1-5 迂回

 跨線橋を駆け下りると、1番のりばに草津線の普通 柘植つげ行きが待っていた。7:33に草津を出発し、大阪から乗ってきた東海道本線と別れて進路を南東へ向ける。


「・・・・・・よし、美柚ちゃんに気づいている人はいないようだな」


 座れない代償であまり目立たない車端部を選び、美柚を隠すように俺たちは吊革に掴まる。幸いにも、俺たちを怪しむ乗客はいないようだ。


「何も考えずに飛び乗っちゃったけど、これでよかったの?」


 当初の予定では、東海道本線をひたすら東へ進み、東京で観光を楽しむ予定だった。突然の予定変更に俺以外の3人は戸惑いを隠せない様子だが、きちんと迂回ルートがあるため問題ない。


 手持ちの時刻表をパラパラと開いて路線図を見せながら説明した。鉄道旅では電話帳のように分厚い時刻表をリュックの中に入れて常に持ち歩いている。今回のような突然の旅程変更の際には、とても重宝しているのだ。


「今乗っている草津線は、終点の柘植つげで関西本線に接続している。そこで乗り換えて東に進めば、亀山経由で名古屋へ抜けられるんだ。最初の予定より遅くなるけど、10時半には名古屋に着ける。周りに気づかれなければ、俺たちの動向を読まれることもないだろう」


 俺の代替案に3人は感服した様子だ。


「咄嗟に思いつくなんて凄いですね!私だったら、さっきの駅で路頭に迷っちゃいます」

「俺も。いつも春哉に計画立ててもらって、ホントに助かるよ」

「そうね。その方法は思いつかなかった。美柚ちゃん、この2人がタッグ組めばある意味最強だから、きっと無事にお家に帰れるよ。途中まででも全く心配しなくていいよ」

「はい!夏帆さんもすごく優しいので、一緒にいてくれるととても安心します」


 美柚は俺達にすっかり心を開いてくれているようだ。それを見た稔が胸を張って提案する。


「それじゃ、途中までなんて言わずに、いっそのこと美柚ちゃんのお家まで一緒に送り届けてやろうよ」

「えっ、それはさすがに申し訳ないです!皆さんにも予定があると思いますし……」

「こんなに可愛い子、途中で放り出して帰れないって。2人もそう思うだろ?」


 彼の意見に俺も夏帆も同意する。18きっぷをシェアして食費と宿泊費を3人で出し合えば、意外と何とかなるかもしれない。


「ホントに頭が上がりません。なるべく迷惑をかけないようにしますので、よろしくお願いします!」

「そう固くならなくていいよ。それじゃ、北海道までの行程作りもリーダーよろしくね」

「結局、俺に全部丸投げかよ」

「乗り継ぎ考えるのは嫌いじゃないだろ?」

「まあそうだけどさ。ゆっくり観光できないかもしれないから、それは覚悟しておけよ」


 俺の忠告を3人はすんなりと受け入れる。美柚は安心感で満面の笑みをこぼし、俺まで晴れやかな気持ちになった。




 貴生川で多くの客が降車し、ようやく4人掛けのボックス席に座れた。甲賀の里の風景を横目に、この先の行程を組み直す。

 一方で夏帆と稔は、美柚が誘拐されていた頃の話を聞き出しており、俺も耳を傾けた。


 美柚は中学時代から占いが得意で、地元ではちょっとした有名人だったようだ。誘拐された際、占いの仕事で300万円を稼いだら釈放する、という条件を突き付けられ、監禁状態で強制労働をさせられていたという。


「そういえば、梅田によく当たる若い占い師が最近来たって大学の友達が言っていた。それって美柚ちゃんだったの?」

「はい。黒いマントを羽織って、顔は全く見えないように仮面を被って仕事をしていました。頑張って1日に5万円くらい稼いだ日もありましたが、私のところには全く入らなくて、自力で帰るためのお金も貯められませんでした」

