第26話 リッカ、タキオンの全力を見届ける

「その様子だと……俺の魔法を見て、自分の得意属性の魔法も見せたくなった、って感じか?」


 自分の言葉にタキオンがこくり、と力強くまた頷く。おそらく長年療養のためにずっと実力を発揮する事を我慢していた反動が来たのだろう。


 いくら自分自身の療養のためとはいえ、長い間特進クラスを離れて思うように学べない日々を過ごしていた中で久しぶりに思い切り魔法を放ち、かつ男なのに魔法を使える自分という存在と遭遇したという衝撃を考えればその気持ちは理解できなくもないため、再度タキオンに尋ねる。


「タキオン、お前本当に無理はしてないか?……もしそうなら無茶して後悔する事になるのはお前自身だぞ。それでもやる気なのか?」


 自分の問いかけに、再度頷くタキオン。こうなれば、もはや一度本人のやりたい様にやらせる方が良いだろう。その前に念を押す事にする。


「……分かった。だが決して無理をするなよ。魔法の出来不出来に関わらず、次の一回で絶対に今日は終わりだ。焦らなくてもこの先いくらでもお前の実力を見させて貰う機会は沢山あるんだからな」


 そう自分が言葉を返すとようやく笑みを浮かべるタキオン。全くもって表情が豊かな子である。


「うん!……ありがと先生。私、真剣にやるね」


 そう言ってすぐ準備に入ろうとするタキオン。だがその前にやる事があったため、一旦タキオンを止める。


「あぁタキオン、悪いがちょっと待ってくれ。お前の全力を見させて貰う前に、一応準備をさせてくれ」


 そう言ってから急いで詠唱を唱え、魔法を放つ。


「……『防げよ我が身、大地の城壁』」


 自分の手前に周囲の大気が凝縮され、眼前に大きな壁が現れる。タキオンに向かって声をかける。


「……よし、それじゃあこいつを狙って魔法を放ってくれ。さっきみたいにそのまま地面にお前が魔法を放ったら、さっきよりえらい事になりそうだからな」


 タキオンが頷き、壁に狙いを定めて詠唱の準備に入る。それを見届けてから自分も壁から離れる。それを確認したのか、こちらをちらりと見てタキオンが言う。


「見ててね、先生。……これが、今の私の本気。……そして、全力」


 そう言って改めて詠唱を唱え始めるタキオン。こうなったからには了承せざるを得ないというのもあるが、本音を言えばタキオンが最も得意とする属性での魔法の威力を純粋に見てみたいという気持ちがあったのも事実である。


(……詠唱を唱え始めた時点で空気が震えている。それに、さっきよりも明らかに魔力の込め方が早いし正確だ。流石に自分で得意と言い切れるだけはあるな。こりゃ、将来が楽しみだ)


 そう自分が思っている間にもタキオンは構築を終えて、今にも魔法の発動準備に入ろうとしている。タキオンの体の周囲には雷の魔力が既にほとばしっている。


(……さっきの魔法を見た限り、こいつは魔法を放つ際に俺やルジアの様に言葉をこねくり回して自分がしっくりくる言葉を選ぶ『理論型』タイプじゃなく、セリエのように属性ごとにぱっと自分が思い付いた言葉をそのまま使う『直感型』タイプだな。……なら、この後すぐにでも魔法を発動させるだろう)


 そう予測した通り、次の瞬間タキオンが右手を掲げて魔法を放った。


「……『雷帝』!」


 タキオンが叫ぶと同時、間髪入れずに上空から思わず耳を塞ぎたくなるような爆音と共に、一筋に収束した雷が自分の用意した魔力の壁に勢い良く突き刺さった。次の瞬間、炸裂音と共に自分の作った魔力の壁が崩れ落ちていく。


(こいつは……想像以上だ。……正直、他の属性はともかく、今後の修行次第では『雷』に関しては俺以上の使い手になるかもしれないな)


 そう自分が思っている間にもタキオンの魔法を直撃した魔力の壁の残骸が効力を失い、宙へとかき消えていく。地面を確認してみると、壁が立っていた場所に大きな穴が出来ている。タキオンの放った雷の魔法が壁を貫き、なおも地面を抉り取ったのであろう。


(……こりゃ、あいつにしっかり壁を狙わせて正解だったな。下手にそのまま地面を狙わせてこの魔法を打たせたらこんなもんじゃ済まなかったはずだ。後処理が悲惨な事になっただろうな)


 ……彼女の才能の片鱗を目の当たりにし、改めて彼女……タキオン=スピネルという存在が今の今まで外の世界の汚い連中に知られていなかった事に感謝する。同時に自分の中で今まで曖昧だった気持ちが固まっていくのを感じる。


 半ば強引に勇者パーティーを抜け、成り行きながらもこうして臨時講師という立場になり、彼女たちと触れ合う事によって自分の中で新たな感情が芽生えている自覚はあった。だが、それが自分の本心なのか、ただの独りよがりなのかがいまいち自信を持てないでいた。だが今のタキオンの魔法を見て改めて自分の思いを再認識した。


(……タキオンだけでなく、俺はルジアたち特進クラスの生徒を醜い私利私欲や権力争いの場に単なる戦力の駒として使われる事は絶対にさせたくない。ただ単純に量産型の魔法のエキスパートに育て上げるんじゃなく、俺はあいつらの進みたい道に向かうための手助けがしたい)


 タキオンの放った雷撃の煙が立ち込める中、臨時講師の自分に出来る事など限られてはいるとは分かっているのだが、その中で可能な限り彼女たちを自分の望む道に進ませてやりたいと改めて胸中で思った。


「……よし、こんなもんかな」


 タキオンの放った魔法が炸裂した箇所の地面を軽く地ならしする。流石に整地までする必要はないが、これくらい土をならしておけばこの後に他の生徒やクラスが使用しても特におかしく思う事はないだろう。つくづくさっきのタキオンに魔力の壁を狙わせて良かったと思った。


「待たせたなタキオン。それじゃあ特進クラスに向かおうか」


 そう言ってタキオンの方に振り返ったその瞬間、突然タキオンがその場に倒れ込んだ。

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