第二章 生活基盤を作る 4.また異臭 --5日目--

 翌日は朝から日差しが強かった。温度計を見ると既に25度近い。今日は真夏日とか、猛暑日とかになりそうだ。


 書籍売り場をもう一度見回し、ノートとパソコンで情報を整理して考えをまとめる。農業をやるなら、田んぼと畑が必要だな。やっぱり。

 屋上に上がって周囲を見渡す。ここは多摩ニュータウンのはずれだ。住宅と公園と未開拓の野原ばかりだ。地主さんは多少畑をやってる感じだが、どこも規模が小さいし、田んぼは見たことがない。トラクターがあったとしても野原を耕すのは大変そうだし、田んぼにするには水がない。


「長期的にはニュータウンを離れて別の場所に拠点を築いた方が良いな」


 物心ついたときからずっと住んでいる街だ。土地勘があるし、安心感がある。とは言え、新しい街だからかな、郷土愛っていう感情は無い。それは俺だけじゃない。進学や就職をきっかけに、友人のほとんどが都心や地方に移ってしまった。俺もこの辺りが潮時かもな。

 紙の地図を取り出して検討する。ニュータウン内には耕地はほとんどないが、その周囲は結構農地がある。東京とは言え多摩だ。緑はたくさんある。

 とりあえず、土地勘の効くニュータウン周辺に移るか。バイクで探索する必要があるな。本格的な農家にお邪魔すれば農機具や機械を拝借できる。農地も整備されているだろう。


 ざっくりとした方針が決まったところで、さて、昼飯は何を食べようかな。ホームセンターの食品売り場に行ってみる。


「ん!? なんか匂うな。いつもより強いぞ」


 この辺りには腐りやすい生鮮食品はないと思うのだが。匂いの元を探していくと…… いらっしゃった。被災者さんのご遺体だった。

 ここにいらっしゃることは薄々知ってはいた。だが、気にしないようにしていたのだった。俺は負け組だからな。問題は先送りするのがセオリーだ。だが、やっぱり、案の定、裏目に出たか。そりゃそうだ。

 よく見ると出血の後がある。被災時に打ち所が悪くてすぐに亡くなったのだろう。昨日の雨で湿度が上がり、今日の暑さで腐敗が加速しているのかもしれない。ハエも周囲を舞っている。あ、服の縁から何かうごめいているのが見える。近づくととんでもない匂いだ。鼻の奥の方に残留する。とても耐えられない。


 これはまずい。匂いだけでも厳しいが、いろんな菌が繁殖するだろう。近くにいると病気になるかもしれない。

 慌てて作業服売り場に行き、工業用のマスクとゴーグル、カッパと厚手のビニール手袋、長靴を持って一旦外に出る。


「まずいぞ。家具屋はどうだ? 確認しなきゃ」


 家具屋入り口に作った居間に行って深呼吸してみると、やっぱりどこからともなく漂ってくる。朝起きたときは気づかなかったな。

 カッパを着て長靴を履き、マスクをしてからフードを被ってその上からゴーグルを装着。額に懐中電灯をつけたらビニール手袋をした。準備完了だ。めちゃめちゃ暑いぞ。

 大型懐中電灯を灯し、家具屋の奥に入っていく。SF映画のようだ。工業用マスクをしていると匂いの強弱は解らない。懐中電灯を隈なく照らして物陰まで隅々を確認する。


 一度外に出る。暑かった。全身汗びっしょりだ。汗でゴーグルが曇って大変だった。

 調査結果は予想以上に深刻だ。今まで気がつかなかった。というか、見ないようにしていたが、1階に5人、2階に3人の被災者さんがいた。全員既にお亡くなりになっている。腐敗するのは時間の問題だ。いや、既に始まっている。


「どうする? やっぱりご遺体を弔う必要があるんじゃないか!?」


 もう午後3時だが昼飯を食う気にはならない。小型冷蔵庫で冷やしておいた栄養ドリンクだけ飲んで休憩だ。

 相手は人間だ。その辺に捨てるわけにはいかない。葬儀はできないが、埋葬ぐらいしなければ。

 どの範囲で? 何人いる? どこに葬る?

 堂々巡りで全く考えがまとまらない。気がついたら日が傾き始めている。


「明日にしよう!」


 負け組の常套手段。先送りで逃げる。


「どうしよう。ベッドで寝たくないな」


 寝ているときにご遺体が起き上がって『埋葬してくれー!』なんて言ってくる夢を見そうだ。

 結局、テントを張ることにした。アウトドアショップに行ってテントとテント用マット、簡易ベッドと寝袋を調達。アウトドアショップも2人の店員さんが異臭を放っていたのでのんびり選ぶ余裕はなかった。

 屋根があって夜露が降りてこないだろう場所にテントを張った。初心者が取説見ながらだか、すごく時間が掛かってしまった。

 もう暗いじゃないか。すっかり疲れたよ。調理が面倒だからカップ麺を食べて寝ることにした。




 夜中に目が覚めた。寝ながら考え事をしていたようだ。


「そうだ! どっちにしろ農業ができる場所に移住しなければならないんだった。今日移住しよう!」


 被災者の皆さんに退いて頂いてまで住み続ける場所じゃなかったんだ。ここは。埋葬してあげられないのは、他の多くの被災者さんと同じだ。自分が特別扱いしてもらえなかったからって恨まないでください。

 心の中でお詫びする。

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