第三章 平穏な日常 1.新長期計画 --6ヶ月経過--

 痩せた気がする。

 体重計なんて調達していなかった。なんか手足が一回りぐらい細くなった気がして心配になったので、慌てて高級な体組成計を調達して計ってみた。体脂肪率が増えているのに体重が減っている。筋肉がメッチャ減ってるぞ! 骨密度も下がっているような。測ったことがないから以前の値を知らないけど、今は標準値より下だ。

 たんぱく質とカルシウム不足だな。運動不足もあるかも。積ん読状態だった健康本をひっくり返して調査と検討を行った。


 その結果、管理棟1階は簡易的なトレーニングジムっぽくなっている。高級なダンベルとベンチシート、パワーベルトとグラブ、シューズなど、ちょっとしたグッズが並んでいる。

 バーベルはあきらめた。アレは介助者がいるか、スミスマシンという巨大なレール付きのラックがないと、落っことしたときに大けがをする恐れが濃厚だからだ。

 ランニングマシンも、ちゃんとした奴は重たいので運ぶのが面倒でやめた。公園の中に住んでいるんだから走り放題だしな。雨さえ降らなきゃ。

 ウェアは高機能で格好いいのをいろいろ着替えている。誰に見せるわけでもないのだが。


 肉が食いたい。

 運動すると腹が減る。たんぱく質を摂らないと筋肉が増えない。肉が食えないと思うと異常に食いたくなる。

 仕方がないのでビーフジャーキーとコンビーフとかを中心に、焼き鳥缶、サバ缶、イワシ缶、ツナ缶、カニ缶などを毎日食べている。おやつは煮干しだ。そしてプロテインとサプリを飲んでいる。

 効果はまだ見えない。焦らずにしっかり体を作っていくぞ。これから大仕事をしようというのに、体力が足りないと始まらないからな。




 俺は今3つのテーマを研究している。

 ちょっと失敗したぐらいで落ち込んでいても仕方がない。だいたい他人が植えた作物を収穫できなかったからって、悔しがる方がおかしいじゃないか。

 それに俺は負け組とは言え、元々ITエンジニアだ。トライアルアンドエラーで失敗を繰り返して成長するのだ。しばらく失敗が許されない運用業務をやってたから忘れてたよ。開発しよう。開発!


 農業失敗の原因は2つあった。害虫と天候だ。

 あれから公園内をよく見てみると、天敵がいなくなった虫達が我が物顔で闊歩したり飛び回ったりしていた。台風直後は歩いても支障なかったが、日に日に蜘蛛の巣が増えていった。場所によっては棒を振って蜘蛛の巣を払いながらじゃないと歩けない有様だった。

 今はもう冬だから、みんな卵やさなぎになったり、落ち葉の下とかで冬眠しているんだろうが相当数が増えていると思われる。来年はもっと増えるぞ。きっと植物にも影響が出るな。どんな影響が出るのか俺には想像もつかんが。

 多勢に無勢。奴らを倒すことは無理だ。そこで奴らから作物を隔離することを考えている。屋内農業だ。屋内で農業をすれば、悪天候にも影響されない。成功すれば毎年安定的に生産できるようになるんじゃないかな。


 どこか広い建物の中で、俺1人1年分と少々の備蓄分を生産しよう。作物は米、麦、蕎麦、大豆、芋、根菜、菜っ葉類を考えている。


 問題は水と光だ。

 水稲は水の確保が面倒なので陸稲にしようと思う。畑で稲を栽培する方法だ。外国ではよくやられている。日本でも一部お菓子用に陸稲がされていたらしい。

 田んぼに比べて水が少なくて済むとは言え、水やりは必要だ。雨水を確保することと、蒸発した水を回収することを考えている。除湿機を使うんだ。除湿してできた水を捨てずにまた作物にやろうと思う。逆に除湿しないと湿度が上がりすぎて栽培施設がカビだらけになることが予想される。換気も気をつけないと虫が入ってくるからな。

 光はLEDで良いだろう。赤と青のLEDで植物は育つ。白にする必要はない。だけど、赤と青のLEDって、そんなに大量には手に入らない。やはり、普通の電気店で調達できる白のLED照明を使うしかないかな。


 ということで、あとは発電だ。大規模な太陽光発電をしたい。太陽光パネルはその辺にいくらでもある。蓄電池は最近増えている電気自動車とかを使えば簡単だ。道路が使えないから運ぶのが大変だけど。


 生産量だが、昔の基準だと、大人1人1年1俵だから、60kgが目標だ。資料によると、122平方mの田んぼが必要だ。だいたい10m×12mだ。今まで何も考えていなかったが、この公園の水田はだいたい2人分ぐらいのサイズだったってことだ。備蓄を考えるとちょうど良かったんだがな。

 陸稲の場合は収穫量が減ることは知っているが、どのくらい減るのか詳しい資料がない。概ね半分としてやってみよう。ということは、2つ作れば良い。ここの田んぼと同じぐらいの広さの畑を目指せば良いってことだ。それを超えたサイズにできれば備蓄もできる。

