第二章 生活基盤を作る 3.電器 --4日目--

 うっかりしていた。トイレのことを忘れていた。

 食後にもよおしたのでトイレに行った。タンク式なので1回は流せる。しかし、ここに個室は3つ。他のトイレは数えていないが、あ! 女性用も入って大丈夫か。何れにしても数日で水が流せなくなる。

 毎回タンクに水を入れれば良いのだが、1回につき8リットルとか10リットルとか、結構な量の水が要るだろうな。ミネラルウォーターがたくさんあるとはいえもったいない。バケツで汲みたいが、どこから調達すべきか…… さっき雨水を溜めたからちょっとは使えるが、喫緊の検討課題だな。


 雨が激しくなる中、ホームセンターの屋上で太陽光発電関係を確認した。生きている。一般家庭数件分ぐらいの電力は調達できる。配電を確認して店内を明るくしよう。キッチン家電も置こう。

 ホームセンターの電源は良しとして、寝床にしている家具屋の方には、ホームセンターの工具売り場にある発電機を持っていくか。自動車用品売り場にガソリン携行缶があったな。アレと、灯油用のポンプがあれば、駐車場の車からガソリンを調達できる。

 そうとなれば電化生活の道具を選ばなければ。


 ショッピングモール内の家電量販店に来た。1階が駐車場で、2階と3階が売り場だ。まず、2階の生活家電を見る。

 洗濯機は要らないな。いつも新品の服を着れば良い。

 冷蔵庫はほしいけど、大型は運べないぞ。エレベーターが使えないからな。1人で階段で運ぶなんて無理だ。ポータブルな奴で飲み物を冷やすぐらいだな。

 3階のAV、パソコン売り場へ。テレビは必要ないかと思ったが、DVDとかブルーレイソフトがあった。ゲーム機とソフトもたくさんある。大画面、大音響で楽しめるんじゃないか? 持ち運ぶのは大変だから、ここの売り場にシアターコーナーを作ろう…… 待てよ。電源はホームセンターにあった発電機で足りるかな? 発電機ってメチャクチャ重いんだよな。階段を持て上れるサイズで十分な出力が出るかなぁ。後で確認しよう。


 家具屋の1階、入り口近くの外光が入ってくるあたりを片付けて居間にすることにした。

 すのこを並べて床から一段上げて、クッション兼断熱材として発泡スチロールの板を並べて、その上にカーペットを敷いてソファーとローテーブルを置いた。

 やっぱり靴を脱いでくつろげる空間が必要だよね。


 ホームセンターから発電機を運んで家具屋の入り口外側屋根の下に設置する。防水の電源ケーブルを店内に引っ張る。

 ガソリン携行缶と手動ポンプ、エンジンオイル、ハンマーを台車に乗せて駐車場に行く。無人であることを確認してからハンマーで給油口を壊して開けて、ガソリンを携行缶に移す。慣れていないからうっかりあふれさせてしまった。雨水も交じってしまったかもしれない。雨の日にやることじゃないな。


 家具屋に行ってオイルとガソリンを入れたら発電機のスターターを引っ張る。3回目で掛かった。電気の出力をONにする。

 居間に設置した電気スタンドのスイッチをONにすると周囲が明るくなった。嬉しい。電気が切れてたったの二晩だというのに、やっと文明社会に帰ってきた感じだ。


 ミニコンポにCDをセットして音楽を流す。配信サービスが使えないから、子供の頃に戻ったような感じだ。これから機会があるたびに音楽ソースを探さなければならないな。

 すぐ飲むわけじゃないが、ポットにミネラルウォーターを入れてお湯を沸かしておく。

 そうそう、パソコンを充電しておかなきゃ。

 うん、人間の生活らしくなってきたぞ!




 さて、午前中は食料調達について考えたから、午後は健康について考えよう。ソファーに腰掛けてホームセンターの書籍売り場から持ってきたムックを眺める。

 病院がないからな。怪我と病気は命取りだ。こんな世界で長生きしようとは思わないが、痛いのと苦しいのは嫌だ。被災者の皆さんみたいに寝ているうちに逝けるならいいけど…… なんで俺だけ……

 ああ、ダメだ。マイナス思考は止めよう。ピンコロを目指して健康を維持しよう。


 幸い目は良い。『近視と虫歯は貧乏の敵』って、母さんが言ってたな。ゲームは買ってもらえなかったし、歯磨きは徹底的にチェックされた。お陰で眼鏡も要らないし、歯医者にも行ったことがない。

 今まで深く考えたことがなかったが、これってサバイバルでは結構重要だな。歯が痛かったら生き残れないよな。多分。大昔は虫歯で死んだ人もいるって聞いたことあるしな。


 それはさておき、これから重労働が増えるからな。体の動かし方を研究しよう。俺も若くないし、ぎっくり腰とか気をつけなきゃ。

 何なに、ラジオ体操が基本だって!? 健康ムックの写真のモデルの手の位置とかをよくよく見る…… ジー……

 なるほど、わかった。俺のやり方って中途半端でいい加減だったんだな。こんなに体を曲げるのか! ビデオで確認したいけど、お手本動画のQRコードがあってもねぇ。DVDとかないのかな。これも調査対象にしよう。ノートにメモメモ。


 筋トレもしようかな。

 マッチョになる必要はない。見せる相手がいないから。でも、肉体労働で怪我を防ぐためにはある程度の筋力があった方が良いだろう。スポーツ用品店に行けばトレーニング器具があるだろう。ホームセンターにも少しあるな。トレーニング方法は本で調べよう。DVD付きの本があると良いな。平成に発行された本なら付いてる気がする。




 時計を見る。人命救助のタイムリミット72時間はとっくに経過していた。まだ息のある人もいるだろうが、大半が亡くなっていると思う。

 助けられなかった罪悪感が湧き上がってくるが、助ける方法が解らないのだからと感情を押し殺す。サバイバルライフを楽しんでいるのも、罪悪感を隠すための芝居の意味がある。解っていて芝居をする気持ちも結構複雑だ。自己嫌悪にならないように、鬱なんかにならないように自分をだまして無理矢理楽しむんだ。


 落ち込んでいるうちに外が暗くなってきた。よし、昼のカレーの残りを食べよう! そうだ! お米を炊こう!

 ダイニングキッチンにしているホームセンターのガラス張りガーデニングコーナーに移動する。被災者さんがたくさんいるスーパーには行きたくないから、ホームセンターのお米売り場で一番高価なお米を取ってくる。電器店から運んだ高級そうな炊飯器を使うぞ。ミネラルウォーターで内釜を洗って、米をといで炊く。

 炊き上がった米は美味かった。こんなに美味い米はいつ以来だろう? 俺は貧乏を脱出したんだ。喜びは中くらいだが無理して喜ぶことにした。

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