第18話 サナ・イウィクティスという正義①

「……ねぇねぇ。後どれぐらいかかるのかな? 」


「さぁ。街によって入街にゅうがいにかかる時間はまちまちだから。追い返されなかったから訪問者を拒否してるタイプの街じゃないとは思うんだけど…… 」


 プロミとカナタが、ヒソヒソと薄暗く殺風景な部屋の隅で話し合う。

 私たちを監視する、入街官にゅうがいかんと思わしき老齢の男が、苛立たしそうに帽子のつばを上げ、部屋の隅に腰を下ろした2人を少し見る。


「……ハァ」


 だが、2人が楽しそうに話を続けるのを見て怒りが削がれたのか、帽子のつばを下げ、男は煉瓦れんが造りの冷たい壁にまた背中を預けた。


 街の入り口を見つけた時点で外はかなり暗く、それからしばらく経った今がそれなりの時間であることは想像に難くない。

 私たちの来訪のせいで仕事が延びてしまっているのは同情するな。


 コンコンコン


 男の寄りかかる壁の扉から3度ノック音がした。


「——いらっしゃったか! 」


「え? 」


 顔を明るくし、男は少し緩んでいた身だしなみを素早く正すと、扉の横でうやうやしく……あれはなんと言ったか。

 確か灰炎かいえんの日以前の文化の……そう、敬礼けいれいをした。

 

 どうやらこの扉の向こうの相手を私たちは待たされていたようだな。この男の間からして相当高い立場の人間か。


「揉め事は厳禁だからね。相手に逆らっちゃダメだよ」


 素早くカナタの耳元に囁きプロミが立ち上がる。

 

「うん……! 」


 キィィと音を立てて扉がゆっくりと開く。

 現れたのは、カッチリとした黒い服に全身を包んだ、プロミよりかなり背高の女性だった。


「ご苦労様です! カマナ室長! 」


「彼女らが報告の旅人か? 」


「はい」


 そうか、と言い、カマナと呼ばれた女性が私たちを値踏みするように見る。


 まつ毛の長い、りんとした双眸そうぼう

 粉雪のように目の細かく白い肌。

 少し気味が悪いほどに整ったその容貌ようぼうで見つめられ、思わずプロミの肩の上で後退あとずさりしそうになる。

 

「2人共旅人で、彼女がプロミ。子供の方がカナタと言います。またあのカラスはペットらしく、入街理由は旅の中途での補給及びに、人探しだそうです。荷物検査の結果も問題ありません」


「分かった。後は私と上が対処する。リゲル殿はかなり労働時間を超過ちょうかしている。今日はもう休むといい」


「は、はい! ありがとうございます! 」


 余程帰りたかったのか、男は勢いよくもう1度敬礼すると、そそくさと部屋を出ていった。

 それを見送ったカマナがくるりと振り向き、さて、と前おく。

 

「ラチノア統括室、第3室室長のカマナだ。単刀直入に結果だけを言わせてもらう。当街とうがい貴女方あなたがた入街にゅうがいを許可した」


「よかった」

 

 ほっとプロミが胸を撫で下ろす。


「だが、人口抑制の為移住は遠慮してもらう。また滞在中は無論のことだが当街の法に従ってもらう。最大滞在期間は4日だ。ここからはまず—— 」


「待って、1つだけ質問。カマナさんには敬語使った方が良い? 」


「……私のこの街における立場は貴女方あなたがたには関係ない。そして、私個人として敬語に特別なこだわりは無い。好きにしてくれ」


 淡々と要点だけを伝えるような口調は、私たちが部外者だから……いや、先程のやり取りからして地か。

 こうも真顔で淡々と話されるとかなり威圧感がある。


 私は何か責め立てられているかのような気分になったが、プロミは気にする様子もなく笑った。


「分かった。ありがとう、カマナさん」


「感謝されるようなことではない。それでは、これからこちらで用意させてもらった宿泊施設へ移動してもらうが、何か質問はあるか? 」


「えっ、カマナさんが案内してくれるの? 」


 驚いた様子でプロミが眉を上げる。

 丁度、私も同じ疑問が湧いていた。

  だが当の本人は私たちの質問の意図が分からないのか無表情のまま首を少し傾げた。


「そうだが。何か不都合があるのなら教えてくれ」


「い、いや。不都合があるとかそういうわけじゃ無いよ。寧ろわざわざありがとう」


 プロミが慌てて首を振る。

 それを見るとカマナは無言で振り返り、扉の奥へと進んでいった。

 ぱたぱたと私たちもその後を追う。


 扉の奥の通路には最低限の灯りしか設置されていなく、ひんやりとした薄寒い空気は、暗い洞穴どうけつの中を進んでいるようだった。

 地上のポツンと設置された入り口を見つけた時に察していたが、ラチノアは典型的な降灰街こうかいがいのようだ。


「あれ、行き止まりだ」


「いきどまり…… 」


 正面を見ると2人が言う通り、石の通路は少し先で途絶えていた。

 だが、カマナは気にする様子もなく通路の突き当たりまでそのまま歩いて行く。

 隠し扉でもあるのだろうか?


 コツ コツ コツ コツ カン カン カン


「え? 」


 カマナの近くまで歩いて行くと、2人の足音が突然変わった。

 暗くてよく分からないが、床の材質が変わったようだ。

 ここまでの石の通路よりもずっと軽く響く音だ。


「下が空洞になってるの……? 」


「この降下車こうかしゃに乗り、ここから約986メートルほど地下の居住地区に行く。危ないから動くなよ」


 困惑する私たちをよそに、カマナが淡々と告げる。

 カマナが横の壁についた、赤く錆びついたレバーのような物を引いた。


「降下車……? うわっ! 」


「えっ」


 ガゴンッと一度大きな音を立てた後、地面がゆっくりと下に動き出す。

 驚いたカナタがプロミの足にしがみついた。


 目の前の石の通路が上へと持ち上がって行く。

 いや、違う。私たちが下がっているのか。


「所要時間は7分と56秒程だ」


 カマナの正確すぎる予定を聞きつつ、私たちの乗った箱は地下へと沈んでいった。

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