1-7 出身地
改札の目の前に停車していた関西本線の快速 名古屋行きに乗り込み、9:24に亀山を後にした。
鈴鹿山脈の裾から広がる田園地帯を眺めながら、四日市までは各駅に止まる。その先、本格的に快速運転が始まると工業地帯を望みながら一気に走り抜ける。
しかし、名古屋に近づくにつれて曇は鉛色の深みを増し、大粒の雨が窓を叩きつけていた。
今日は関東に台風8号が接近し周囲の雨雲が線状降水帯となって、甲信越から近畿地方の広範囲に大雨をもたらす予報となっている。
出発数日前にこの予報を知った際には日程の変更も検討したが、「お前の雨男以上に俺は晴れ男だから大丈夫だ」という稔の根拠のない自信に押されて強行出発となったのだ。
「うわー、こりゃひでぇな。この先動いてくれるかな」
桑名に停車中の天気を見て稔が呟く。こまめに運行情報も確認しているが、今のところ名古屋近辺の運転見合わせの情報はないようだ。
「ねえ、美柚ちゃん。台風が来てるのをわかっていながら、それに向かって行こうとしてるこの2人どう思う?頭おかしいよね?」
美柚に同意を求めようとする夏帆に稔はムスッとする。
「そんなこと言うなら、お前は来なきゃよかったじゃん」
「私だって、帰省できるのがこのタイミングしかないから合わせてあげただけだよ。こんな天気でも出発するって言ったら、親がすっごく心配してたんだからね」
「別にいいじゃん。こういう日に美柚ちゃんと出会えたのも何かの縁だろう?」
「まあ、それはそうだけど・・・・・・」
俺に反論できなかったようで、夏帆が口ごもる。すると、俺たち3人の会話を聞いていた美柚が問いかけてきた。
「夏帆さん、東北のご出身なんですか?」
「そうなの。今は両親と一緒に大阪に引越してきたけど、高校2年生まで仙台で過ごしてて、お婆ちゃんは今も仙台にいるの。今年は両親が仕事で帰省できないはずだったんだけど、サークルが同じこの2人が東北方面に旅行計画しているのを知って、私は行きだけ同行させてもらってるの」
「俺たちが相談しているところに、半ば強引に入ってきたけどな」
別にいいでしょ!と夏帆は稔の肩をバシっと叩く。右手の近鉄線と並走しながら木曽川を渡り、列車は愛知県へ入った。
美柚は続けて俺たちにも問いかけてくる。
「春哉さんと稔さんは、どこの出身なんですか?」
どちらが先に発言するか腹を探り合ったものの、先に話してと言わんばかりの表情を稔がしているので、渋々俺から口を開いた。
「俺の出身は鳥取だよ。地元での生活がつまらなくて、一人暮らしがしたくて大阪の大学に来たんだ」
「俺は香川の多度津ってとこに家があるよ。兄が同じ大学の教育学部を卒業してて、その後を追うように入った感じかな。俺も来週、東北のお土産を持って一緒に帰省する予定だよ」
「そうなんですね。春哉さんも、この夏は帰省されるんですか?」
美柚に問いかけられて嫌な思い出が一瞬脳裏をよぎる。それでも、平静を保って答えた。
「・・・・・・まあ、まだ決めてないけどそのうちな」
「旅行が終わったら、バイト連勤だって言ってただろ」
「生活費稼ぐためだから仕方ないだろ。仮に帰省するにも、それはそれで交通費かかるんだし」
稔に深読みされないように反論したが、さらに夏帆が口を挟んでくる。
「春哉まだあのカフェで働いてるの?時給安いみたいだし、週5はきつそう」
「あそこの賄いのカレー、マジで美味いんだって。それが食べれるなら、試験前でもバイト入れてやるさ」
カレーというワードを聞いてなのか、ぐーっという美柚のお腹の虫が鳴った。俺たちが反応して一斉に振り向いたのを受けて、彼女は肩をすぼめて頬を赤らめる。
「すみません。私、もうお腹空いちゃいました・・・・・・」
「まぁ、まともなもの食べてないみたいし、朝も少なかったなら仕方ないんじゃない?昼には少し早いけど、せっかくだし名古屋着いたら美味いもの食べようぜ」
「いいじゃん。きしめんにする?それとも味噌煮込みうどん?」
夏帆は1日最低1食は麺を食べないと生きていけない、と自負するほどの重度の麺依存症だ。
そんな食生活にも関わらずモデル並みのスタイルだとささやかれるのだから、一体どのような体質なのか非常に不思議だ。
「ここは美柚ちゃんに食べたいもの選ばせてあげろよ」
選択権を美柚に託そうとしたが、金銭面を気にしたのか彼女は遠慮がちに答えた。
「そうですね・・・・・・どれも食べたことないものばかりですけど、きしめん食べてみたいです。どこかいいお店ありますか?」
「ホームにある立ち食いの店ならすぐに食えるよ。名古屋に来たときはよくそこに寄っているんだ」
「よし、さっさと食べて早く次の列車に乗っちゃおう」
小腹を満たす店を決めると列車は大きく左へカーブし、10:33に名古屋へ到着した。
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