2日目(夏帆目線)
2-1 台風一過
スマホから流れるマリンバの音が、私を現実世界へと引き戻す。春哉からのモーニングコールだった。寝起きの声で電話に出ると、彼は切羽詰まった様子で淡々と話し始める。
「夏帆、おはよう。作戦会議するから、フロントに来れる?」
「マジで?起きたばっかりなんだけど。ちょっと待っててくれないかな?」
「稔と先に行って待ってるから、なるべく早く来て欲しい。美柚ちゃんにもよろしく頼む」
春哉は端的にそれだけ伝えて、ブツっと電話を切った。画面に6:16の時間が表示される。このホテルの朝食は6:30からだとチェックイン時に教えてもらったんだっけ。だとしても、起きたら着替えて化粧したりとやることが色々とあるのに。
「夏帆さん、おはようございます」
小動物のように隣のベッドから美柚ちゃんが起き上がる。元は春哉が電話をかけてきたのが原因だが、ぐっすりと眠っていたところを起こしてしまって申し訳ない気持ちになる。
「おはよう、よく眠れた?」
「はい、おかげさまでぐっすりと休めました。それよりも、どうかしましたか?」
「なんか作戦会議があるみたい。なるべく早く来て欲しいってさ」
「作戦会議、ですか?」
「よくわからないけど、美柚ちゃんも準備して一緒に降りよう。昨日買った服着ようよ」
「ありがとうございます。夏帆さんが選んでくれた服着るの楽しみです」
昨夜の夕食から部屋に戻った後、男子達には内緒でホテルを抜け出し、併設の駅ビルの中を美柚ちゃんと探索した。プリクラを撮って親睦を深めつつ、アパレルショップや本屋を巡って彼女のために必要なものを買い揃えたのだ。
男子達の愚痴を美柚ちゃんに聞いてもらいながら、私も身支度を進める。カーテンを開けた部屋の窓からは松本の市街地を一望でき、遠くには雄大な北アルプスが広がっていた。昨日の大荒れの天気から一転してどこまでも青空が続いており、かえって気味が悪いくらいだった。
フロントへ降りると、朝食会場の入り口近くの席に春哉と稔の姿を見つけた。既に朝食を食べ終えたようで、机の上にはコーヒーとオレンジジュース、それに電話帳のように分厚い時刻表が置いてある。
「やっと来たか。なかなか降りてこないから先に食べたよ。バイキング取っておいでよ」
今日は暑くなりそうだったので私はノースリーブとワイドパンツを着たが、男子達はワンピースを着た美柚ちゃんに魅了されているようだ。せっかくオシャレをしたにも関わらず、特に反応がないのは少し虚しい。
「で、作戦会議って?」
席に座って信州味噌の味噌汁を一口啜ると、春哉がスマホの画面を覗かせてきた。
「これを見てよ。昨日の天気のせいで、こうなっちゃったみたい」
彼に見せられたネットの記事の写真に私は目を疑った。
昨夜未明、佐久市内で竜巻が発生したことで、佐久平駅の天井が崩落するなど北陸新幹線の設備に甚大な損傷が発生した。当分の間、長野~軽井沢の区間で終日運転を見合わせるらしい。
「嘘、新幹線使えないの!?」
「まさかこうなると思わなかったよ。最低限の追加料金で通れるルートがないか、一緒に考えてくれないかな」
意見を出したいところだが行程はすべて春哉に任せて付いてきたので、正直どうしたら良いか分からない。頼りの彼が作戦会議を開く程なのだから、よほど深刻な状況なのだろう。
返答に困っていると、ずっと箸を止めて路線図を眺めていた美柚ちゃんが口を開いた。
「・・・・・・あの、いいですか?日本海側に出るのはいかがでしょうか?」
「それも考えたんだけど、今日はそっち側の路線が大雨で止まっていみたいなんだ」
春哉がすかさず答える。関東を直撃した台風は日本列島から遠ざかったものの、アプリで天気予報を見てみると、昨日の雨雲は庄内地方や北東北で猛威を振るっているようだ。
今日は信越本線や羽越本線などが運転見合わせ、との運行情報も載っている。机に広げられている時刻表の路線図には、通れない区間に×印がつけられていた。
新幹線も新宿方面の特急も使えず、日本海側に抜けても足止めされるのなら、また名古屋へ戻らなければいけないのだろうか。
美柚ちゃんは食事の手を止めたまま、さらに別の案を出す。
「では、横に伸びている青い路線を真横に通るのはどうでしょうか?」
「その先の乗り換えに時間が空いて進めないんだよね」
「ここの駅から細い線が下に伸びていますよね?そのルートも行けそうですが」
「うーん、その路線は18きっぷが使えなくて、別料金だとだいぶかかっちゃうんだよね・・・・・・」
本人はあまり自覚がないようだが、春哉はそれなりにケチ、いや、倹約家である。旅行中も費用対効果を追求した行程を組み、必要最低限の出費となるように考えているそうだ。自ら作戦会議を開いたというのに、美柚ちゃんの意見に対してためらいを見せる彼に苛立ってしまい、思わず口を挟んだ。
「この緊急事態にそんなこと言っていられないでしょ?多少お金かけてでも効率のいいルートがあるなら、それで考えてみようよ」
「わかったよ。さっき美柚ちゃんが提案してくれたルートで、乗り継ぎ調べてみるね」
春哉は分厚い時刻表を反復横跳びのようにページを行き来してメモを取ると、次第に表情が明るくなった。
「・・・・・・よし、これならいけそうだ!意見出してくれてありがとう」
春哉に礼を言われ、美柚ちゃんは頬を赤らめて少し下を俯いた。
「でも、この乗り継ぎだと18きっぷだけでは進めないから、追加で必要なきっぷを買ってくるよ」
「えっ、今買いに行くのかよ?」
「もしかしたら席が取れなくなるかもしれないからさ。すぐ戻ってくるから、稔は先に部屋に戻って荷造り頼むよ」
そう言って春哉はテーブルに広げていた時刻表をそそくさと片付け、朝食会場を飛び出して行った。
「私たちはどうすればいい?」
「さっき8:12発の快速を春哉が指でなぞっていたから、8時前にフロント集合でいいと思う。俺も荷造りしてくるから、また後でね」
そう言うと、稔も会場を去ってしまった。予定の時間に間に合わせるべく、私たちも早めに食事を済ませて部屋に戻った。
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