第27話 タキオン、特進クラスへ

「……タキオンっ!どうしたっ!」


 慌ててタキオンのもとへ駆け寄る。……迂闊だった。やはり無茶をさせるべきではなかったのだ。倒れたタキオンを抱え上げ、頬を軽く叩きながら声をかける。


「タキオン!大丈夫か!タキオン!」


 必死に呼びかけていると、タキオンが目を開けてゆっくりと口を開く。


「お……た……」


 意識がある事に安堵し、そのまま必死に声をかけ続ける。


「……やっぱりお前、無理していたのか?待ってろ!すぐに救護室に連れて行ってやるからな」


 そう言ってタキオンを抱き抱えると、タキオンが弱々しく首を振りながら自分の服を掴む。


「ち……違います……そ、その……」


 何か言いたげなタキオンの言葉を待つ。やがてタキオンが再び口を開く。


「お……お腹が……空きました……」


 その言葉に、思わず抱き抱えたタキオンをその場に取り落としそうになったがすんでのところで踏みとどまった。


「……は?」


 予想外の言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。自分に体を預けながらタキオンが弱々しく言葉を発する。


「わ……私……本気で魔法を連発すると、すぐお腹が空いちゃう体質で……いつもは抑えるようにしているけど、先生に良いところを見せたくて、つい全力を出しちゃった……」


 タキオンの言葉を脳内で理解するまでに若干の時間を要した。一呼吸置き、タキオンに問いかける。


「ちょっと待て。……確認するぞ。つまり、今お前が倒れたのは具合が悪いんじゃなく、空腹が限界を迎えたって事か?」


 そう自分が言うと、タキオンが憎らしいほどの笑顔で頷いた。


「……なんじゃそりゃーー!!」


 周りに人がいなくて良かったと思うほどの声が自分の喉から発せられた。


「先生、ごめんね……私……もう……」


 死ぬみたいに言うんじゃない。……なるほど。病弱以前にこいつにはもう一つ悩みどころがあったという事か。


 タキオンの場合、魔法を唱える際の燃費が致命的に悪いのだ。魔法を使えば誰もが大なり小なり誰でもエネルギーを消費する。こいつの場合はその振り幅が極端に大きいのだ。


(小回りが効かない代わり、とんでもない火力を出せるって訳か。……こいつはとんだ問題児だ。良い意味でも悪い意味でもな)


 そう思っていると、タキオンの腹から先程よりも盛大な腹の音が鳴り響く。


「先生……何か……食べ物……」


 ……さて困った。昼はとっくに過ぎているため食堂は夕方までは開いていない。軽食を扱っている購買まではここから遠いし、間の悪い事に今は待ち合わせが無い。だが、先程の魔法の余程の反動か空腹のためか、タキオンの顔色はどんどん青白くなるうえに腹の音は鳴り続けている。


「……仕方ないか。タキオン、しっかり捕まっていろよ」


 タキオンが自分にしがみつくのを確認し、詠唱を唱える。


「……『駆けよ我が身!駿馬の蹄鉄』!」


『瞬間加速』の魔法を唱え、タキオンを抱き抱えたまま高速で走り続ける。幸い授業の時間のため、外を歩く生徒はほとんどいないがそれでも細心の注意をはらって移動する。程なくして無事に自分の宿舎へと辿り着いた。


「……ほら、そこのソファーで横になって待ってろ。あり合わせだが今から何か食わせてやるからさ」


 そう言ってタキオンをソファーに寝かせ支度にかかる。手の込んだものを作る時間も余裕もないため、ひとまず昨日作ったスープのストックを温めてタキオンに出す。


「ほら、これ飲んで待ってろ。その間に何か腹に溜まる物を用意するからな」


 言うが早いかタキオンが起き上がり、即座に鍋のスープを勢いよく飲み始める。


「これは……形を揃えて細かく刻まれた野菜の旨味がスープに溶け出して……それがベーコンの塩気と程よく混じり合う……トマトベースの酸味がそれと調和して……これは至福……」


 ……どうしてこいつは食事の時だけ雄弁になるのだろうか。ひとまずタキオンがスープを空にする勢いで飲んでいるため今のうちに何か腹に溜まるものを作らねばと思ったその時、炊いた米を握り飯にしたのがあったのを思い出す。


「せっかく朝炊いたのに買い置きのパンがもうすぐ駄目になりそうだったから、そっちで済ませてひとまず握り飯にしていたんだよな。……そうだ」


 フライパンに油を引き、醤油をベースにしたタレを作って握り飯を焼きながらタレと味噌を塗っていく。いわゆる焼き握り飯だ。


(スープを既に飲んでいるから……二つくらいあれば良いか)