 ま、失敗したってまだまだ近隣に眠っている備蓄がある。古くなってまずくなったって、腐らなければ死にはしない。恐れずにトライすることが重要だ。


 そういうわけで、屋内農業と電気工事の研究をしている。電気の方は比較的簡単だ。参考書はいくらでもある。工具も資材も探せばすぐに見つかる。しかし、手順を間違えると感電して死ぬかもしれない。太陽光発電だからな。スイッチを切ってもパネル自体は明るいところでは発電してしまう。作業手順とか、容量の計算とか、安全装備の辺りを重点的に勉強している。


 屋内農業は資料がない。ネットが使えれば何らかの情報が手に入るだろうが、本しかない。トライアルアンドエラーでやってみるしかないな。




 もう一つの研究テーマは気象衛星の画像信号受信だ。GPS同様、気象衛星も生きているだろう。今も写真を撮って地上に送信しているはずだ。それを受信して表示したい。雲の画像だけでも受信できれば、大雨と台風に備えることができる。アンテナと無線機とパソコンがあれば基本的にはできるはずだ。あとちょっと回路とソフトを自作する必要があるかもしれないが。

 というわけで、例によって無線雑誌のバックナンバーを漁って、受信と画像再生の方法がないか調べまくった。これだという記事は見つからなかったが、なんとなくできそうだ。なぜか日本の『ひまわり』ではなく、アメリカの『NOAA』なんだよな。

 ひまわりは静止衛星だから、アンテナを固定していつでも受信できるんだが、NOAAは極軌道衛星だ。南北極の辺りを通過するように、縦に地球を周回している。NOAA自身は縦に回っているだけなんだが、地球も自転するから、結局地球全部を撮影できるんだよね。ただし、1日2回ぐらいしか上空に来てくれないけど。

 でも、ひまわりよりNOAAの方が高度が低いから高解像度の映像が見られるらしい。地球半球の映像なんか必要ない。日本付近だけで良いんだ。明日の天気が予想できれば十分だ。


 そんなわけで、NOAAを受信するためにもうちょっと詳しい資料を探して、書店と図書館の他、大学を回っている。工学部の図書館とか教員の部屋を探している。英語の本が多くて困るよ。人類が滅んでも英語が必要だとは。


 そうそう、大学もそうだが、街の探索が大分楽になった。冬になって被災者さんたちの腐敗が落ち着いたんだ。最近は匂いが収まってきた。ある程度乾燥して見た目も激しさがなくなったというか、慣れたというか。虫も出てこなくなった。念のため防寒を兼ねて防護服代わりのカッパも着ているし、ゴーグルと工業用マスクは付けている。もちろんビニール手袋もまだ必須だ。ただ、履き物は長靴から完全防水のトレッキングシューズに換えた。歩きやすくなったよ。


 そんな折、ふと気になって母校に行ってみた。ちょっと離れた八王子の大学だ。こっちも道路がメチャクチャで、途中で諦めて帰ろうかと思ったが、なんとかたどり着くことができた。

 卒業して10年以上。すこし雰囲気は変わっていたな。

 部員ではなかったがちょくちょく出入りしていた懐かしいアマチュア無線部の部室に入ってみた。相変わらず機材と資料で溢れかえっている。昼飯早食いしたのかな? 後輩被災者も1人無線機の前でミイラ化していた。


 そんな乱雑な部屋の一角に、大きな手作りポスターが貼ってあった。よく見ると『NOAA』と書いてある。


「なんですと!」


 どうやら前年の学祭で展示したポスターで、気象衛星の画像信号受信方法が簡単に説明してあった。そして、自分たちで作ったと思われる受信装置の概要が説明されていた。さらに、そのポスターの下には実際の無線機とアンテナ、ノートパソコンが置いてあるじゃないか。


「お前ら! やってくれたな!! ありがとう!!!」


 動くかどうか解らんが、0から始めるよりも楽だろう。顔も名前も知らない後輩たちに感謝して、その機材一式をもらい受けた。


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参考

静止気象衛星と極軌道気象衛星

https://www.data.jma.go.jp/mscweb/ja/general/geopolar.html


通信衛星による配信(HimawariCast):受信要件(ひまわりの画像の受信方法)

https://www.data.jma.go.jp/mscweb/ja/info/himawaricast_recive.html


 彼の場合、ネットが使えないのでこの情報は入手できていない。手に入る書籍ではNOAAの受信方法しか解らなかった。

 筆者は資金と時間がないために実際に受信したことがない。以下は資料を見た感想だ。

 ひまわりの日本周辺の写真を入手するために必要なアンテナは大きすぎる。ソフトウェア環境もNOAAの方が整えやすい。

 ITの知識のある方ならば上記のWebを見ていただければ解るが、ひまわりの受信ソフトは古い、やっつけ仕事観が強い。日本では一度提供したら「はい、やりました」で終わってしまうことがよくある。予算の少なさと仕事の効率の悪さが原因だろう。ひまわりの世代交代の際にはアマチュアが手軽に楽しめるソフト環境を用意して、時々でもメンテナンスしてもらいたいものだ。

 そのようなわけで、ひまわりはプロ向けであって、アマチュアが余暇で楽しむものではないと判断してNOAAを利用する流れで物語を作っている。


 なお、繰り返しになるが本作はフィクションである。実在のひまわりやNOAAとは一切関係がないということで、本文中に間違いがあってもご容赦頂きたい。

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