第52話 結婚式の後日談を聞かせてもらいました

「はあああ、ルナさん達の結婚式、素敵だったなぁ」


 勇者ネロと聖女ルナの結婚式から数日が経過した。それでもなお、陽葵ひまりは余韻に浸っていた。


 ブライダルメイクという大役をこなした達成感と、ルナの花嫁姿がいつまでも頭から離れない。ふとした時に思い出して、ニマニマしていた。


「おい、顔が気持ち悪いぞ」

「ティナちゃんは辛辣だなぁ」


 にやけ顔を晒したまま抗議すると、ティナからは「ダメだこりゃ」と見放された。

 すると、チリンチリンと音を立てて扉が開いた。やって来たのはルナだ。


「ルナさん、いらっしゃいませ! 結婚式、素敵でしたよ!」

「ありがとうございます。今日はあらためて、お二人にお礼をしにきました」

「そんなぁ。わざわざスイマセン!」


 幸せオーラ全開のルナを見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。この様子だと、結婚生活も上手くいっているに違いない。


「ネロさんとも順調そうですね」

「ええ、おかげさまで。ネロも最近は他の女性を口説くこともなくなったんですよ」

「そうでしょう、そうでしょう」


 納得する陽葵だったが、ティナは信じられないものを見るようにギョッとしていた。


「あいつ、浮気癖が治ったのか?」

「治ったかどうかは分かりかねますが、以前のように綺麗な人を見かける度に声をかけることはなくなりましたよ」

「ブライダルメイクの効果があったということか?」


 驚くティナを横目に、陽葵は呑気に呟く。


「それもあるけど、それだけじゃないんだなぁ」

「ん? どういうことだ?」


 何か事情を知っているような口ぶりの陽葵に、ティナがすかさず反応する。


「お前、何かしたのか?」

「したと言えばしたしー、してないと言えばしてないかなぁ」


 煮え切らない反応をする陽葵を見て、ティナは首を傾げる。


 ネロの浮気癖が収まったのは、陽葵からすれば想定内だ。なぜなら、陽葵の言葉がネロの抑止力になっているからだ。


「そう言えば、結婚式の前にあいつを呼び出して何かを話していたようだが、一体何を言ったんだ?」

「んー、内緒っ」


 陽葵は口元に人差し指を添えて黙秘した。


 結婚式の前、陽葵は教会の裏にネロを呼び出した。その時のやりとりを思い出すと、ちょっと笑えてしまう。



 ~回想 結婚式前の陽葵~


「なんだい、ヒマリ。こんな所に呼び出して。もしかして君も結婚したくなったのかい?」


 いつものように軽口を叩くネロに、陽葵はにっこり微笑む。


「そうですねー。私も結婚したくなっちゃいました」

「やっぱりそうか。それじゃあヒマリも僕の嫁に」

「あっ、勘違いしないでくださいね。私が結婚したいのはネロさんではありませんから」

「ん、どういうことだい?」


 きょとんとするネロに、陽葵はにこやかに近付く。ジリジリと壁際まで追い詰めると、笑顔を浮かべたまま告げた。


「ルナさん、綺麗ですよね。あなたには勿体ないくらい」

「あ、ああ、そうだな。ルナは僕には勿体ないくらい綺麗な花嫁だ」

「ええ、本当に勿体ない」

「……何が言いたい?」

「あー、もう、察しが悪いですねー」


 そこまで告げると、陽葵はネロの胸ぐらを掴んだ。そのままスッと目を細めながら冷ややかな口調で告げた。


「私が結婚したいのは、あなたではなくルナさんです。次にルナさんを泣かせるような真似をしたら、私がルナさんを貰いますよ」


 ネロは信じられないものを見るように、顔を引き攣らせながらパチパチと瞬きをする。


「貰うってそんな……君達は女の子同士じゃ……」


 冗談だろ……と言わんばかりにおどけるネロ。そこで陽葵はにやりと不敵に笑いながら告げた。


「私の故郷では、結構寛容なんです」

「な、なんだって!?」


 ネロはサッと顔を青くする。危機感を煽るため、更なる忠告をした。


「敵は私だけではありませんよ。あんなに綺麗な聖女様ですから、狙っている男性もわんさかいることでしょう。他の女性にうつつを抜かしていたら、あっという間に奪われますよ」

