第25話 リッカとタキオン、互いの才を確認する

「……演習場、久しぶり。支援学級クラスになってからはここに来る事はほとんどなかったから」


 演習場に入るなり、タキオンが周りを見渡しながらつぶやく。確かにハンディキャップを抱える面々がいる支援学級クラスではここまで足を運ぶ機会は少ないだろう。


「そうか。少し歩いたし休んでからでいいぞ。まずは呼吸を整えておけよ」


 そう言って自分も周りをぐるりと見渡す。幸い、昼過ぎの中途半端な時間だったため、周りに人はいなかった。


 この屋外演習場には生徒や講師が魔法を実際に放って修練するため、衝撃を緩和する結界に加えて、学園の周囲に音が漏れないように防音の護符がびっしり貼られている。そのおかげでタキオンも自分もここなら自由に魔法を放つ事が出来る。


(誰もいなくて良かったな。授業で使われている時間帯ではないのは分かっていたが、たまに許可を取って個人練習をしている生徒がいるからな。もしそうだったら、今日はタキオンの確認だけで済ませるつもりだったが運が良かったな)


 周囲を確認し、自分たち以外に人がいない事を再度確かめてからタキオンに声をかける。


「よし、じゃあ始めるか。どっちからやる?俺はどっちでも良いぜ」


 そうタキオンに声をかけると、タキオンが小さく手を上げる。


「私からやる。まず私の魔法を先生に見て貰いたい。……私、『炎』がちょっと苦手だから。先に苦手な属性から見て欲しい」


 タキオンの言葉に、前に見たタキオンの属性評価の資料を思い出す。確かに、他の項目が全てSかSSの中で埋まる中、唯一Aを付けられていたのが『炎』だった。本来ならAでも充分どころか立派な高評価ではあるのだが。


(評価のために魔法を見せるなら普通、印象を良くするためにまずは真っ先に得意な属性から見せたがるものなんだけどな。これもこいつの性分ってところか)


 自分としては特に異論は無いため、タキオンの提案を快諾する。


「分かった。じゃ、向こうの方向に向かって魔法を放ってくれ。何度も言って悪いがくれぐれも無理はするなよ」


 タキオンがこくりと頷き、手をかざして詠唱を唱える。タキオンの手に魔力が急速に集まっていくのが伝わる。


(……流石だな。今のだけで分かった。構築までのイメージが他の連中より相当早い。おそらく、各属性のほぼ全ての魔法陣のイメージが頭に入っているようだな)


 そう思っている間にも構築を終えたタキオンが魔法の発動に入る。


「……『炎爪』」


 次の瞬間、タキオンの手のひらから三本に分かれた鉤爪状の形をした炎が放たれる。少し離れた地面に炎が勢い良く突き刺さると同時、爆音と共に地面を抉り取る。


「……これで苦手、か。Aと言っても限りなくS寄りのA評価ってところだな」


 目の前の光景に衝撃を受けつつ、タキオンの魔法が炸裂した地面の辺りを眺める。タキオンの放つ言葉の通り、地面に爪で抉ったような焦げ跡が付いている。その威力は容易に想像がつく。


 正直な話、『炎』の属性を得意とするルジアを除けば特進クラスの中でこれだけの威力を放てるのはセリエかオルカくらいだろう。苦手と自覚した上でこの威力なら、得意な属性ならばどれほどの威力になるのか。改めて彼女の才覚を実感する。

 

「……どうだった?先生。私の魔法」


 不安そうにタキオンがこちらを見て尋ねてくる。安心させるために思考を即座に中断して彼女の問いに答える。


「いや、期待以上だったよ。苦手という割にはかなりの威力だ。……正直驚いたよ」


 素直にそう本音を伝えると、ぱっと表情が明るくなるタキオン。その見た目からはとても先程の魔法を放った少女とは思えない。自分の言葉で安心したのかまた笑みを浮かべながら彼女が口を開く。


「良かった。……正直、最初は得意な魔法から見せようとも思ったんだけど、先生にはまず苦手な方から見て貰おうと思ったんだ」


 そうだろうとは思ったがやっぱりか。本当に素直な子だと思うと同時に、また無意識のうちに頭を撫でようとした手を慌てて抑えタキオンに向かって言う。


「……よし、じゃあ次は俺の番だな。せっかくだからお前と同じ『炎』の属性の魔法にしようか。じゃ、少し離れたところで見ていてくれよ」


 タキオンが頷き自分から離れたのを確認し、詠唱を唱え始める。詠唱を始めた段階で自分の内包する魔力に気付いたらしく、タキオンの表情が変わったのが遠目でも分かったが、構わず発動の準備に入る。構築を完了し、即座に魔法を放つ。


「『唸れ炎よ!業炎の咆哮』!」


 手のひらから轟音と共に炎が湧き起こる。下手に地面に命中させてしまうと周囲が酷いことになると思い、あえて空中に魔法を放つ。目標物を失った炎はしばし空中を舞い続け、やがてかき消えていく。炎が完全に消えたことを確認してからタキオンに声をかける。


「どうだった?これで俺が魔法を使えるって証明は出来たと思うんだが」


 そう言ってタキオンの方を向くと、ぼかんと口を開けたままのタキオン。本当に反応が小動物だな、と思っているとようやく我に返ったのか、慌ててタキオンが口を開く。


「……凄い。本当に凄いよ、先生。今の魔法……私のさっきの魔法とは次元が違う。ルジアよりも凄い炎の魔法、私……初めて見た」


 タキオンから上々の反応が見られて安心する。未だ興奮気味のタキオンを宥めるために声をかける。


「次元が違う、っていうのは流石に言い過ぎだな。あと、特進に来てもルジアの前で間違っても今みたいな事は絶対に言うなよ。……あいつ、前にこれ見せた時はその後三日は拗ねて宥めるのが大変だったんだからな」


 そうタキオンに言うと、その光景が容易に想像出来てしまったのかけらけらと笑いだした。


「あはは!確かに、ルジアならそうなると思う」


 そう言ってひとしきり大笑いしていたタキオンだったが、急にその笑いを止め、真面目な表情になってこちらを見つめる。


「……先生。私、やっぱり特進クラスに行きたい。先生の元で、もっともっと勉強したい」


 急に雰囲気の変わったタキオンに若干戸惑いつつも、こちらもはっきりと言葉を返す。


「あぁ。勿論だ。さっきのあれを見せられたら、俺もお前に色々と教えたいと思ったよ。クラスの皆もお前が戻る事を歓迎するさ。じゃ、ひとまずお互いに魔法も見せた事だし一回皆に久しぶりの顔見せも兼ねて教室に向かうとするか。正式な手続きはひとまず後にしてさ」


 そうタキオンに言い、教室に向かおうとするがタキオンは何故かその場から動こうとしない。自分が声をかけようとするより早く、タキオンが口を開いた。


「待って先生。……もう一回。あともう一回だけ、私の魔法を見て」


 そう言ってこちらを見つめるタキオン。


「いや……無茶するなよ。病み上がりなんだし、さっきの一発でお前の実力は充分認めるからさ」


 そう自分が言うが、タキオンは首を小さく左右に振りながら続ける。


「……ううん、まだ。まだだよ先生。私、先生に私の本気を見せてない。私の今の本気……先生に見ておいて欲しい。私の得意属性の『雷』の魔法を」


 そう言ってタキオンがまた自分を真っ直ぐ見つめてきた。

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