1-13 再会を信じて

 日没前なのに辺りはかなり暗く、ひっきりなしに降り続ける雨と吹きつける強風で水しぶきをあげている。『まつもとぉー、まつもとぉー、まつもとぉー』と叫ぶ名物おばさんの自動アナウンスも、どこか寂しげだ。

 この先の区間はどの路線も終日運休が決まり、電光掲示板には緑のJRマークだけが虚しく表示されていた。


 コンコースに佇む学生やサラリーマンの群衆をかき分け、稔が押さえたホテルへと向かう。ホテルは駅に直結しており、雨に濡れることなくチェックインを済ませられた。


 男女別にそれぞれの部屋に入り荷物を下ろす。部屋は綺麗だが建物自体は古いからか、廊下を歩く足音やエレベーターの発着音も聞こえてくる。ウェルカムドリンクの水を一口含むと、女子達が俺達の部屋に入ってきた。


「早速、美柚ちゃんのお母さんに電話かけようよ!誰のスマホからかける?」

「俺のを使っていいよ。ホテルのを使うと、俺たちの居場所が特定される可能性がある」


 スマホを差し出してスピーカーホンにし、先ほど調べた番号に電話をかける。2回の呼び出し音の後にスタッフが電話に出た。


「はい、ライラック薬局旭川店事務の西条です」

「あの、すみません。薬剤師の守谷先生をお願いします」


「少々お待ちください」と西条が答えると保留音が流れ、しばらく待つと心なしか美柚と声質の似た女性が電話に出た。


「はい。ライラック薬局旭川店、薬剤師の守谷です」

「もしもし、お母さん?私だよ・・・・・・美柚だよ!」


 美柚が叫び、一瞬だけ沈黙が流れる。


「・・・・・・えっ、美柚!?ホントに美柚なの!?無事なの!?今どこにいるの?!」

「うん、大丈夫。大阪で監禁されてて何ヶ月か大変な状況だったけど、親切な人たちに助けてもらったの。その人たちと一緒に電車で北海道に向かってて、今は長野県の松本にいるよ」

「ああ、そうだったの。無事で本当によかった・・・・・・」


 美柚の母親は彼女の無事がわかると、涙声で安堵していた。


「体調は大丈夫なの?」

「うん、元気だよ。私、警察に疑われているって聞いたけど、お母さんは大丈夫だった?」

「こっちは大丈夫。お店も私たちの家も不審な痕跡はなかったし、美柚が菊江さんの事件には絡んでないことも、警察の取り調べではっきり伝えたわ。中々信じてもらえなくて容疑はかけられたままみたいだから、とにかく気をつけてね」


 親子水入らずの会話を俺たちは傍で聞いていたが、話が途切れた一瞬の隙を狙って夏帆が間に入った。よほど我慢できなかったのだろう。


「お話し中にすみません。旅の道中で美柚ちゃんと出会った住吉夏帆と申します」


 元々電話の邪魔をしないつもりだったが、彼女が入ったからには仕方ない。俺たちも続けて名乗り出る。


「早く向かいたい気持ちは山々なのですが、なるべくお金をかけずに進んでいるので、旭川に着くまでまだちょっと時間がかかってしまうと思います」

「でも、その間はしっかりと3人で美柚ちゃんを全力で護って、お家まで送り届けます」

「美柚ちゃんにかけられた容疑の潔白を証明して、誘拐犯の正体も暴いてやります!だから、安心して待っていてください!」


 俺たちの言葉にほっとしたのか、美柚の母は再びすすり泣きをして答えた。

「ありがとうございます。皆さん、美柚のことをよろしくお願いします・・・・・・。どうか、気をつけてお越しください」


 「任せてください!」と3人で力強く答えて電話を切った。




 駅ビルにある信州蕎麦のお店で夕食を食べ、部屋に戻ってもなお外は激しく雨が降り続けている。雷も鳴っているようで、カーテン越しに白い光が数秒おきに照らしてきた。


「夏帆と美柚ちゃん、俺たちの部屋に遊びに来ていいって言ったのに、なかなか来ないな」

「閉じ込められていたところから逃げ出して、長距離の移動もしたから相当疲れてると思う。夏帆が面倒見てくれているようだし、今夜くらいはゆっくり休ませてあげようよ」


 稔は「わかったよ」と渋々納得したようだ。俺はベッドで寛ぎながら、時刻表を開いて明日の行程を組み直す。当初の予定ルートから大きく外れ、ここまで内陸部に来るのは想定外だった。


「なあ、春哉。うまく美柚ちゃんの家に辿り着けそうか?」

「明日次第かな。朝までに天気が落ち着いて欲しいけど・・・・・・」

「今日の調子だと、美柚ちゃんが誘拐されたときの様子も、冤罪被っている事件のことも詳しくわからなかったな。犯人が誰なのかもさっぱりだったもんな」


 せっかくの旅が楽しくなくなるので、事件のことは一旦忘れよう、と言い出したのは俺だった。美柚にフラッシュバックさせたくないのが大きな理由だ。

 しかし、事件から目を逸らしていたのは俺だったのではないだろうか。誰も自発的に事件のことを話そうとしなかったが、稔と同様に女子達も本当は旅の道中で事件を解明し、犯人の正体を暴きたいと思っていたのかもしれない。


「明日は美柚ちゃんに色々と聞けるといいな」

「そうだな。今日よりも気持ちの整理がつくだろうし」

「稔のことだから、どうせ彼氏いるかどうかも聞きたいんだろ?」

「何でわかったんだよ」


 少しでも先に進められるよう行程を考えながら、明日こそは美柚ちゃんが関わる事件に真剣に向き合いたい。そう心に誓い、大荒れの松本で一夜を明かした。

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