「奪われる!?」

「ええ、そうならないためにも、一途にルナさんのことを愛してあげてくださいね」


 言いたいことを告げると、陽葵はパッと胸ぐらを離す。


「じゃあ、そういうことで」


 ネロを置いてその場を去ろうとした時、もうひとつ大事な忠告をし忘れていたことに気付いた。


「あっそうだ。これも伝えておきますね」

「まだ何か!?」


 動揺するネロに、陽葵はにっこりと微笑みながら牽制した。


「コスメ工房は私の箱庭ハーレムですから。手を出したら容赦しませんよ」


 コスメ工房の女性には手を出すな、ときっぱり忠告してから陽葵はひらひらと手を振りながらその場を後にした。


 ちらっと振り返った時、ネロがポカンと間抜け面を晒しているのを見て、ちょっと笑ってしまった。


 ~回想終了~



 ……なんてことがあった。


 誤解なきように言っておくと、陽葵は本気でルナと結婚したいと思っているわけではない。あくまでネロの浮気を抑制するための脅しに過ぎない。


 今日のルナの話を聞く限り、脅しの効果はちゃんと現れているようだ。


「結婚式が終わってから、ネロはいままで以上に優しくなりました。これもお二人のおかげですね」

「それは良かったですー」

「……お前、絶対なんかしただろう」


 ティナからは怪しまれたが、口を割る気はない。変な誤解を生んで警戒されるのは避けたかった。


 とはいえ、ネロの性格を誰よりも知っているルナは、完全には信用していないようで、


「ですが、ネロの浮気癖がそう簡単に治るとは思えません。これからもネロに好きでいてもらえるように、美しくあり続けたいと思います。そのためにもコスメ工房さんには今後ともお世話になります」


 そう宣言すると、ルナは律儀にお辞儀をした。


 夫に愛されるために綺麗で居続けようと努力するなんて健気すぎる。意気込むルナを見て、陽葵はほっこりした。


「ルナさんだったら大歓迎ですよ。いつでも来てください」

「ありがとうございます!」


 ルナは嬉しそうに微笑んだ。


 ルナがコスメ工房に通ってくれれば、売上アップにつながること間違いなしだ。単純にルナのお買い上げ分が加算されるだけではなく、それ以上の効果も見込める。


 美しい花嫁姿を披露した聖女様は、いまや町中の女性の憧れの的だ。そんな聖女様がコスメ工房の化粧品を愛用しているとなれば、イメージアップにつながる。


 もとの世界でいう『インフルエンサー』の役割を果たしてくれるはずだ。この先はこれまで以上に売上アップが見込めるだろう。


 ルナがコスメ工房に通うメリットはそれだけではない。ネロの危機感を煽ることにも一役買ってくれる。なんてったってネロは『陽葵がルナを狙っている』という大きな誤解をしているからだ。


 愛する妻を奪われまいと、これまで以上にルナを振り向かせようと奮闘するに違いない。


 現にいまも、店の外ではネロがこちらの様子をじーっと伺っている。陽葵が牽制したから店内には入って来られないようだが、心配で付いてきたのだろう。


 ネロの隣を美しい女性が通り過ぎるも、彼の視界にはまったく入っていない。聖女様しか見えていない状況だった。


 若干ストーカーチックで気持ち悪いが、聖女様だけを見ていてほしいという願いは実現できそうだ。


 商売繁盛、家庭円満、両方を叶えられたこの状況はまさにwin-winと言える。意図せずともすべてがいい方向に転がったことに、陽葵はにんまり笑っていた。


 それからルナは、コスメ工房の商品をしみじみと見渡す。


「それにしても、ヒマリさんは不思議なものをたくさん発明されるんですね。ヒマリさんの発想力には驚かされてばかりです」


 そこまで賞賛されるようなものではない。陽葵だってイチから全て考えているわけではないのだから。陽葵は謙遜するように、自らの事情を明かした。


「実は私、異世界転移者なんで、もとの世界での知識をこの世界で活かしているだけなんですよ」


 異世界から来たことは、別に隠しているわけではない。さらっと告げると、ルナからは特に驚かれることなく受け入れられた。


「あら、そうだったんですね。もとの世界にはいつお帰りに?」

「それが、帰る方法が分からなくて」

「何を仰っているんです? 満月の夜に光のゲートに飛び込めばいいだけじゃないですか」

「………………ん?」


 いまさらっと衝撃的なことを言われた気がする。真相を確かめるべく、陽葵は聞き返す。


「ルナさん、いまなんて?」

「だから、満月の夜に光のゲートに飛び込めばいいと」


 陽葵は固まる。理解が追い付かない。

 しばらく沈黙が流れた後、陽葵は叫んだ。


「ええー!? ルナさん、もとの世界に帰る方法をご存知なんですか!?」

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