1-4 濡れ衣

 高槻でも多くの通勤客が乗り込み、車内が一層混雑してきた。その中に淡いピンクの大きなキャリーケースを持った、スタイルの良い女子を見つけた。彼女は俺たちのもとへ近寄り「おはよー」と挨拶する。


「相変わらずでけーな、夏帆の荷物」

「別にいいじゃん。向こうで着る服いっぱい持ってきたからね」

 巨大なキャリーケースを網棚へ乗せると、夏帆は稔の隣に座る。ちょうど美柚と向かい合う形になり、じっと目を凝らして小柄な彼女を見つめていた。


「ところで、この子は?」


 稔と会った時と同様に簡単な自己紹介だけ美柚に任せて、ここまでの成り行きは俺から説明した。


「なるほど。可愛い子じゃん。あたしは住吉すみよし夏帆かほ。よろしくね」


 そう言いながら、夏帆は美柚の手を軽く握って挨拶する。状況を受け入れてくれたことに、俺も稔も安堵した。


「途中までってことで連れてきたんだけど、別にいいよな?」

「うーん、途方に暮れていたなら放っておけないもんね。でも、その悪い奴に捕まっていたなら、大阪を出る前に警察へ相談した方がよかったんじゃない?」

「確かにそうかもしれないけど、相談する訳にもいかなさそうなんだよ」

「どういうこと?」


 首をかしげる3人に俺のスマホを差し出し、ネットニュースのタイトルを見せる。

 

『修学旅行で行方不明の女子高校生 旭川市内の高齢者殺人未遂事件に関与か』


「何だよ、これ!?」

 一行が驚く傍らで記事を開くと、店舗らしき建物に数名の警察が入っていく写真が載っていた。その様子に、美柚は言葉を失う。


「嘘、何で・・・・・・」

「美柚ちゃんのお家、薬局なの?」


 夏帆が問いかける。記事の画像を拡大してみると、ぼやけているが『処方箋受付』という文字が読めた。


「・・・・・・お家ではないんですけど、私のお母さんが薬剤師で、その勤め先が旭川の調剤薬局なんです」


 記事の内容を要約すると、修学旅行へ出発する前日に旭川市内在住の柏原菊江(83)宅へ訪問して睡眠薬を飲ませ、現金100万円を強奪したという。菊江は昏睡状態になり救急搬送され、身体からは高濃度の睡眠薬の成分が検出された。その調剤元が美柚の母が勤めている調剤薬局であること、ボランティアで菊江の家へ毎週訪問していた美柚が容疑者として浮上し、取り調べの対象になっていたというのだ。


「美柚ちゃん、知らなかったの?」

「もちろんです。テレビもスマホも見れない状況だったので・・・・・・」

「ってことは、この事件は身に覚えもないってことだよね」

「はい。見守りで菊江さんの家に行っていたのは事実ですが、そんな酷いことを考えたりしません!」


 きっぱりと容疑を否定する美柚に、稔も同意する。


「そうだよな。こんなに純粋な子が、そんな悪いことする訳ないもんな」

「幸い、お母さんは捕まらずに済んでいるみたいだね。でも、自分の娘が2つの事件に巻き込まれるなんて、不安でしょうがないだろうなぁ」


 美柚のお母さんからしたら、まさに泣きっ面に蜂の出来事だろう。美柚は声を震わせ、大粒の涙を流している。


「私、何も悪いことしてないのに・・・・・・、どうしてこんな酷い目に遭わなきゃいけないの・・・・・・」


 彼女が目元を押さえて泣きじゃくっていると、夏帆がハンカチを差し出し、なだめながら優しく頭を撫でた。


「大丈夫。美柚ちゃんの疑いはきっと晴れるし、本当の犯人も捕まるって」


 俺と稔はその様子を黙って見守るしかなかった。それにしても、美柚が絡む2つの事件、偶然に起きたものとは到底思えない。同一人物によるものか、はたまた組織的に計画されたものなのか・・・・・・?




 京都で大半の客層が入れ替わり、山科やましなを過ぎて滋賀県に入っても、車内は俺たちと同じ歳ぐらいの若者が多く乗っていた。大津で乗ってきた3人組の若者の集団に、夏帆が目を光らせている。


「・・・・・・ねえ、さっきからあの子たちの視線が気になるんだけど」

「夏帆の勘違いじゃないか?」

「稔、呑気なこと言わないで。よく会話聞いてみてよ」

 夏帆に言われるがまま、俺たちは黙って彼らの会話に耳を澄ませた。


「・・・・・・ねえ、あれって、前にニュースになっていた子だよね?」

「マジ?一緒にいるあの人たち誰だろう?」

「どっかに連れて行くつもりなんじゃない?」

「だったらヤバくない?もはや全員犯人じゃん」 

「とりあえず降りたら駅員に相談して、警察に通報しようよ」


 彼らは途中の南草津で降りたものの、その直前にもこちらの様子をチラ見する。3人組のうちの1人に、一瞬だけスマホを向けられた気がした。


「なんだよ、あいつら。本気で怒鳴りつけようかと思ったよ」


 稔が怒りを露わにするのと同時に、女子2人も不安げな表情で話す。


「スマホも変な角度で向けられたよね?もしかしたら、隠し撮りしていたのかな。SNSに上げられたり通報されたりしたら、私たちが冤罪被っちゃうよ」

「そんな!私のせいで・・・・・・」

「春哉、何かいい方法あるか?」


 この先は草津、守山、野洲、近江八幡、能登川、彦根の順に停車する。新快速といえども終点まではまだ時間がかかり、途中で警察に乗ってこられたらお手上げだ。かと言ってここから引き返すにも、大阪方面の混雑の目は計り知れない。だとしたら・・・・・・


「よし、次で降りるぞ」

「えっ、ちょっと待ってよ。何か思いついたの?」

「ああ。時間がうまく噛み合えば」


 今は俺のアイデアを話す余裕はなく、降りる準備を促す。3人は困惑しつつも慌ただしく支度を済ませ、7:25に草津で下車した。

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