不完全令嬢の運命劇⑤

 ――という事があって、私と安国寺雪鶴は1ヶ月前に入れ替わる事になったのです。


 入れ替わる事を決めた8月1日から夏休みが終わる9月1日まで、私たちは互いの癖や生態をトレースする訓練することで安国寺雪鶴と長年の付き合いをしているクラスメイトや先生達を欺けるほど演技をすることが可能になったのは私と彼女に人を騙す才能があったからに他ありません。


 入れ替わり初日としては最高の出だしではありますが、入れ替わりがバレたら退学になってしまう以上、油断は出来ないのが実のところ。


 故に昼休みはこうして誰もこないであろう演劇部室に引きこもり、昼食を採りながら互いの演技の悪かった点を指摘する反省会をすることにしていたのです、が。


「いや。流石に気持ち悪くないですかね……? なんで1ヶ月程度の付き合いで私の言動を完コピできるんですか。こっちは10年間ですよ? 3650日ですよ? なんで30日で見ず知らずの他人の言動を真似出来るんですか? 流石を通り越して気持ち悪いレベルですね……」


「はぁ!? それを言うのでしたら貴女の方こそどうしてそんなに私の言動を理解できていますのよ!? 私の私生活を覗いていましたの!?」


「そうしたいのも山々ですけど、物理的にも日本とスウェーデンは遠すぎるんですよ!? 距離の問題さえなければストーカーしたかったのに!」


「しないでくださいまし!? そんなことよりクラスの男子生徒にちやほやされて羨ましい限りですわね! はー! 羨ましいですわね! 嫉妬で女子生徒に後ろから刺されないといいですわね!」


「そういうお姉様こそ何であんなガバガバ演技で人を騙せるんですか! しかも、私と長い付き合いの千春ちゃんを! 呼び方間違えてましたよね!? 正体バレて千春ちゃんに軽蔑されないといいですね!」


「はー!? ガバガバ!? 言いましたわね!? それを言うのでしたら貴女の演技もそうではなくて!? 何ですかあんなキザったらしいくどい演技は! 私の私生活はあんなに演技っぽくありませんわよ! その眼は腐っているのですか⁉」


「ちーがーいーまーすー! 私の知っているお姉様はもっと格好良く演技してまーす!」


「私が公式ですわよ!?」


「公式が解釈違いなんですよ!」


 ……とまぁ、こんな感じで互いの悪かった点を悪口として言い募る反省会をしていたのでした。


 反省会をしている間、コーヒーケトルを投げたり、空の弁当箱を投げたり、熱湯をぶちまけたり、掴みかかったり、また押し倒されたり、色々と攻防戦を繰り広げたりしていたので、疲れが溜まった私たちはお互いにぜぇぜぇと肩で息をしております。


 余談ではありますが、先ほど私が投げたコーヒーケトルやスマホは学校に持ち込むこと自体が禁止です。


 そんな品々を隠すためにもこの演劇部室は一役買っている。

 というのも、この私が描かれたポスターの裏にある穴を私が独断で工具で勝手にこじ開けて作った空洞の中に放り込んでいるだけなのですが。


「……反省会はここまでにしておきましょうか……」


「……ですわね……」


「改善点を挙げていただけなのに、いつの間にか口論になっていましたね」


「まぁ、バレたら停学なり退学なり問題になるのですから、必死になるのも仕方ないのではありませんか?」


「しかし、先ほどは感情に任せて色々と罵詈雑言を吐きましたが、私の幼馴染でもある千春ちゃんを騙し通せるだなんて流石お姉様ですね」


「そういう貴女こそよくぞ私をあそこまで再現してみせましたわね。プロをやっていた身としては貴女のその才覚には恐怖と嫉妬を覚えてしまいますもの」


 それは間違いなく本当の事。

 彼女、安国寺雪鶴には間違いなく才能があります。


 私も現役から引いて3年が経過して衰えたとはいえ、そんな私を上回る才能に対して、私は思わず嫉妬をぶつけてしまっているのです。


 ……思えば、スウェーデンで役者をしていた頃に同年代に彼女のようなライバルと言えるような存在はいなかったと思います。


 だからでしょうか、私はそんな彼女を完膚なきまでに演技で叩き潰してやりたくて仕方がないのです。


「さて、後は午後の授業を数回残すのみ。しかも、美術の授業とサボりまくりのボーナスステージと来ました」


「午前中の授業は私がクラスに馴染めるようにという先生方の配慮の為か、私と入れ替わった安国寺さんが高い頻度で授業中に指名されていましたものね……」


「どんな問題でも完璧に答えられる私と入れ替わっておいて良かったでしょう?」


「本当にそうですわね……」


「ま、美術は別に凝ったことはしませんし、絵を描くだけですが……お姉様は絵が得意ですか? 私はそこそこと言ったところですが」


「至って普通、でしょうか。少なくとも頭を使う勉学よりかは自信がありましてよ」


「それは良かった。お姉様の力作を楽しみにしていますね」


 ――昼休みの終わりを示す予鈴が、私達がまた入れ替わる合図が、劇場が始まる音が鳴り響く。


「……さて、いきましょうか。お姉様?」


「えぇ。行きましょうか、雪鶴」


 私達の入れ替わりはこれからが本番です――!




