1-6 それぞれの過ごし方

 到着したホームの向かい側に関西本線の普通 亀山行きが入線し、8:31に柘植つげを出発した。通勤通学時間帯は次第に落ち着きつつあるが、1両編成の気動車の席は全て埋まっていたので後ろの運転台付近で固まって立つ。


「何だよ、全然電波入らないじゃん」


 稔がスマホを何度もタップするが、エラーメッセージが消えず苛立ちを見せている。現在走っている区間は加太越えと呼ばれる山越えの難所で、急勾配の区間を駆け下りている。当然、スマホの通信環境も非常に悪い。


「稔さん、何をしているのですか?」

「モンスターアウトっていう今流行りのゲームだよ。移動中はずっと暇だし、普段こうしてゲームして過ごしているんだ。美柚ちゃんもアウモン遊んでるの?」

「私はやっていませんが、クラスメイトの男子はよく遊んでいましたよ」

「そっか。もしよかったら、アカウント登録してフレンドにならない?」 

「美柚ちゃん、いまスマホ持ってないから遊べないでしょ?」


 美柚のスマホは通報されないよう誘拐犯に没収されてしまったらしい。夏帆に指摘されて稔はがっくりと肩を落とす。


「スマホが手元に戻ってきたら考えます。2人は、普段列車に乗っている間はどんなことをしているんですか?」

「俺は列車のモーターの音を聞きながら、外の風景を眺めたりしてるかな」

「私は本を読んだり、ひたすら音楽聴いたりしてる。美柚ちゃんは?」

「私ですか?私も、小説を読んだり、占いのこともちょっと勉強したりしてました」

「へぇ、凄いね!何なら、俺も占ってもらいたいなぁ!」


 稔が美柚の占いに興味を示す。彼のことなので、どうせ恋愛面でもみてもらいたいのだろう。しかし、彼女の表情はやや暗くなったように見えた。


「すみません……、占いは少し休みたいんです。慣れない環境で1日何十人もみて来て、さすがにちょっと疲れてしまって……」

「そっか。軽く言ってごめん」

「気持ちが落ち着いたら、今度占いますので」


 美柚が稔との約束を交わし、柘植を出てから20分ほどで終点の亀山に到着した。ここで管轄のJRが西日本から東海へ変わるが、順調だった乗り継ぎもここで30分近く足止めとなる。そこで、一旦改札を抜けて外の空気を吸った。


「まいったな、どうやって暇潰そうか?」


 まだ9時前なので、駅周辺を見渡してもカフェのような時間を潰せる場所はない。すると、夏帆が何かをひらめいたようだ。


「そうだ!美柚ちゃん、ずっと高校の制服で乗ってきたじゃない?このままだと、いずれどこかでバレてしまいそうだし、今のうちに着替えるのはどう?」

「夏帆さん、服貸してくれるんですか!?」

「旅先でもオシャレしたくて、服はたくさん持ってきたの。じゃあ、そこのトイレで着替えよっか」

 

 夏帆は乗り気で美柚を連れて、女子トイレへと入って行った。


「あんなに夏帆がノリノリなの珍しいな。」

「そうだよな。確か一人っ子で、よく妹か弟が欲しかった、って言ってたな」

「もしかしたら美柚ちゃんのことを妹のつもりで接してるのかもな」


 初めて夏帆に会った日のことを思い出す。状況は違えど、美柚と今朝会った時の情景と重なる。普段の夏帆は悩んだりクヨクヨしたりしない強気な性格なのだが、あの時の出来事を思い出すと、歳が近い誰かに寄り添いたかったのだろう、と感じる。


 しばらくベンチに座って稔と雑談していると、発車時刻の5分前になり、ようやく夏帆たちが戻ってきた。


「遅くなってごめん。どの服にするか迷って、時間かかっちゃった」


 夏帆の後ろについてきた美柚の姿に、俺と稔は釘付けになった。爽やかなTシャツにスカートを合わせ、ポニーテールにした美柚の姿は、シンデレラに魔法をかけたかのような変化を遂げていた。


「めっちゃいいじゃん!素敵!」

「そ、そうですか?あまりオシャレしたこともないですし、ちょっと恥ずかしいです・・・・・・」


 美柚が頬を赤らめてモジモジする姿が愛おしく感じた。


「美柚ちゃんに合わせられるよう頑張ったけど、時間あるときにちゃんとしたお店でコーデしてあげたいな。名古屋に着いたら、お洒落なお店もいっぱいあるでしょ?」

「これならネットに出回っている画像の姿とも違うし、そう簡単に怪しまれることもなさそうだな」

「かえって、注目を集めてしまいそうだけどな」

「ありがとうございます。それじゃ、行きましょう!」


 美柚の意気込みとともに、俺たちは再び改札を通った。

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