第53話 もとの世界への帰り方が判明しました
もとの世界に帰るには、満月の夜に光のゲートに飛び込めばいい。聖女ルナからそう告げられた。さらっと軽く、まるで誰もが知っている常識のように。
その一方で、
ティナの反応を窺うと、こちらも同じような反応をしている。ティナも始めて知ったようだ。
驚きを露わにする二人を見て、ルナはハッと思い出したように言葉を続ける。
「そういえば、この話を知っているのは初代勇者様の一族と王宮の方々だけでしたね。お二人がご存知ないのも無理はありません。私もネロから聞いて、初めて知ったことでしたし」
「どうしてそこに初代勇者が出て来るんですか?」
ふと尋ねると、更なる衝撃的な事実が告げられた。
「過去に魔王討伐をした勇者様も異世界転移者だったので」
「なんとっ!?」
異世界転移からの魔王討伐。そんなファンタジー小説の王道のような展開が本当に起きていたなんて信じられない。情報量が多すぎて、頭がパンクしそうだ。
放心する陽葵の傍らで、ティナも尋ねる。
「ということは、初代勇者の子孫であるネロは、異世界人の血が流れているということか?」
「そうですよ。なので初代勇者様の一族は、血を絶やしてはならないと言われているのです」
「そうか……だからあの一族は、あんなにギラギラしているのか……」
「ですね。……ま、まあ、最近のネロは、私との間に子供ができれば十分だって言ってくれていますが」
ルナはポッと頬を赤らめながら呟く。幸せそうで何よりだが、そんな惚気話はこの際どうでもいい。いま知りたいのは、もとの世界への帰り方だ。
陽葵は気をしっかり持ち、ルナに詰め寄った。
「あのっ! 光のゲートの話を詳しく聞かせてもらえますか?」
手がかりを掴むため詳細を尋ねると、ルナはあっさりと教えてくれた。
「光のゲートとは、二つの世界をつなぐ扉です。こちらの世界とあちらの世界で同時に満月になった時、光のゲートが開きます」
「ゲートが開く場所はどこなんですか?」
「そこまではちょっと……。光のゲートが開く地点は毎回変わりますし、どこに開くのかは国の機密事項ですから。王宮の方々しか知り得ないかと」
「王宮の方々?」
その言葉を聞いて、陽葵はある人物が思い浮かんだ。
~*~*~
急遽店を閉めた陽葵とティナは、箒に乗って王宮へと飛んでいった。アポなしで会えるか不安だったが、王宮の入り口でコスメ工房の名前を出すと、あっさりと通してもらった。
陽葵が会いに行った人物は他でもない。王女アリアだ。王宮の方々と聞いて、アリアの顔が真っ先に思い浮かんだ。
絢爛豪華な客間に通されてガチガチに緊張していると、すぐにアリアがやって来た。さっそく事情を説明すると、アリアは椅子から飛び上がりながら叫んだ。
「ええー! ヒマリって異世界から転移してきたの?」
その隣で控えていたセラは、驚きつつもどこか納得したように頷く。
「なるほど。この国にはない不思議なものを発明していると思ったら、そういう事情があったのですね」
二人が驚く姿を見て、陽葵はようやく気付く。異世界から転移したことは、ティナとルナ以外には明かしていなかったことを。
「そういえば、話すタイミングを逃していましたね」
「逃していたって……。そういう大事な話は、最初に言うべきでしょう?」
アリアに責められたが、もっとも過ぎて言いわけする余地がない。早い段階でアリアに打ち明けていれば、もっと早く帰り方が判明していただろう。
いや、それ以前に、この世界に来た段階で王宮に足を運んでいれば、もとの世界への帰り方も分かっただろう。それにも関わらず、陽葵は森に留まり、コスメ工房に居候するという選択をした。
RPGで例えるなら、チュートリアルを無視して、勝手に探索を始めた状況だ。やはりチュートリアルは無視してはいけないということを身に染みて痛感した陽葵だった。
