1-8 嵐を呼ぶ名古屋

 名古屋駅の新幹線ホームにある立ち食いきしめん屋は注文してから出てくるまでの時間がかなり速いことで有名だが、在来線3、4番線ホームの東京寄りにも同じお店がある。

 食券を買って暖簾をくぐると、食欲をそそるような小麦の香りが立ち込めた。俺と稔はかき揚げ入り、美柚は玉子入り、夏帆はわかめ入りの大盛を注文した。

 俺は新幹線ホームなどで過去に何度か食べたことがあるので味を知っているが、3人は初めての食感に感銘を受けていた。


「美味―い!こんな美味いとは思わなかった」

「はい、ダシが凄く効いてて、あっという間に食べちゃいそうです」

「ホント、幾らでも食べちゃいそう。特盛にすればよかった」

「最初から大盛りにした奴が何を言ってるんだよ」


 俺自身あまり食通ではないので、自信を持って勧められる飲食店のレパートリーは少ない。それでも、このような小さな立ち食いのお店をみんなに満足してもらえてよかった。


「美柚ちゃん、だいぶお腹満たせたかな?」

「はい!ご馳走してもらって、申し訳ないです。」

「ゆっくり食べたし先を急ごうか」


 満腹でお店を出ると、バケツをひっくり返したかのような大雨がホームの屋根を強く叩きつけている。


「うわー、さっきより激しくなってるな」

「ねえ、目の前の列車って、私たちが乗るやつじゃないよね?」


 店を出たすぐそばの3番のりばに止まっている車両を夏帆が指さす。行先の表示を見ると東海道本線の普通 豊橋行きのようだが、電光掲示板に表示された発車時刻は11:03。所定の時間よりも5分ほど過ぎているが、一向に発車する様子はない。


「なんか遅れているみたい。もしかして止まっているのか?」


 先ほど組み直した行程では11:16発の新快速 豊橋行きに乗る予定だった。運行情報を調べようとスマホを取り出すと、駅構内のアナウンスが流れた。


『お知らせいたします。東海道本線は大雨の規制値を超えたため、浜松〜大垣間の上下線で現在運転を見合わせています。運転再開の見込みは立っていません。ご利用のお客様にはお急ぎのところ申し訳ございません』


「マジかよ。さっきネットで見た時は、普通に動いていたのに」


 稔が落胆すると、夏帆は早々に諦めたようで俺たちに提案してきた。


「もうさ、手持ちの学割で東京まで新幹線使っちゃおうよ」

「えー、まだ旅の序盤だぞ?いきなり使いたくないんだけど」


 俺が18きっぷで一人旅をする時は、大学で学割の証明証を最低でも1枚発行して持ち歩いていた。やむを得ず特急や新幹線を使わざるを得ない状況となった場合でも、極力安く移動するためだ。

 今回の旅行でも2人に1枚ずつ証明証を持ってきてもらっていた。何日もの旅程があるにも関わらず初日の昼間からいきなり学割を使うのは、後先が思いやられる。しかし夏帆が反論してくる。


「しょうがないじゃん。この調子じゃ、新幹線だっていつ止まるか分からないよ」

「そうですよね・・・・・・今日は東京まで行く予定ですか?」


 美柚が問いかける。


「うん。アキバに宿を取ってたからね。稔、チェックインは何時にしてた?」


 稔の方を振り向くも、彼はえっ、とビックリした表情を見せる。嫌な予感がした。


「宿の担当って俺?」

「そうだよ。事前に頼んでたじゃん」

「稔、まさか今日だけじゃなくて、旅先の宿すべて予約し忘れたのか?」


 ホーム上で沈黙の時間が一瞬だけ流れる。


「えっと・・・・・・そのまさか」


 稔が場を和ませようと、てへっ、と左手を後頭部に回したが、火山が噴火するかのように、夏帆が激高して彼に掴みかかる。


「どうするのよ!このままじゃ私たち野宿!?」


 夏帆さん落ち着いてください!と美柚が必死に制止に入る。いま稔へ説教するつもりはないが、彼に頼んだ俺が馬鹿だった、と心の中で反省する。

 このまま喧嘩になってしまっては空気が悪いし周りの目が痛い。俺も仲介に入って、どうにかフォローしてやった。


「宿が取れなかったら、ネカフェでもカラオケでも泊まる場所はいくらでもあるだろう。学割使うかどうかは別にして、とりあえず新幹線の運行情報を見に行こう。そっちも動いてなかったら、話にならないからな」




 稔と夏帆の距離をなるべく取るようにしつつ、中央口から改札を抜けて新幹線改札口へと歩く。しかし、予想外の人混みでコンコースは混沌を極めていた。


「うわ、何だよこれ・・・・・・」


 ここでも構内放送が流れ、東海道新幹線もまた大雨と停電の影響で、全区間で運転を見合わせているという。


「どうしましょう?ここで足止めですか?」

 美柚が不安そうな表情でこちらを見つめる。必死に代わりの手段を考える。


「さっきの改札に戻って、動いている路線を駅員に聞いてみるよ。もし全滅なら、課金してでも名鉄で先に進めるか調べてみる」

「ねぇ、今のうちに美柚ちゃんの服選んできちゃダメ?」

「すぐに乗るかもしれないからそれは無理かな。ここで待ってて」


 下手に動いてこの人混みに消えてしまっては、探す労力が余計にかかる。3人をその場に引き留め、俺一人で窓口への行列に並んだ。


「すみません、いま名古屋近辺で動いている路線はありますか?」

「少々お待ちくださいね・・・・・・現在この周辺で動いているのは、中央線と関西線、それから太多線です。特急しなの号とひだ号、それに南紀号は12時以降の列車から順次運休となっていますので、気を付けてください」

「そうですか、わかりました。ありがとうございます」


 駅員へお礼を伝え、3人が待つ場所へと戻った。腕時計に目を向けると、11:37を示している。


「動いている路線あった。すぐに行くよ」

「えー?服選びは?」

「ここじゃなくてもできるだろ。まずは動くことが大事だ」


 このまま名古屋でダラダラしていては、本当に先へ進めなくなる。先ほどの改札に戻って中に入ろうとした途端、「あっ!」と突然美柚が声をあげる。


「美柚ちゃん、どうしたの?」


 彼女へ問いかけると、大丈夫だと言うのでそのまま改札内へ入る。しかし、先ほどまでと違って明らかに様子がおかしい。雨に濡れた子犬のように身体が小刻みに震えている。


「・・・・・・あの、次に乗る列車ってどれですか?」

「えっと、8番のりばに止まっている列車だよ」

「そうですか、ありがとうございます。早く行きましょう!」


 すると、美柚は突然走り出した。突然の行動に俺たちは困惑する。


「ちょっと、どうしたんだよ!?」


 水たまりで濡れた通路で転ばないように気を付けながら彼女を追いかけ、ホームへ続く階段を駆け上がった。

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