 そう思っていると、鍋を抱えたタキオンがこちらに近付いてくる。


「……先生。それ、全部焼いて。醤油の焦げる匂いを嗅いだらまたお腹が空いてきた」


 そう言われてスープが並々と入っていたはずの鍋を見ると、驚いた事に綺麗に空になっている。……マジかよ。一日半は余裕でもつ量だったはずだが。


「本気か?いや、見てみろよ。大きめに握った上に六個もあるんだぞ?スープも飲み干したならせいぜい三つが限界じゃないか?」


 そう自分が言うものの、タキオンがぐっ、と親指を立てて言う。口の周りに野菜くずが付いているため全く様になっていないのだが。


「問題ない。それに、先生の作ったご飯ならいくらでも食べられる」


 それにしても多すぎるだろうと思ったが、下手に待たせてまたタキオンがダウンしても困るので言われるがまま作る事にした。


「もぐもぐ……うん……味噌と醤油タレに混ぜた出汁の味が良い味を出してる……表面の焦げが風味と食感を感じさせて旨味をより強く……もぐもぐ……」


 食べるか喋るかはっきりして欲しいが、あっという間に一つ目を平らげ、二つ目にかじりついているタキオン。この勢いなら本当に全部完食しそうな勢いである。


「……お前、本当に凄いな、色んな意味で。取らないからゆっくり食え……って、まずい!もうこんな時間じゃないか!」


 何気なく時計を見て思わず飛び上がる。二時間ほど自習と伝えていたが、この時点で既に三時間以上が経過している。慌ててタキオンの手を取り立ち上がらせる。


「やばいぞタキオン!もうこんな時間だ!急いで教室に行くぞ!」


 そう言って教室へ急いで向かおうとすると、タキオンが慌てて言う。


「え!?……でもまだ握り飯が残っているから……」


 残りの数を気にするほど食ったのか、と突っ込みたいところだが今はそんな余裕もない。手近にあったバスケットをタキオンに渡して叫ぶ。


「いいから!食いたいのならそれに入れて持っていけ!とりあえず急ぐぞ!」


 そう言って手を取ってタキオンと教室に向かって急いで駆け出す。


「ちょっと!あんた今まで何してたのよ!二時間どころかもうすぐ午後の授業終わりじゃないのよ!……って、どうしたのよあんた。……凄い汗だくじゃないの」


 教室に入るなり、開口一番こちらに怒鳴るルジアに返事を返そうとするも、全力でここまで向かってきたので呼吸が整わない。どうにか落ち着いて何度も呼吸をしてからようやく言葉を返す。


「……悪い。ちょっとした事情があってな。……ほら、早く中に入ってこい」


 そう自分が言うと、握り飯をもぐもぐと頬張りながらタキオンが教室に入ってくる。……こいつ、まだ食欲が収まらないのか。そう思い不安になったものの、久しぶりにタキオンを見た面々が一斉に彼女に声をかける。


「タキオン!タキオンじゃないの!あんた、何でここに!?いったいどうしたの?」


「タキオンさんっ!お久しぶりです!お身体はもう大丈夫なのですか!?」


「タキっち!久しぶり!心配してたんだよ!もう病気は落ち着いたの?」


 タキオンの姿を見てクラスの皆が一斉にタキオンへ駆け寄る。手にした握り飯の最後の一口をごくり、と飲み込んでからタキオンが皆に向かって微笑む。


「えへへ……皆、久しぶり」


 そこから、ようやく落ち着いたところで自分の口から事情を簡単に説明する。


 タキオンからずっと特進クラスに戻りたいとの申し出があった事。許可を貰うべく自分のところに向かう途中に偶然出会った事。自分の事情を既に大まかに伝え済みな事。タキオンと昼からの出来事を大まかに一通り話し終えた。


「……なるほどね。そんな事になってたのね。そりゃ、戻ってくるのがこんな時間になるのも納得ね」


 話を聞いてひとまずルジアの機嫌も直ったようで安心する。他の皆もタキオンとの久々の再会を歓迎しているようで何よりである。


「ま、そんな訳で皆もよろしくな。近日中には正式な手続きを済ませて特進クラスに編入って形になると思うからな」


 そう言って授業の終業時間が近付いてきたその時だった。ジーナがタキオンの前に置かれたバスケットを指差してぽつりと言う。


「ってか、タキオンさんが大事そうに持っているその籠、何が入ってるんスか?……さっきからやけに良い匂いがするんスけど」


 ジーナの一言に皆もそれに気付いて口々に言う。


「本当ですね。何か……醤油のような匂いがします」


「確かに、焦げたような香ばしい香りがしますね」


 皆が口々に言う中、タキオンがバスケットから握り飯を取り出す。いつの間にか握り飯は最後の一個になっていた。いつ食ったのかを自分が疑問に思う中、タキオンが至って普通に言う。


