第7話 就任後、初事件勃発

 自分が晴れて正式に学園の臨時講師となって、半月程が経過した。


(平和だ。実に平和だ……)


 そう心の中でつぶやいてしまう程、学園での生活は安定していた。魔族の襲撃に備えて最初の数日は警戒していたものの、この間に襲撃はなかった。


「襲撃の件ですが新しい魔術具が届いたり、研究のために普段は封印している調度品や呪術品を開封した時にそれに引き寄せられて魔族が来る事が多いとメディ先生が言っていました」


 マキラの話によると、野良魔族による襲撃はそこまで多くなく、調査や研究のために魔力が発動すると花に引き寄せられる蝶のごとく魔族が来る事が多いのだとか。


 魔王が倒された事で世界各地から次々とそういった品が各地で発見され、国の調査団だけでは手が足りず、この学園でも魔法よりも鑑定や解呪に明るい者が駆り出されたり、学園内でもその作業が行われているとの事だった。


「本当災難っスよ。お陰でボクはその都度呼び出されるんスから。ま、そのお陰で特進にいれるボクがそんな事言っちゃ本当はダメなんスけどね」


 そう言ってマキラとの会話に入り込んで来たのはジーナ=ジルコンと言う少女だった。彼女は魔法の技術自体は上級程度なのだが、魔術具や呪術、解呪等についての知識がずば抜けており、その審美眼は国の鑑定士レベルと称されているとのことだった。


 そのため、彼女に対しては必須とされている授業を除き、鑑定や研究でお呼びがかかった際は授業よりもそちらの作業を優先させるようにと資料には書いてあった。


「へ?新しい先生?ボク、基本的に鑑定の作業が最優先で呼び出されるから、それについて文句を言わない人なら良いっス。あと、お腹すいた時の間食だけ適度に許してくれたら全然オッケーっスよ」


 こんな感じで自分の事にはあまり興味がないようで、挙手の時も皆に合わせて手を上げるような感じだった。


(適度にとは言ったが、割と常に何か口にしている感じだよな……まぁ、話を聞く必要がある授業の時はちゃんと手を止めて聞いているから構わないか)


 休憩時間も干した芋らしきものを黙々と食べているジーナを思わず見つめていると、横を通ったルジアがぼそりと言った。


「……あの子、学食でもいつもご飯大盛りよ。それか二人前の定食を食べるのよ。それに加えて二回に一回はご飯のお代わりしているわ」


 ルジアの言葉に耳を疑った。どう見ても普通体型なあの体のどこにそんな量が入るというのか。たまには止めた方が良いのかと思いつつも、何を食べても美味しそうに食べるその姿を見ていると何も言えなかった。


(しかし、特進クラスといっても普段は本当普通の女の子たちなんだな。まだ全然会話が少なかったり授業以外で関わる事がない面子もいるが、間違ってもセクハラやモラハラのないように気をつけなきゃな)


 そう思いつつも、休憩時間にマキラが昔の話をするとそれを冷やかすナギサや、魔法の応用理論を議論する際に異議を唱えたルジアを正攻法でけちょんけちょんに論破したり、詠唱の際の疑問を見つけたセリエとオルカのコンビに二時間に渡る解説を要求されたりと色々あったが特に問題もなく時間が過ぎていった。


 そんな風に平和に時が流れていたある日の午後、出席を取ろうとした時にルジアの席が空白になっていた事に気付く。


「……ん?ルジアがいねぇな。ナギサ、ルジアはどうした?」


 そうナギサに尋ねると、ナギサが頬杖をつきながら言う。


「え?ルジっち?お昼に学食にはいたけど。あ、でも何かその時他のクラスの子に声をかけられていたのは見たかな?」


 普段の授業の大半は各々の得意分野が異なるため各々が好きなように自主学習し、分からない事や気になる事があれば各自自分に質問してくるという形がメインのため、普段なら多少の遅刻は問題ない。


 だが今日は午後の授業の前に学園からの生徒に対する重要な伝達事項があったため、それを最初に伝える必要があった。さてどうしたものかと思っていると、教室のドアが開きルジアが入ってきた。


