第二章 生活基盤を作る 10.収穫 --3ヶ月経過--
秋の気配が濃厚だ。稲の穂も垂れ下がってきた。そろそろ水を抜いて借り入れか。
畑の方でも大豆が実っている。枝豆にしてちょっと食べたが、酒飲みじゃないからそれ以上欲しいとは思わなかった。大豆にして保存方法とか、加工の仕方を研究しようと思って完熟するまでそのままにしておいた。
公園内を見回すと、木々にたくさんの実がなっているが、ほとんどどんぐりだ。縄文人の主要な食糧だが、これを食べるようになったらおしまいだな。柑橘系の木がないな。ミカン類を食べたかった。貴重なビタミン源だからな。
大量にあったのがひまわりだ。ひまわりの種は油を取ったり、おやつになったりするらしいので収穫して母屋の庭で干した。花の部分をカットしてかごに入れ、軽トラの荷台にまとめて持って帰り、ほぐして種を取り出して、ブルーシートの上に広げる。たったそれだけのことだが、結構疲れる。農業ってほんとに大変だ。この後の稲刈りは能率良くできるだろうか。心配だ。
畑を見回っているとちょっと様子が変だ。何だか葉っぱが食われている。虫かな?
よくよく見ると名前はわからないがバッタ類がいる。結構いる。菜っ葉の根元を持って強めに揺さぶったら大量に飛び出してきた。
しまった。鳥がいないからな。天敵がいなくなって昆虫類が爆発的に増えたか。これはたまらん。食べられそうな作物は早めに収穫した方が良いな。
そういえば! 田んぼに行ってみる。やっぱりこっちもバッタに食われている。よく見ると一部は枯れている。枯れた稲とその周りには小さい黒い虫がたくさんくっついてる。
「なんじゃこりゃ! まだ収穫には早いぞ」
どうするか。農薬を撒くべきか。いや、玄米で食べたいんだ。完全食だからな。玄米さえ食べていればとりあえず死なない。せっかくの胚芽を捨てたくない。水中にもいろいろ虫がいる。こいつらはたぶん益虫だから殺したくない。
管理棟に行って農業関係の本を調べる。農薬の一覧とか要らないし。
何々、害虫は初夏からで始める!? 早めの対策が重要だって! ここに来たときはもう警戒しなければならなかったのか。ってことは、見た目よりも被害は大きいかもしれないな。
結局、手元の資料では農薬を使う方法しか書かれていなかった。
資料を入手したときにざっと読んで、害虫のことも頭の片隅にはあったんだよな。でも、ITエンジニアなんてやっていると、栽培の手順ばかり確認して虫このとなんて意識に残らないんだよな。バグは意図せずに作ってしまうもので、他所から来るとは思ってなかったよ。
しばらく考えて、2つの策をとることにした。1つは玄米で食べるために1枚の田んぼは手で虫を捕る。残りの3枚はあきらめて農薬を使って虫を全滅させる。そっちは白米で食べるんだ。
農業系ホームセンターに行って農薬と散布の道具を入手する。新しいカッパとマスクとゴーグルも入手する。農薬を吸ったら大変なことになるからな。
注意書きを入念に読んで、農薬の濃度を適切にして散布していく。稲が込み入っているところに分け入って、上から下まで丁寧に散布していく。これで虫どもは死ぬかここから逃げ出すだろう。
玄米用のため池側の田んぼに入っていき、隅から隅まで1株ずつ丁寧に観察し、小さな虫をビニール手袋をはめた手で潰していく。1日では終わらなかった。毎日毎日、10日もやった。一通り終わっても、またすぐ虫がやってくる。畑の方も手で虫を潰す。畑が終わったらまた田んぼだ。毎日毎日、大変な思いで作物を守った。
その日も虫対策で疲れ切っていた。風呂に入りたいと思うが、まだ作っていない。お湯に浸して絞ったタオルで体を拭く。これだけでも大分良い。
日もだいぶ短くなったので、母屋の雨戸を閉めてさっさと寝ることにした。風が少し強いな。虫が吹き飛ばされてくれると良いな。そんなことを考えながら。
疲労で泥のように眠っていたときだった。ものすごい音がして飛び起きた。雨戸がガタガタ言っている。風の音がすごい。雨がたたきつけているようだ。
「しまった! 台風だ!!」
台風対策なんて何も考えていなかった。雨戸はあるが、隙間から雨水が浸入している。縁側はやばいぞ。