「あ、多分これだよ。先生が部屋で作ってくれた焼き握り飯。すごく美味しいんだ、これ」


 そうタキオンが言った瞬間、タキオン以外の生徒の視線が一瞬で自分に向けられる。


「……ちょっとあんた。何でタキオンをわざわざ部屋まで連れ込んだのよ」


「……先輩の事情は伝えたんですよね?それを証明したなら、後はそのまま教室に向かうだけで良かったのではありませんか?」


 それには訳が、と魔法を放った後のタキオンの様子と事情を説明しようとしたその瞬間、タキオンから追撃の言葉が放たれる。


「そうそう、この握り飯も美味しいけど、先生が作るお弁当もとっても美味しいんだよ。卵焼きに唐揚げもすっごく美味しくて。私、一瞬で食べちゃったんだ」


 ……最悪だ。火に油どころか火薬のたっぷり詰まった爆薬を放り投げたぞこいつ。しかも、見事にそこに至る前後の事情を取り除いた言い方で言ったものだから教室内がますますざわめき出す。


「ちょっと!私だってまだ二回しかあんたのご飯食べてないのに!しかも私以外の女を部屋に連れ込んだってどういう事よ!」


「ル、ルジアさんは二回も先輩のご飯を食べていたのですね!?ふ、不公平です先輩!私にも是非!それと先輩のお部屋への来訪許可を!」


「えー!リカっちお弁当派だったんだ!だからリカっち食堂にほとんどいなかったんだね!リカっち!あたしにもお弁当作って!」


 こちらがルジアたちに詰め寄られている中、一方でタキオンもジーナたちに詰め寄られている。


「タキオンさん、先生の作ったっていうその握り飯、美味しそうっスね。ちょっと一口分けて欲しいっス!」


「……確かに、この匂いは食欲をそそりますね。ダイエットしている身でこれは残酷です……」


「先生には料理スキルもあるのですか。そんな先生が作った握り飯……興味がありますね」


 タキオンの手にする握り飯を見つめる三人。そこでようやく気配を察したのかバスケットを抱き抱えるタキオン。


「……駄目。これは最後の一個。……それに、先生が私に作ってくれたもの」


 そうタキオンが言うが、ジーナたちに詰め寄られる。


「良いじゃないですか!タキオンさんだけ独り占めはズルいっスよー!」


「……ダイエットは……明日から……」


「味と見た目の両立を確かめたいという好奇心です。タキオンさん、ご容赦を」


 ……騒動が二つに分かれて教室内は大騒ぎだ。もはや収拾が付かない。また怒鳴るしかないかと思ったその時、騒ぎを聞きつけたメディ先生が教室のドアを開いて入ってきた。


「ど、そうしましたリッカ先生!皆さんも何がありましたか!?」


 メディ先生の登場により、皆がようやく我に返る。この気を逃すまいと即座にこの場を取り繕う言い訳を始める。


「お騒がせしましたメディ先生!……いや、タキオンが特進クラスに戻れるかもと言う事を伝えた事でついつい皆で盛り上がってしまいまして……」


 そう自分が言うと、皆も察したのか早々に口裏を合わせ始める。


「そ、そうなのよメディ!タキオンが特進に戻れるかもしれないって聞いて、ついクラスの皆で盛り上がっちゃったのよ!」


「そ、そうですメディ先生!せんぱ……先生からたった今それをお聞きして、つい皆で盛り上がってしまいました!申し訳ありません!」


 ルジアとマキラの勢いに気圧されたのか、メディ先生が慌てて言う。


「そ……そうだったのですね?そ、それなら結構ですが……。ですが、教室の外まで聞こえるような大騒ぎは控えて下さいね……」


 そう言ってメディ先生は早々に教室を後にしたが、それで毒気を抜かれたのか、ようやく騒動は徐々に鎮静化していった。


 結果として、後日全員に平等に自分がタキオンの食べた焼き握り飯を全員に振る舞うという事で騒動は落ち着いた。評判は上々だったがそれを食した後、弁当作成のリクエストがマキラやナギサを中心に起こったものの、それは全力で拒否の姿勢を崩さぬ形でどうにか乗り切った。


 そして、そこから数日後、晴れてタキオンは正式に特進クラスへ戻ってくる事となった。

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