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




 そして放課後。

 何だかんだで正体がバレる事なく美術の授業が終わり、本日ある授業全てが終わった後の放課後。


 放課後にある部活動の準備をしようと体育館は昼とは違って、生徒たちの活気で溢れかえっている。


 私たちは再び、体育館の中にある演劇部室にへ足を運び、向かい合わせになりながら椅子に座っておりました。


「……お姉様。言いたいことがあるのですが宜しいですかね?」


「あら、安国寺さん。奇遇ですわね。私も貴女に言いたいことがあるのですわ」


「相思相愛ですね」


「全くですわね」


 ここは誰もいない演劇部室なので、お互いに真の姿を見せている。

 顔は父が金を積んで用意してくれた変装道具のおかげで、目の前に完成度の高い自分の偽者がいるというのは、やはり不思議な気分です。


 そんな私達はふふふ、と上品に笑い合い、そして――。


「――クソみたいに絵が下手なのに、自信満々に普通って答えるじゃないんですよ!? 詐欺ですよ詐欺!」


「そういう貴女の方こそ普通と答えておいて、気持ち悪いぐらい絵がバチクソ上手いではありませんか!? 私を騙しましたわね!?」


「そりゃあ今回のお題が自画像だったからですよ! 尊敬するお姉様に成り代わってお姉さまのご尊顔を書かせて頂いたら筆がノって過去最高の出来の絵が出来ただけですが!? というか何ですかあの絵は!? 絵心と芸術的価値のないピカソであらせられる!?」


「はぁ!? そういう貴女はカール・ラーションのような自画像をよくも書いてくれましたわね! 正直言ってあの画風は私好みではありましたが、入れ替わりが終わったら私の価値が大暴落するではありませんか!?」


「でしょうね! だってクソだったもの! 何ですかあのゴミは! 私があんなものを書いていると思われたらどうしてくれるんですか!? 千春ちゃんが泡吹いてぶっ倒れましたよ!? 私の立場で殺人未遂の絵を公開しないでくれません!?」


「それを言うのでしたら、安国寺さんも私のイメージをどんどん完璧超人に近づけさせるのを止めてくれません!? あんな絵を書いておきながら涼しい顔で普通だと言ったら美術部に後ろから刺されましてよ!?」


「お姉様以外の人間がどうなろうが知りませんよ!? これを機に勉強や絵が上手くなるきっかけになったとポジティブになればいいじゃないですか!」


「いーやーでーす! 学校の勉強するぐらいでしたら演技の勉強をやりますわよ!?」 


「せめて勉強ぐらいはやってくれません!? そんな頭良さそうな優等生お嬢様キャラをしておいて涼しい顔で赤点レベルの成績取るんじゃないですよ!?」


「アー。ワタシ。ニホンゴ。ワカラナイ? デース!」


「めちゃくちゃ流暢に日本語操っておいて、そういう時だけ外国人面しないでくれません!?」 


「悪かったですわね! 演技の仕事とかで忙しくて勉強が間に合わなかっただけですが!? 日本語の勉強やらでこちとら必死でしてよ!」


「勉強ぐらい間に合わせておいてくださいよ!? 勉強が出来ないお姉様なんて、只の顔と身体と声と演技が良いだけの女性じゃないですか!?」


「自分でこういうのも何ですが充分過ぎるスペックではなくて!? これ以上何を望みますの!?」


 こうして反省会と言う名の口喧嘩がまた始まった。

 何故か私の事を神のように崇め奉る安国寺雪鶴は、私の演技……というよりも、自身の中で神格化した私と現実の私の乖離がどうにも気に入らないらしく、何かがあればこうして解釈違いだとお互いに罵り合っているのです。


 もちろん、私も彼女のクソ女っぷりが気に入らないのでお互い様なのですが。 


「ちょっと! 喧嘩は止めなさい!」


そうこうしている内に、演劇部室のドアが突然開かれ、我らが学級委員長である柳田千春が姿を表したが……口喧嘩している私たちがその事を冷静に対処出来るはずもできるはずもなく。


「何ですか!?」

「何ですの!?」


 ――つい、互いが入れ替わっている事を忘れて素の口調で彼女に向かって、暴言を吐いてしまったのである。


「ひっ……!」


 突然の罵声に対して、千春は怯えたような表情を浮かべている。


 ――不味い。


 何が不味いって、まさか入れ替わり初日でバレてしまうだなんて夢にも思わなかったのですから。


 当然、それは安国寺雪鶴もそう思っているらしく、いつも余裕そうな表情を浮かべている彼女にしては珍しく冷や汗を流しているではありませんか。


「ご、ごめなさ……っ!」


 彼女は雪鶴の友人ではありますが、雪鶴と違ってまともな常識人なのです。

 そんな彼女が涙目になりながら、私達を見ているではありませんか。


 ……バレた?


