1-11 迫る計画運休

 中津川のホームに降り立つと、ジメジメとした蒸し暑さと山特有の森林の匂いがまとわりつくような感覚だった。ホームの屋根からは滝のように、水がボチャボチャと流れ落ちている。


「ひぇー、さらに大変なことになってるな」

「進むうちに多少は天気が良くなると思ったのに」


 この選択がよかったどうかは俺にもわからない。次の乗り換えまで時間が空くので、一旦改札の外へ出て運行情報を確認することにした。改札のすぐ目の前には何やらホワイトボードが掲げられている。計画運休のお知らせだった。



 特急しなの号:12時以降に始発駅を出る列車より終日運休

 中津川駅〜塩尻駅間:15時以降に始発駅を出る列車より終日運休

 名古屋駅~中津川駅間:18時以降に始発駅を出る列車より終日運休



「ってことは、次に乗る列車は・・・・・・?」


 14:15発の普通 松本行きだ。これが計画運休前に北へ向かう今日の終電となるだろう。


「危なかった!早めに来てよかったね!」

「とはいえ、まだかなり時間があるな。出発までどう過ごそうか?」


 乗り継ぎの時間を確認せずに名古屋を出てきてしまったので、中津川で1時間弱待つことになる。この悪天候では下手に駅から離れた場所まで行って観光なんてできそうもない。せめて駅近で休憩できるところはないだろうか。

 駅前のロータリーを見回していると、美柚がポンポンと肩を叩いて声をかけてきた。


「春哉さん、あそこのお店はどうでしょうか?『五平餅』って書いてありますよ」


 彼女の指さす方向を見ると、『五平餅』と書かれた幟の茶屋があった。駅舎を出て、右へほんの数十メートルほど離れたところだ。


「私、小さい頃に岐阜が舞台のアニメを見て、ずっと食べてみたかったんです。もしよろしければ、そこで休んでいきませんか?」

「そうだな。俺は別にいいけど2人はどうだ?」

「昼ごはん早かったしいいじゃん」

「せっかくだし小腹満たしていこう」


 2人も美柚の意見に賛成した。ほかに喫茶店のようなお店も見つけられず、雨の中を歩いてそのお店へと向かう。ほんの1分足らず折りたたみ傘をさしただけでも、荷物はすぐに濡れてしまった。




「うんまー!醤油のタレが香ばしくてサイコー!」


 団子状に串刺しされた餅に醤油ダレがかかり、香ばしく焼き上げられた五平餅に稔は大興奮だった。女子2人も「美味しい!」と声をあげて頬張っている。俺もじっくりと味わいたいところだったが、この天気でどこまで進めるかが気がかりで情報収集に集中していた。台風が最接近している関東以外の地方も、台風の影響で計画運休や運転見合わせが相次いでいる。


「春哉さん、どうしたんですか?早く食べないと冷めて固くなっちゃいますよ?」


 美柚が顔を覗かせる。ちょっとでも浮かない顔をすると、彼女は敏感に反応するようだ。


「ああ、ごめん。ちょっとこの先の行程が気になって」

「さっきの情報だと、計画運休になる前に乗れそうなんでしょ?」

「いや、確かにそうだけど、これを見て」


 塩尻から先はJR東日本の区間に変わるため、その周辺の運行情報を調べていた。すると、中央本線の日野春〜長坂間で土砂流入が発生し、今日は小淵沢〜甲府間で終日運転見合わせとなっている。3人へネットの記事を再び見せる。


「ということは、そっち方面はどう頑張っても進めないということですか?」

「ああ、しかも塩尻や松本に着く頃には他の路線も計画運休の時間になるから、今日は進めてもそのあたりまでかな」

「そんな。明日になっても、東京に寄るのは無理なのかな?」

「この調子じゃ復旧に時間がかかりそうだし、新幹線を使わない限り無理かな。使ったとしても大宮で乗り換えるから、そもそも東京は通らないし」

「えーっ。原宿で楽しみにしてた虹色のパンケーキ、せっかく美柚ちゃんと食べれると思ったのに」

「聞くだけでも毒々しいな。そんなヤバそうなもの、美柚ちゃんに食わせようとしてたのかよ」

「毒々しいって!SNSで話題になってて、めっちゃ映えるんだから!」


 どうして若い人たちは日本独自の和菓子よりも海外発祥の得体の知れないスイーツにばかり飛びつき、そのようなものばかりバズるのだろう。美柚のような和の精神が解る子がもっと増えるといいのだが。


「スイーツに限らず、旅行中はあまり投稿するなよ。写真にちょっと映るだけでも居場所がすぐ特定されるからな」

「はいはい、わかってるって」


 夏帆は渋々答えて、食べかけの餅を口にする。既に平らげた稔が獲物を狙うかのように俺の五平餅をじっと見ていたので、彼に横取りされる前に俺もさっさと食べて一服し、束の間の休息を取った。

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