第二章 生活基盤を作る 5.移住 --6日目--
明るくなってきたので移住の支度をする。移住先を決めた。ここから10kmほど離れた立川の国営昭和記念公園の農家再現コーナーだ。
農業で自給自足と考えると、あの有名なテレビ番組を思い出す。古民家に住んで、手頃な大きさの田んぼと畑をやる。妄想してたら、似たような風景を思い出した。それが昭和記念公園だ。
多摩に住んでいる人はたいていは行ったことがあるだろう。都心からも大勢やってくる巨大な公園だ。その端っこに農家の再現コーナーがある。
どこからか移築した古民家があって、広い庭と納屋と蔵があったっけ。家よりちょっと低いところに畑と池と田んぼがあった。確か武蔵野の原風景がテーマだったような。
あそこに行けばテレビのように自給自足ができそうな気がする。しかも、今の時期なら稲も野菜も育ってるんじゃないのか? 収穫から始めるのも良いじゃないか。
荷物をまとめて小型のプラコンテナに詰める。パソコン、ノート、参考になりそうな本、気に入ったCD、懐中電灯とランタン、アマチュア無線機だ。そのほかのものは立川でまた集めれば良い。
緩衝材を兼ねてタオルも詰め込む。コンテナをバイクの後部座席に縛り付けて、その上に長靴とゴム手袋、カッパとかの簡易防護服セットを置いてさらに縛り付ける。
ホームセンターの自動車用品コーナーにバイク関係も少しあった。リーズナブルな肘当て、膝当てとか、プロテクターを身に付けていく。大怪我をすると命取りになるからな。安全第一だ。途中でバイク用品店に立ち寄ってもっと高性能なものに換えよう。
工業用マスクはすぐに着けられるように首から提げていく。
よし。準備完了!
家具屋に作った居間スペースとか、昨夜使ったテントはそのままだ。片付けない。誰もいないのだから誰の迷惑にもならない。自然に帰らないって、建物とか車とか道路とか、不自然なものがそこいら中にたくさんあるんだ。俺がちょっとモノを散らかしたからって大差ないだろ。
バイパスを使うと直線的で速そうだが、事故車で塞がれていたら逃げ道がない。後戻りとかしてたら逆に時間が掛かる。一般道で行こう。
問題は橋だ。多摩川を渡らなきゃならない。オフロード車とは言え、深い川の中を走ることはできない。橋も車で塞がれているかもしれないから、歩道が大きめの橋を選ばなきゃ。
スタートしてすぐ、目的地と反対方向にある行きつけのバイク用品店に行く。点検、整備、改造なんかもしてくれる人気のお店だ。
土日に比べると駐車場の車やバイクは少ないが、それでも何台か駐車してある。駐車場に面しているピットを覗くと、やっぱり整備の人が倒れていた。
そっちをあまり見ないようにしてソッと入り、入り口近くの移動式ラックを外に引っ張り出す。ラックに載っていたスプレー式の潤滑オイルとチェーンオイルを頂戴する。まずバイクに油を差しておくんだ。用品を調達している内に浸透するだろう。
入り口から店内を伺うと、中は薄暗い。匂いもする。一旦ヘルメットを脱いで工業用マスクを着ける。顎がないタイプのヘルメットだから、マスクをした上で被り直す。ヘルメットのシールドを下ろしてゴム手袋を着けて防御完了だ。カッパは省略。
被災者さんがいそうなところは避けて、懐中電灯で店内を物色する。必要なものは俺の体を守ってくれるものだ。ヘルメットからブーツまで良さそうなものを複数持って店の外に出る。外で試着だ。
バイクがオフロードタイプだから、ウェアもオフロード用の方が格好いいが、誰かに見られるわけでもない。見た目はどうでも良いので安全性が高くて、できれば快適そうなものを選ぶ。夏だからね。涼しいのが良いんだよ。
GPSは生きているが、スマホで地図が表示できないからナビは使えない。店内にあった道路地図帳を破り、整備ピットから持ってきたラックからガムテープを取り出して、必要なページをタンクに貼り付ける。紙の地図を見ながら運転するなんて初めてだ。
用品店に1時間ぐらいいただろうか。ようやく出発だ。
幹線道路はどこも事故だらけでまともに走れない。近くの川に行ってみると、期待通り川沿いの道には邪魔な車が少ない。有っても単独事故ばかりだからすり抜けることができる。快適だが、スピードは控えめにして安全運転に徹する。怪我をしたら終わりかもしれないからな。
しばらく走って地図で現在地を確認する。この辺りは多摩丘陵の終わりだ。低い尾根が西から東へ幾筋かある。東側は大体多摩川にぶつかっている。
多摩川は北西から南東に向かって流れている。このまま川沿いに多摩川まで行くと、北にある昭和記念公園へはかなりの遠回りになってしまう。
北側の低い山を越えた方が距離は近い。山には複数の大学と団地がある。その向こうはまた別の幹線道だ。
よし。遊園地跡地前を通って北側の尾根道に入って、そこからモノレール沿いに行こう!