 それは、分からない。

 今の彼女がどんな感情を浮かべているのかさえもあやふやです。

 取り敢えず、私は共犯者である彼女とアイコンタクトを取り、そして――。


「――ひぎぃ!?」


 千春の両頬を思い切って私たちの握り拳で殴りました。

 

 彼女は殴られた勢いで壁まで飛んで思い切りぶつかったが、遠目で見る限り脈はあるので死にはしないでしょう。


 かわいそうですが、こちらにも色々と立場というものがあるので彼女には記憶を失って貰えると本当に助かるのですが、さて。


「……仲直りしましょうか、お姉様」


 渋々、私は安国寺雪鶴になりきってそう言った。


「……そうですわね。学級委員長のような犠牲をもう二度と出さない為にも」 


 私たちは表面上での仲直りの握手をし、誰にもバレてはいけない入れ替わり劇を再開する。


「にしても、どうして千春ちゃんがここにいるのでしょう? 何か用事でもあったんでしょうか?」


「……そう言えば、千春さんに伝言を頼んでいましたわ」


「伝言? 何の?」


 そう尋ねると彼女はポケットの中から入部届と書かれた茶色の封筒を私に見せてきたではありませんか。


「この演劇同好会の責任者はこの学校の教頭ですの。名前を柳田やなぎた零衣れい。千春さんの叔母様に当たりますわ。教頭先生は忙しいだろうから、時間が出来たら知らせてくれるようにと千春さんに頼んでおりましたの」


「なるほど、合点がいきました。……で、その教頭の姪である千春ちゃんはどうしましょうか」


 彼女は未だ失神したまま。

 恐らく、彼女は私たちに伝言を伝えようとこの演劇部室にまで足を運んだのでしょうけれど、そんな真面目で頼れる委員長が陽光の光に照らされながら、ぴくぴくと痙攣し白目をむきながら気絶していらっしゃる。


「千春さんにはもう用はないですし、そのままにしておきましょう」


「お姉様には人の心がないんですか」


 安国寺雪鶴は私以外の人間に対して、余りにも無頓着すぎないのではないのでしょうか。


 私の事を盲信している癖に、長い付き合いである友人をこうも雑に扱う彼女の神経はとても理解できるものではありませんでした。


「全く……じゃあ、私が彼女を保健室に運びますから、お姉様は早くその教頭先生に会ってきてくださいよ」


「構いませんが、ここから保健室はかなり遠いですわよ? それに千春さんは重いですわよ?」


「問題ありません。日本人は軽いですしね」


 私はそう言って、意識を失った千春を抱きかかえてみせる。

 意識を失っているので流石に少しぐらついてしまう程度には重いが、このぐらいの重さなら何とか運べそうでありました。


「お、お姫様抱っこ……!?」


「演劇をしていると相手を抱きかかえるシーンだなんていくらでもありますからね。これでも筋力には自信があります」


「――羨ましぃぃぃいいいなあああぁぁぁ‼」


「ほら、演技をやめないで続けて。貴女は私のお姉様でしょう?」


「ぐ……うぅ……羨ましいですわねぇ……!」


 今にも血涙を流しそうな彼女を捨て置いて、私は保健室にへと彼女を運びながら向かおうとする。


 流石に運ぶ道中で人目にはつくだろうが、彼女を流れで殴ってしまったという後ろめたさもある事はあるのです。


 ここから出ようと演劇部室のドアを足で強く開け、私に変装した安国寺雪鶴を部屋に置いて、体育館の外に出ようとした瞬間。


 ――奇妙な物体が浮いているのを目撃した。


「……ドローン……?」


 鳥のように空を飛んでいるのではなく、地面を這うように低空飛行しているドローンが遠くの運動場で動いているのを目にした。


 この学校にはドローン部でもあるのでしょうか?

 別にドローンは珍しいものでもなんでもないので、私は飛んでいるドローンを無視して柳田千春を保健室に送り届けるべく、他の生徒の黄色い声援を背中に受けながら足を動かし――こうして、私たちの入れ替わり初日の学校劇は幕を閉じたのでした。

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不完全令嬢の復活劇 🔰ドロミーズ☆魚住 @doromi

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