「そもそも目標が300万円って、相当無謀な金額だと思うけど」


 1か月ほど前だろうか、同じ講義を受けていた女子学生達が梅田の若手占い師の話で盛り上がっているのを俺も耳にしたことがある。

 5階建ての雑居ビルの2階に占いの館があり、密室の中に設置した小さい窓越しに占いをしていたようだ。その部屋は建物内の廊下側からのみ鍵がかけられるように細工されており、容易に脱出はできなかったという。


「客に自分の正体を明かせば、どうにか助けてもらえたんじゃない?」

「それも何度か試みました。ですが、営業中は誘拐犯が隣の部屋でずっと監視をしていて、バラそうとすると様々な妨害を仕掛けてきたので、なすすべがありませんでした……」

「それじゃ、今朝はどうやって逃げてきたの?」


 どうやら美柚の誘拐犯は監禁していた部屋の隣の部屋に住んでいたようだ。ここまで密室状態で、しかも犯人の監視が常にある中で逃げるには至難の業だ。にも関わらず、今朝になって美柚は脱出してこれたのだ。そうなると、"あの件"が関わっているとしか思えない。


「・・・・・・まさか、今朝の梅田の火事に紛れてきたとか?」

「はい、その通りです。よく分かりましたね」

「マジかよ、春哉天才か!」

「部屋の感じからすると、非常用のハシゴとかもなかったんでしょ?どうやって地上に降りたの?」

「私が寝ていた布団やマットなど、クッションになりそうなものを下へ投げました。そこへ飛び降りて、何とか逃げて来たんです」

「そうなんだ。怪我しなくてよかった」


 その後、傘もなく地下街へ逃げ込んだものの、梅田ダンジョンを彷徨い果てて偶然俺と出くわした、ということか。


「火事の原因はわかる?」

「私も分かりません。隣の部屋にいた犯人のタバコの不始末でしょうか?でも、昨夜は誰かと飲みに行くと言って不在でしたし、油のような臭いもしませんでしたし……」


 もしその誘拐犯が無傷なのだとすると、いずれ美柚を探しに後を追ってくる可能性もある。そうなると厄介だ。


「それにしても、美柚ちゃんを誘拐した犯人の目的が意味不明だと思わないか?」

「確かに……。誘拐の動機って、身代金の要求とか性的欲求がほとんどだもんね。なんで美柚ちゃんの正体がバレるリスクを冒してまで、占いの仕事をさせていたのかな?」


2人が誘拐犯の動機に疑問を持っていると、美柚は何かを思い出したようだ。


「そういえば、誘拐されて目が覚めた後に連れてこられた部屋で、犯人から奇妙なことを言われました」

「奇妙なこと?」

 美柚は一呼吸置いて、誘拐犯からの言葉を俺たちに教えた。


―アンタの才能を見込んで連れてきた。ここで300万円を稼いだら、自由にさせてやる。ただし、俺に連れて来られたことも自分の正体も絶対にバラすな。これも、アンタを守るためだ。


「守ってやるために誘拐した、ってどういうこと?意味が分からないな……」

「まさか、その誘拐した犯人以外にも、美柚ちゃんを狙っている奴がいるってこと?」

「私の地元でそのような怪しい人はいなかったと思います。私を守るため、という言葉の意味をずっと考えながら仕事をしていましたが、結局わかりませんでした。一体何なんでしょうか?」


 彼女の素性を知る人でない限り、占いと絡めて仕事をさせないはずだ。それに、彼女が誘拐されている間に別事件の容疑者にでっち上げたのも、その犯人の関係者が絡んでいるとしたら目的が全く分からない。

 この先の行程に加えて、2つの事件のことを考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになる。頭が痛いのは天気のせいだけではなさそうだ。他の3人もすっかり沈黙してしまったので、暗い空気を打破すべく時刻表を閉じて声をかけた。


「あー、もう。ずっと事件のことばかり考えてたら、せっかくの旅が楽しくなくなっちゃう。この際一旦忘れよう。美柚ちゃんのお家までまだ長いから、じっくり考えながらでもいいじゃん」

「・・・・・・そうだね。決定的な手がかりも今のところないし、そうするしかないか」


 ようやく場の空気が少し和んだような気がして安堵した。そうしているうちに、列車は終点の柘植つげへと8:27に着いた。

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