「お、遅かったなルジア。学園からの伝達事項があるから早く席に……」


「分かってるわよっ!」


 いきなり叫ぶルジアに、教室の空気が止まる。


「……どうした?別にそこまで責めたつもりはないんだが……」


 そう自分が言うと、我に返ったのかルジアが無言で椅子に座ってから口を開く。


「……遅刻して悪かったわ。伝達事項だっけ?早くそれを教えてちょうだい」


 その様子に思わずルジアに声をかける。


「いや、別に遅刻はそこまで気にしてないが……どうしたお前?何か様子がおかしいぞ?何か……」


 自分がそこまで言いかけたところで、突然ルジアが立ち上がり先程よりも大きな声でルジアが絶叫に近い感じで叫んだ。


「……いいからっ!あたしの事は気にしないで!早く内容を伝えなさいよっ!」


 ルジアの怒号に教室が再び沈黙に包まれる。しばしそのまま無音の状況が続いたが、ナギサが恐る恐るルジアに声をかける。


「どしたんルジっち?……何があったか知らないけど、何か変だよ。お昼に何かあったん?」


 ナギサの声に、落ち着きを取り戻したのか椅子に座りながらルジアが言う。


「……何でもないわ。早く伝達事項を教えて頂戴」


 教室内に気まずい沈黙が流れるものの、ルジアがそこから口を開く事はなかったので、伝達事項を伝える事にする。


「……あぁ。じゃあ伝えるぞ。えぇと、来週からの清掃作業と全校集会の日程についてだが……」


 皆、ルジアの様子が気になるものの誰も口にはしないままどこかおかしい空気の中で淡々と業務連絡を伝えた。


(……何かあったのか?ま、ルジアのこの様子だと今自分が下手に口を挟んでも火に油を注ぐようなものだからな。今は何も聞かないでおこう)


 連絡事項を伝え終え、その後授業を始めるものの、先程の空気が抜けずにどこか気まずいまま各自黙々と自主学習をしていた。


「……ん、時間だな。じゃあ今日はここまで。お疲れさん」


 終業を知らせるチャイムが鳴り響くと同時、ルジアが即座に立ち上がり教室を後にする。


「先輩。ルジアさん、何かあったんでしょうか……」


 心配そうな顔でマキラが声をかけてくる。


「何だろうな。ただ単純に虫のいどころが悪かったって感じでも無さそうだったしな」


 二人でそんな会話をしていると、ナギサが会話に加わってきた。


「二人とも気になるよね。なんかさ、ルジっちお昼前までは普通だったんだよね。やっぱりあの後食堂で何かあったのかなぁ?」


 ナギサも不思議そうな顔で言う。


「ナギサ、ルジアはどんな奴と話していたんだ?」


 ナギサに尋ねると、少し考え込むような感じで答える。


「……うーん。ごめん分かんないや。上級クラスより下になるとほとんど関わりないから。それに中級以下になるとこの学園、生徒の数多いからさ」


 ナギサの言葉に納得する。上級や特進クラスには才能や実力が認められなければ進級出来ない。そのため中級に留まっている者、素質有りと称され入学しても初級止まりの生徒が多く存在するのだ。ナギサが更に言葉を続ける。


「だから中級以下の生徒ってのは間違いないと思うけどね。でもルジっちにそんなクラスに友達や知り合いなんていなかったと思うんだけどなぁ。最近入学したとか、そんな感じなのかなぁ」


 ナギサたちでも分からなければ、当然自分も分からない。ともあれ、ここで話し合っても原因は分からないためお開きとなった。


(やれやれ。何やら面倒な事になりそうだな。あまり長引かなきゃ良いんだけどな)


 そう思いながらもその日は帰宅した。



「はい、リッカさん。今月のお給料です。ご苦労様でした。来月もよろしくお願いいたしますね」


 学園長にそう言われながら、給料袋を受け取る。それを懐に入れてほくほく顔で教室へと向かう。


(さーて、念願の初給料だ。今日は授業が終わったら街へと繰り出して酒場巡りと行きますかね)


 今日は授業が午後からのため、給料を受け取り重役出勤の感覚で教室へと向かう。限定製造の酒が近々入ると言っていた店へ向かうか、前回初見で入ったら出てくる料理がどれも美味かった店へ向かおうかなどを色々妄想しながら教室へと足を運んだ。すると教室から外から聞こえるぐらいの話し声が聞こえる。


(……ん?何か教室が騒がしいな。何かあったか?)


 そう思い教室のドアを開け、皆に声をかける。


「おい、どうしたお前ら?外まで話し声が聞こえてきたんだが……」


 教室に入ったその瞬間、ナギサがこちらを見た瞬間に駆け寄ってくる。


「大変だよリカっち!ルジっちが中級クラスの子をぶん殴ってから行方不明なの!」


「……は?」


 ナギサの言葉に、思わず声が漏れた。

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