第8話 ルジア失踪、皆で捜索する

「……どう言う事だ?あいつが、いきなり他の生徒をぶん殴ったっていうのか?」


 にわかには信じられない。確かにルジアは気性が大人しい方では無いとは思うが、理由もなしにいきなり人を殴る様な奴では決してない。仮に殴るにしてもそれ相応の理由があるはずだ。そう思っているとナギサが言葉を続ける。


「あたしも殴る現場を見た訳じゃないから……食堂でいきなり叫び声が聞こえたと思ったら、女の子が地面に倒れてて、拳を構えたルジっちがそのまま人混みをかき分けてどっかに走っていったって……近くにいた人に聞いたら、殴られた子に何か言われた途端、ルジっちが話しかけた子を殴ったって……」


 ひとまず、その生徒に話を聞く必要があると思い、教室の皆に声をかける。


「……皆、悪いが今日は完全自習にする。教室で待機しても寮に戻っても良いし、各自好きに過ごしてくれ。ただ、出来ればルジアの行きそうな場所に心当たりがある奴は探してくれ。まず本人から話を聞かなきゃどうにもならないからな」


 そう言うと皆が一斉に立ち上がり、口々に言う。


「うん!あたしはルジっちが普段行きそうな場所を探してくるよ!マキラっちも付き合って!」


「はい!では私はナギサさんと手分けしてその辺りを探してきます!」


 ナギサとマキラが勢い良く教室を飛び出して行く。


「……私は、ルジアさんと普段あまり交流がありませんので、寮に戻っていないかを確認してきます。寮に戻られているようでしたらすぐにご報告します」


「んー。じゃボクは探索に役立ちそうな魔術具が借りられないか担当の先生に掛け合ってみるっス。占星術とかに明るい人がいたら良かったんスけどね」


 セリエやジーナ、他の生徒も口々に言い教室を出ていく。普段そこまで交友関係の無さそうな面々も各々ルジアを探しに動いている光景を見て少し安心する。特進クラス同士での繋がりの様なものがあるのだろう。


「……さて、俺は俺の仕事をしますかね」


 誰もいなくなった教室で一人つぶやき、例の生徒の元へと向かった。



「だから!いきなりアイツが殴ってきたのよ!それも顔をグーで!すごい痛かったんだから!本当信じられない!あなたがアイツの担任なんでしょ?ちゃんとアイツに厳しい罰則、ちゃんと与えなさいよね!甘い処分なんか下したら許さないんだから!」


 そう言って自分へまくし立てるようにぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる中級クラスの生徒。聞けば魔法の才有りという事で、中級クラスに飛び級で編入してまだ日が浅い生徒との事だった。


「……それに関しては、臨時ですが担任の私からも誠心誠意お詫びいたします。後程本人からも事情を聞き、殴った件については後日謝罪をさせたいと思います。なので、まずは詳しい話をお聞かせください」


 殴られた事が余程腹立たしいとみえて、興奮気味に騒ぎ立てている。だが、殴られた時にルジアの一撃で何本か歯を折られたと見えて歯抜けの状態で喋るものだから内心で笑いを堪えるのに必死だった。どんだけ全力で殴ったんだよあいつ。


「どうもこうもないわよ!せっかく同郷のよしみでこっちから声をかけてやったのに、あいつときたらろくに挨拶もしないし!挙げ句の果てには昔の様にちょっと軽口聞いたらいきなり殴ってくるなんて!特進クラスだか何だか知らないけど生意気なのよ!」


 どうやら彼女とルジアは同じ街の出身のようだ。興奮しきりの彼女を宥めながら話を聞く。


「……あなたとルジアは同郷と言いましたよね?では、互いに昔からの知り合いなのですか?」


 そう自分が尋ねると、少し落ち着いたのか鼻で笑うような感じで彼女がまた話し始める。だから歯抜けの顔でその表情は止めてください。笑うって。


「そうよ?歳の近いご近所さんってところね。だからあの子の事は昔からよーく知っているわ」


 彼女のその言い方に、とても嫌な含みを感じたため、思わず質問する。


「……昔から?という事はルジアとは付き合いが長いんですよね。ルジアが街を出て学園に入るまでくらいは」


「そうよ。昔から生意気なのよあいつ。……『劣化品』のくせに」


 吐き捨てる様な感じで言う彼女を見て、ルジアにとっては決して彼女との関係は良くないものだと言う事は容易に分かった。


「……ともかく、詳しく話を聞かせてください」


 自分がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに得意げに彼女が話し始めた。



「あー……胸糞悪い。ありゃルジアに殴られて当然だわな」


 ひと通り彼女からの話を聞いて教室に戻ると、既に全員が教室に戻っていた。皆の表情からしてルジアが見つからなかったのは聞かずとも分かった。


「駄目。マキラっちと二人でルジっちが行きそうな所はひと通り探したけど全滅。エリっちとオルっちが見に行ってくれたけど寮にも戻ってないって」


 困った顔でナギサが言う。ジーナもため息をついてから話しかけてくる。


「こっちもダメっス。緊急性のあるような出来事ならともかく、生徒同士の揉め事くらいじゃ触媒も必要な貴重品を使わせる訳にはいかないってバッサリ断られちゃったっス」


 これだけ探してもいないという事は、ルジアは学園の外にいるという可能性が高いだろう。だが許可無しにこれだけの生徒を連れ出す事は不可能だし、流石にこの時間では今日はもうお手上げだろう。


「……分かった。皆、ご苦労だった。今日はもう皆寮に戻って休んでくれ。また明日朝から考えよう。もしかしたらルジアも明日になれば戻って来るかもしれないからな」


 不安そうな皆を宥め、どうにか皆を送り出してから自分も管理人室兼住居へと戻った。


「……何か、このまま素面で寝る気持ちになれねぇな。少しだけ飲むか」


 本来なら念願の給料日のため、ウキウキで酒場へと駆け出すところだが、今日の心境ではとてもそんな気になれず、街に出るのを止めて部屋で軽く飲もうと酒瓶を手に取る。


「……まったく、悪い事は重なるもんだな」


 まだあると思っていた酒瓶の中身はほぼ空っぽだった。諦めて寝ようとも思ったが寝るにはまだ早いし、一度湧き上がった酒欲は収まりそうにもない。


「はぁ……仕方ない。仕入れついでに軽く飲んでくるか。もしルジアが街に出ていたなら運が良ければ見つかるかもしれないからな」


 昨日までの楽しい気分とは真逆だが、やはり街へ出て酒場に向かう事にした。

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