沢菜のおやきを買って車内へと戻った。
飯山を出発すると千曲川から離れ、あたり一面の景色が田園地帯へと変わる。早速おやきを半分に割ると、溢れるくらいの野沢菜が食欲をそそり、大きく一口頬張る。弾力のある生地でほんのり香ばしさがありとても美味しい。買ってみて正解だった。
あっという間におやきを食べ終えると、先ほど購入したシュシュを取り出して2人でポニーテールにしてみた。
「可愛い!美柚ちゃん似合ってる!」
「ホントですか?ありがとうございます!夏帆さんもすごく素敵です」
美柚ちゃんとお揃いのものを身に着けられて何だか嬉しい。緑の映える景色を眺めながら、美柚ちゃんが呟いた。
「とてものどかで、リラックスしちゃいますね。このまま楽しんでいいのでしょうか」
「まあ、いいんじゃない?こんな秘境を通っているなんて、誘拐犯も警察も予想できないだろうし、ずっと乗り合わせている他のお客さんも気づかないみたいだし」
車内は年配の客を中心にワイワイとしており、こちらを怪しむ人たちはない。私も緊張感が和らぐ気分がした。通路上のモニターには沿線の観光案内が映し出され、男子達は車窓に張りついて景色に夢中になっている。彼らに聞こえないように、ずっと気になっていたことを美柚ちゃんへこっそり問いかけた。
「ねぇ、それよりさ。美柚ちゃんって彼氏いるの?」
予想外の質問だったのか彼女は驚いた表情をし、耳を赤らめて答えた。
「・・・・・・今までいたことないんですよ」
「えっ、そうなんだ!こんなに可愛かったら、凄くモテそうなのに。学校で告られたこととかは?」
「サッカー部の先輩や1年生のとき同じクラスだった男子からは声をかけられたことがあります。でも、お付き合いなんて考えたこともなくて、どうすればいいのかもわからなかったですしお断りしました。それに、あまり男子とお話しすることもなくて、苦手意識もちょっとあります・・・・・・」
「ホントに?あの2人とは普通に話しているから、なんだか意外だね」
「春哉さん達は別です。藁にもすがる思いで声をかけましたし、助けてくださった上にとても優しくて頼りになるので、一緒にいるとほっとします」
美柚ちゃんはクスっと笑って答えた。男子に対する苦手意識が強い彼女でも、2人にはすっかり心を開いているようだ。
「夏帆さんは、お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」
私がした同じ質問を彼女に返されるとは思わず、一瞬返答に戸惑った。
「付き合ってはいないけど、少し前まで好きだった人ならいたよ。」
「わっ、ホントですか!どんな方なんですか?」
彼女もまた、恋愛話に興味深々のようだ。
「そうだなぁ・・・・・・とても頭が良くていいやつだけど、鈍感だし私にも興味がなさそうで、好きだった気持ちが冷めてきちゃったの。でも、その人がいなければ夢に向かって進めなかったかもしれないから、感謝はしているんだ」
成就しそうにない恋愛話を他人にするのは恥ずかしい。それでも、彼がいなければ今の私がいなかったことに変わりはないのだ。
美柚ちゃんは頷きながら耳を傾け、少し間を置いて答えた。
「そうだったんですね。夏帆さんはとても魅力的な方なので、それに気づいてくれる方が絶対いると思います!もし、その好きだった方に未練があるのなら、感謝の気持ちを伝えてみるのもいいかもしれません」
「・・・・・・もしかして、私の恋愛運を占ってくれたの?」
「はい。夏帆さんのお言葉のおかげで自信を取り戻せたので、私も夏帆さんの役に立てたら嬉しいです」
「わぁ、そんな風に思ってくれてありがとう!」
2人で笑い合っていると、アテンダントさんが記念撮影のボードを持って回ってきた。「写真いかがですか?」と優しく声をかけてくれたので、私のスマホで美柚ちゃんとのツーショットを撮ってもらった。
写真の美柚ちゃんは満面の笑みを浮かべており、私もつられて笑顔になる。
おいこっとは再び千曲川に沿ってクネクネと走行し、スノーシェルターのような光のさし込むトンネルを何ヶ所も通り抜ける。
森宮野原という駅に着くと7メートル85センチの日本最高積雪地点を示す、これと同じ高さの標柱が線路脇に立っていた。ここが豪雪地帯であることを改めて思い知らされる。
森宮野原を出発すると、長野県栄村に伝わるという田植え唄の舞が車内で始まった。音頭に合わせて手拍子をしながら舞の鑑賞を楽しんでいる内に、列車は新潟県に入る。
決して速いスピードで移動しているとは言えないが、これだけイベントが盛り沢山だと乗る価値が十分ある列車だと感じた。
沿線に展示されている『大地の里芸術祭』の作品を眺めながら、終点の十日町へは11:42に到着。
男子達と合流して先頭車両の前で4人の集合写真をアテンダントさんに撮ってもらい、ホームを後にした。
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