路地を曲がってニュータウン北側の幹線道を横断して山に入ろうとすると、やっぱりここでも事故だ。歩道を使って回り込むように回避する。途中、ガードレールに膝をぶつけたり、電柱に肘をぶつけたりした。怪我はない。プロテクターを付けていて良かった。
すぐに道が細くなる。ここは交通量が少ない。この先の遊園地は俺が子供の時に廃園になった。今でも残った設備が少し道から見える。もっと道を整備すれば潰れずに済んだんじゃないのかな。
尾根を越えると隣町だ。東西に道が延びている。この道も交通量が少ない。右に行けば多摩都市モノレールが通っていて、その下の道を行けば立川駅まで行くことができる。多摩川を渡る橋も割と新しくて歩道も広かったはずだ。今いる山を下りきったところにある高幡不動駅周辺の狭さと交通量が問題だが。
右に曲がって快適に進むとすぐにモノレールが見えてきた。
「あ、動物園があった!」
多摩都市モノレールと合流して北に向かうとすぐに多摩動物公園だ。入り口で停まって様子を伺う。子供の頃、何度も来た。都民の日は只だから、毎年のように来ていたっけ。
気になるのは、生き残っている動物がいないのかということだ。
親子連れの被災者さんが痛々しいが、そこはあえて目を背けてバイクで園内に入っていく。
山の斜面を利用した動物園はオフロードバイクでも結構辛い。急坂に急カーブがたくさんあるんだ。崖もあるから最徐行だ。
何度もコケそうになったが、なんとか持ちこたえて園内をざっと一周した。やっぱり哺乳類と鳥類はダメだった。餌が残っていたから餓死じゃないと思う。即死か、意識を失って衰弱死したのか、そこのところは解らないが。
池の魚は泳いでいた。両生類も爬虫類も昆虫館の虫たちもだいたい生きているようだった。
「人間だけじゃないんだ。俺は最後の哺乳類なのかもしれない。もう普通の肉は食べられないな」
ただ、こいつらも餌がもらえずにいつまで生きていられるのか…… 可愛そうではあるが面倒は見切れない。大体人間を助けなかったのに虫や魚を助けるってのもおかしいしな。逃がして生態系が崩れたら、生き残っている在来種に迷惑だ。
気を取り直して移動再開だ。
山のこちら側も幼い頃から見知っている街だが、ニュータウンではないので道が細い。歩道も狭いし、電柱もある。昔から渋滞がひどかったところだ。
ここはもう事故だらけ。主に歩道をノロノロと走る。その歩道も狭い。なかなか前に進めない。
途中、いろいろ悲惨な光景があった気がするが、なるべくよそ見をせずに道だけを見て走った。
江戸時代にはちょっとした行楽地だったらしい高幡不動の街の外れをかすめて、京王線のアンダーパスをくぐると、少し走りやすくなった。この辺りはモノレールとともに整備されたからだ。
土方歳三の生家を横目にさらに北上。
多摩川を越えると立川だ。多摩地区の中心的な街だ。俺も何度も来たことがあるからまあまあ土地勘はある。
この先はJRを越えなければならないが、駅周辺は想像もしたくない。地図を見ると、西側に迂回すれば踏切が何カ所かある。順番に見ていこう。
住宅街の中を通る旧街道には歩道がないが、逆に住宅街なので事故現場を迂回できる細い道がたくさんある。だからこの旧道で行く。
その判断は間違いじゃ無いと思うんだが、紙の地図だと住宅街の道はよく解らないんだよな。普段ならば5分も掛からない道を30分ぐらい掛かっただろうか。ようやく一番近い踏切に来た。
踏切は遮断機が壊れていた。おそらく、被災時に遮断機が下りていたんだ。で、両側の車は止まっていた。
そのとき被災してドライバーが意識を失ってしまった。当然ブレーキが緩んだんだろう。両方の車線の車が線路上で車の角同士をぶつけて停まっていた。後続車両も追突していた。
でも低速だったんだろう。どの車両も損傷は小さい。
横にバイクの幅ぐらいの空いているスペースがあったので、バイクを降りて線路の上を押して横断。なんとか反対側に出ることができた。懸案が割と簡単に片付いてホッとした。別の踏切を探すとまた時間が掛かるからな。
この踏切を越えると目標の公園は目の前だ。もう、左手前方、住宅の先の空が広く開けているのがわかる。
ただし、この公園の角がまた渋滞だ。公園に向かう途中だったのか、歩道にも被災者さんが結構な人数倒れている。ここからはバイクを降りて押して歩く。右へ行ったり左へ行ったり、バックして切り返したり。50mほど進むのに20分も掛かったぞ。途中で被災者さんを踏んでしまった気がするが、なかったことにしておこう。
公園内に入る。この公園は自転車専用の道がある。レンタルサイクルもあるが、自分の自転車を持ち込む人用に大きめのゲートがある。そこからバイクで入っていく。平日だったというのに結構利用者がいたんだな。あちこちで被災者さんが倒れている。
入り口で園内の案内図を見て目的地を確認する。通ったことがある歩道と、その外側にサイクリング道がある。よく見るとさらにその外側に道があるようだ。
ちょっと考えて思い当たった。管理車両用の道路だ。そこを通れば倒れている人はいないだろう。よくよく見ると、管理道から農家再現コーナーの畑の隅まで道がつながっているじゃないか。なるほど、管理しやすいようになっているんだ。
よし出発だ。と、その前に腹が減ったので売店に行く。消費期限の長い食べ物が何かあるだろう。
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創作活動もサバイバルです。生き残るために☆が…… どうか温かいお志を……
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