「突然お邪魔したのは他でもありません。アリア様には、光のゲートが開く場所と日時を教えていただきたくて」
ここに来た目的を明かすと、アリアはすぐに頷いた。
「ええ、確認してみるわね。すぐに分かると思うから、ここで待っていて頂戴」
「ありがとうございます!」
陽葵がお礼を告げると、アリアとセラは慌ただしく客間から出て行った。
しんと静まり返る中、陽葵は出された紅茶に口を付ける。すっかり冷めてしまっていたが美味しい。ほのかな甘さとフルーティーな香りが広がった。やはり王宮で出される紅茶は一味違う。
ふうっと一息ついてから、陽葵はしみじみとティナに話を振る。
「まさかこうもあっさりもとの世界に帰る方法が見つかるなんてね」
「ああ、驚いた。こんなことなら、もっと早く相談していたら良かったな」
「まったくだよ」
やはり考えていることはティナも同じだったらしい。化粧品のことで頭がいっぱいで、随分遠回りをしてしまった。
「だけど、良かったじゃないか。帰る方法が見つかって」
ティナは何食わぬ顔で紅茶を飲みながら告げた。
そこで陽葵はようやく気付く。もとの世界に帰るということは、ティナともお別れしなければならないということに。
ティナだけじゃない。リリーやロミなどこの世界で知り合ったみんなともう会えなくなる。そう気付いた瞬間、手放しで喜ぶことはできなかった。
ショックを受ける傍らで、ティナは淡々と続ける。
「店のことは心配するな。いま販売している化粧品のレシピは全部頭に入っているからな。私とリリー、それにロミの手伝いもあれば、なんとか回していけるだろう」
ティナは陽葵がこの世界からいなくなることをあっさり受け入れていた。引き留めようという素振りは一切見せない。それはティナがクールな魔女さんだからだろうか?
寂しくないの、と尋ねようとしたところで、客間の扉が開く。
「光のゲートが開く場所と日時が分かったわよ!」
アリアとセラが客間に戻ってきた。宣言していた通り、本当にすぐに判明した。
ごくりと身構える陽葵に、アリアは告げた。
「場所はロラン農園よ。ラバンダ畑の中央に光のゲートが現われるわ。日時は、3日後の満月の夜」
「3日後!?」
予想以上に時期が迫っていることを知って、陽葵は大声をあげた。要するに、3日後にはみんなとお別れしないといけない。
あまりの急展開に、陽葵は放心状態になっていた。そんな陽葵の心の内を知らないアリアは、意気揚々と自らの計画を明かす。
「それでね、考えたんだけど、2日後に王宮で社交界を開くから、そこに陽葵と魔女様を招待しようと思うの。化粧品という文化を広めた二人は、国として称えるに相応しい人物だからね。お父様から感謝状を贈ってもらえるようにお願いしてみるわ」
「お、お父様って、まさか国王陛下からということでは……」
「ええ、そうよ」
ティナがおずおずと尋ねると、アリアはあっさり頷いた。なんだかとんでもない事態になってきた。
恐縮するティナをよそに、セラもあっさりと賛同した。
「それはいいお考えですね。いまやお二人はこの町の人気者ですから、社交界に招待すれば喜ばれることでしょう」
「でしょう?」
アリアは自慢げに腕を組みながら微笑んだ。
「いいわよね、ヒマリ?」
「え、あ、はいっ」
反射的に頷いてしまった。王女様の提案なんて断る方が難しい。陽葵は社交界への参加を承諾していた。
「そうとなれば、さっそく準備をしないと。セラ、手伝って頂戴」
「かしこまりました」
アリアはわくわくとした様子で客間から出て行った。
化粧品を広めた功績を称えて、国王から感謝状が贈られる。それは誉れ高きことだし、こんな名誉あることはもう二度と起こらないかもしれない
それでもこの世界から去ることを考えると、手放しに喜べない自分がいた。
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