第51話 美しい貴方にまた恋をする

 ブライダルメイクという大役を果たして達成感に浸る陽葵ひまりだが、ここで終わりではない。むしろ本番はこれからだ。


「では、ネロさんをお呼びしましょう!」

「えっ……待ってください。まだ心の準備が……」

「大丈夫です。いまのルナさんは最高に綺麗なので、ネロさんの心を射止められますよ」

「そうでしょうか……」

「はい! 自信を持ってください」


 ルナにブライダルメイクを施した真の目的は、結婚式でネロに一番綺麗な姿を見てもらうこと。そして他の女性に目移りしないほどに夢中にさせることだ。その目的を果たす時が来た。


「ティナちゃん、ネロさんを呼んできて」

「ああ、分かった」


 ティナは控室から出て、ネロを呼びに行く。これから婚約者と対面すると分かると、ルナはワタワタと慌て始めた。


「緊張してきました。本当に大丈夫でしょうか? 変に思われたりしないでしょうか?」

「大丈夫ですよ。ルナさん、椅子から立ち上がって扉の前で立ってください」

「わ、分かりました!」


 ルナは椅子から立ち上がり、ドレスの裾を持ち上げながらゆっくりと扉の前に移動する。相当緊張しているのか、ドレスの裾を持つ手は震えていた。


 ルナは胸に手を添えて、大きく深呼吸する。何度か深呼吸を繰り返してから、そっと目を伏せた。


 しばらくすると、トントンと扉をノックする音が聞こえる。ネロが到着したらしい。


「どうぞ」


 陽葵が合図をすると、ゆっくりと扉が開いた。


 扉の向こうには、真っ白なタキシード姿のネロが立っている。目を伏せていたルナが顔を上げた。


 ハッと息を飲む音が聞こえる。ネロは微動だにせずその場で固まっていた。言葉すらも失っている。いつものような浮ついたセリフも出てこなかった。


 沈黙が走る。二人はじっと立ち尽くしながら、互いを見つめていた。


 沈黙に耐えきれなくなったのか、ルナがおずおずと尋ねる。


「どう、でしょうか?」


 その瞬間、止まっていた時間が動き出す。


 ネロはカアアっと頬を赤く染める。そのまま落ち着きなく視線をあちこちに彷徨わせていた。その姿は、意中の女性に声をかけられた初心うぶな少年のようだった。


 明らかにいつもとは違うネロの姿を見て、ルナは不安に駆られる。


「変でしょうか?」


 シュンと眉を下げるルナに、ネロはすぐさま否定した。


「違うっ! そうじゃない!」


 そのまま赤くなった顔を隠すように、両手で口元を覆った。それから恥ずかしそうに白状する。


「あまりに綺麗過ぎて、言葉を失っていた」


 その言葉を聞いた瞬間、ルナの表情に安堵が浮かぶ。


「良かったぁ」


 瞳は潤んでいて、いまにも泣きそうだ。


 ネロはいまだにルナのことを直視できていない。そんなネロを鼓舞するように、ティナがバシンと背中を叩いた。


「ほら、もっと言うべきことがあるだろう」


 勢いよく背中を叩かれたネロは、フラッとよろける。一歩足を踏み出した後、緊張した面持ちでルナと向き合った。それから精一杯の賞賛の言葉を伝える。


「初めて君と出会った時から、美しい女性だと思っていた。だけど今日は、いままで見てきた中で一番綺麗だ」


 いつもの歯の浮くようなセリフとは少し違う。本心から溢れ出した言葉のように聞こえた。


 思いが伝わったのか、ルナの頬に涙が伝う。


「本当ですか?」

「ああ、本当だ。君を伴侶に迎えられた僕は、世界一の幸せものだ」

「もう、他の女性に言い寄ったりしませんか?」

「君以上に美しい女性は見つかりそうにないよ」

「その言葉が聞けて、安心しました」


 ネロは涙で濡れたルナの頬にそっと手を添える。視線を合わせると、ルナはとびきり愛らしい笑顔を浮かべた。


 それは、いままで陽葵たちに見せていた表情とは少し違う。愛おしい人に向ける特別な笑顔だった。


「愛してるよ、ルナ」

「ええ、私も愛しています」


 二人の距離が近付く。互いの愛を確かめるように、口付けを交わそうとしていた。その瞬間、陽葵が二人の間に入る。


「ストップ、ストーップ! そこまでです!」


 陽葵の存在に気付いたルナは、驚いたように距離を取る。


「も、申しわけございません! こんなところで……」


 慌てふためくルナとは対照的に、ネロからは不服そうな視線を向けられた。


「ヒマリ、なんで止めるんだい?」

「いまキスをしたら、口紅が落ちてしまいます!」

「そんなのまた塗り直せばいい話じゃないのか?」


 確かにその通りだ。だけど理由はそれだけではない。


 この場でイチャイチャされるのは、こっちの心臓が持たなかった。陽葵だけでなく、ティナとセラも気まずそうに顔を背けている。


 そんな彼女たちの反応を見たネロは、諦めたように溜息をついた。


「分かったよ。いまはお預けだね」


 そう言うと、さらっとルナから離れた。あからさまに残念そうだったが仕方がない。そういうのは二人きりの時まで我慢してほしい。


「それじゃあ僕は、参列者に挨拶をしてくるよ。そろそろみんな集まる頃合いだからね」


 控室から去ろうとするネロ。そんな中、陽葵はネロを呼び止めた。


「そうだ、ネロさん。お話があります。ちょっとだけお時間よろしいですか?」

「話? なんだい?」

「すぐ済みます。教会の裏まで来てください」


 ネロは不思議そうな顔をしながらも、陽葵の後に続いた。


「なんだ? ヒマリは何の話をするんだ?」

「さあ?」

「ヒマリ様、何か企んでいるようでしたね」


 ティナ、ルナ、セラは、怪訝そうに二人の背中を眺めていた。


~*~*~


 教会の鐘が鳴る。勇者ネロと聖女ルナの結婚式は、たくさんの人々に祝福されながら執り行われた。


 ウエディングドレス姿のルナに、誰もがうっとりする。その隣に立つネロも、見劣りしないほどに凛々しく見えた。


「ルナさん。幸せになってください~」


 フラワーシャワーに包まれる新郎新婦を泣きじゃくりながら見守る陽葵。その姿をティナが呆れた様子で眺めていた。


「感情移入し過ぎだろ」

「だって~」

「あー、もう泣くな。鬱陶しい」


 ティナに煙たがられながらも、陽葵は二人の幸せを心から祈っていた。


 こうして聖女ルナのブライダルメイクは、大成功のまま幕を閉じたのであった。


◇◇◇


ここまでお読みいただきありがとうございます。

「続きが気になる」「聖女様、お幸せに!」と思っていただけたら、★で応援いただけると嬉しいです!


ブライダルメイクという大役を無事に果たした陽葵ですが、後日ルナから衝撃的な事実を知らされて!?

「クールな魔女さんと営むコスメ工房」はいよいよクライマックスに突入します! 最後まで応援いただけると嬉しいです。

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