布団が濡れないように押し入れに上げて、カッパを着て外に出る。母屋は100年以上前に建てられたものだ。頑丈だから簡単には壊れない。それは解っているが、藁葺き屋根とか雨戸とかは消耗品だろう。雨戸が壊れて浸水するとやっかいだ。一旦管理棟に避難しよう。平成の建物が安心と考えるのは早計かもしれないが。
当然、月も星も無い。夜明けまではまだ時間がある。真っ暗だ。
防水ランタンを頼りにずぶ濡れで、吹き飛ばされそうになりながら、蔵や長屋門の陰に隠れながら移動する。
しまった。長屋門の無線室の窓が破られている。機材がやられたな。アンテナが気になるが暗くてよく見えない。
途中、3回ころんだが、ようやく管理棟に着いた。ここは無事だ。ドアを開けたときに吹き飛ばされそうになったが、なんとか中に入ってドアを閉めた。1階の納屋でカッパを脱いで2階に上がる。カッパの内側も大分濡れたな。
タオルで体を拭きながら、太陽光発電のバッテリー容量を確認。充電量は十分だ。でも、今日は充電できないだろう。余分な機材の電源を切って節電する。照明も暗くする。
カプセル式のコーヒーメーカーでエスプレッソを作って飲む。やっと一息ついた。
窓には雨がたたきつけられているが、安心したのか眠くなった。カフェインレスだったっけ? どうせ外は暗くてよく見えない。夜が明けるまでもう一眠りしよう。
夜が明けた。雨は少し弱まったが風は相変わらず強い。台風は関東まで来るとスピードアップして半日ぐらいで通過してしまうのが普通なんだが、今回はもう1日ぐらい暴れそうだ。天気予報が見られれば良かったのだがな。
窓から外を見ると、畑の支柱はほとんど倒れていた。田んぼの稲は風に踊らされている。貼り付いている虫たちも生きた心地がしないだろう。
丘の上のアンテナは北側の支柱が倒れていた。そういえば補強するの忘れてた。余った電線が風に踊っている。
こういうとき、負け組は無駄な悪あがきをしない。もう、どうしようもないので開き直ってインスタント食品を食べて、コーヒーを飲みながら漫画を読んで1日過ごす。
夕方になると雨が上がった。風も少し弱まった。長靴を履いて田畑を見回る。
畑の方は支柱が倒されているものの、菜っ葉類はまだ食べられるものがありそうだ。
田んぼは悲惨だった。農薬を撒いた方も、玄米用に残した1枚の田んぼも、全部の稲が倒れて水没していた。隣のため池とつながる水路が広がって水位が上がっていたせいでもある。
とにかく稲を起こさなきゃ。
田んぼに入って稲を倒れている方向と逆方向に起こして根元を踏みつけてみた。立つには立つが、他の稲に取りかかっていると、時折吹く突風に負けてまた倒れてしまう。何か支柱が必要だ。
管理棟に戻り、野菜用の支柱と紐を抱えて戻った。手っ取り早く2本をX状に組んで、起こした稲が寄り掛かれるように田んぼに突き刺した。これを順番にやっていく。
あっという間に支柱が足りなくなった。
こりゃダメだ。
今の時点で刈り取れば多少は食べられそうだ。でも、無理をする必要はない。まだまだ備蓄はある。人の営みはなくなったが、まだその辺の店に行けば食べられるものはいくらでもある。2,3年は大丈夫だ。江戸時代の飢饉じゃあるまいし。わざわざ半熟の米を食べるか?
俺は田んぼをあきらめた。
母屋に戻った。大きな被害はない。雨戸の隙間から浸水しただけだ。雨戸を少し開け、ぬれた畳を起こして乾かす。今夜も管理棟で寝よう。
無線室を見に行った。ひどい有様だった。修復するより廃棄して作り直しだな。アンテナも倒れたし、そもそも作り直す必要があるのか? 誰か生きているのか?
自然て怖いな。人間がたった1人でで立ち向かえるものじゃないよ。もう何にもやる気が出ないんだよ。
"""
それ以降、現実逃避した彼は毎日毎日、漫画を読んだりDVDを見たり。ぐだぐだと無駄に時間を過ごした。
彼は根が真面目なだけに挫折に弱かった。一度挫折するとなかなか立ち直れない。これまでの人生も何度も挫折してきたのであった。
"""
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