第19話 サナ・イウィクティスという正義②

「どういう仕組みなんだろ、これ…… 」


「この降下車こうかしゃ当街とうがいの研究施設、リコリスが8年と4ヶ月前に発明及びに実用化に成功したものだ」


 リコリス……研究所の名前か。

 なんとも奇遇きぐうだな。


「研究施設って考古学の? 」


 無言で頷き、カマナが頭上を指差す。

 上を見上げると、ゴンドラはプロミの腕ほどの太さもありそうな、何本ものワイヤーに吊るされているのが分かった。


「このワイヤーは上で滑車を通っている。そして、ワイヤーの両端には、私たちの今乗るゴンドラと、それに釣り合うおもりを付けてあって、最低限の労力で動く仕組みになっているんだ」


「? プロミさん、どういうこと? 」


「う、うん、ごめん。私もよく分かんないや」


 プロミが恥ずかしそうに頭を掻く。

 カマナが表情を変えずにうつむいた。

 

「分かりやすく伝えられず申し訳ない」


「ううん、カマナさんは悪く無いよ。他の降灰街こうかいがいだとこんなの見たことないから、想像が上手くつかなくて……」


「確かにこの装置を当街とうがい以外で作るのは難しいだろう。これが作れたのはラチノアの地理的要因と、サナ殿の尽力があってこそだ」


「ちりてきよーいん……? 」


 カナタがたどたどしくカマナの言葉を繰り返す。

 

「ラチノア周辺は隆起の影響で、灰炎かいえんの日以前の不燃地層ふねんちそうが地表付近にある。だから考古学に非常に適していて、街作りにもその技術が多く転用されているんだ。この降下車はエレベーターという遺物いぶつを参考に作成されている」


「……へぇー? 」 


 カマナの子供に対する配慮を知らない説明に、カナタがうつろな目でぼんやりとした相槌を打つ。

 だが横を見ると、そんなカナタとは対照的にプロミは感動したようで、キラキラと目を輝かせていた。


「遺物を利用するだけじゃなくて、遺物の技術を転用できるなんて…… この街本当にすごいね」


「技術転用が出来るようになったのはサナ殿が所長になったからだ。今のラチノアに、街として誇れるものはない」


 プロミの感想をカマナが陰鬱いんうつな面持ちで否定する。

 卑屈ひくつ、という訳ではなく、本当に街の未来をうれいているようだ。


 プロミが何か気遣いの言葉でもかけようとしたのか、口を開きかけるが、直ぐにやめてしまう。

 カマナの横顔はその美貌びぼうのせいか、単なる憂いの表情に、近寄ることのできない神聖さに近いものをまとわせていた。


 先程まで静かだったはずの降下車の音が、妙にハッキリと聞こえ始めた。


   ◯


 降下車を降りて、アリの巣のように入り組んだ石の通路をしばらく進んで行くと、通路の突き当たりに白いドアがあった。

 カマナが胸ポケットから取り出した小さな鍵を金属製のノブに差し込み、回す。


「ここが貴女方あなたがたの部屋だ」


「おー」


「ひろーい! 」


 カナタが真っ先に部屋の中に入って行く。

 部屋はセンジュの家と同じ程の大きさで、突然訪れた私たち3人にあてがわれるには、十分すぎる広さだった。


「わっ! 」


 カナタが興奮を抑えられない様子で、部屋の中のベットに、ボスンと飛び乗る。

 ベットを使えるなんていつぶりだろうか。

 今だけは自由に動けるカナタがうらやましい。


「本当にこんな良いとこ使わせてもらっちゃって良いの? 」


「元々、安全のために来客はこの部屋を使ってもらうことになっている。気にする必要はない。特に問題が無ければ私は戻るが、良いか? 」


「うん。大丈夫。ありがとうカマナさん」


「そうか。では明朝の7時に再び来る」


 無機的に答えると、カマナは静かに部屋を出ていった。

 結局、終始あの鉄面皮てつめんぴが崩れることはなかったな。


「ふぅー……、カナタちゃん気持ちいい? 」


「うーん、ふかふかぁ」


 カナタがベットにうつ伏せのまま答える。

 それを見たプロミが不敵ふてきに笑った。


「ナチャ。私ってまだ子供だよね? 」


「子供……ではないと思うぞ」


「子供ならベットではしゃぐのもアリだよね? 」


「いや、子供では無—— 」


「カナタちゃん、行っくよー! 」


「待て! せめて私を下ろしてから——ぬわっ!! 」


 その後、プロミがカナタの隣のベットに飛び込んだのを皮切りに、ベット飛び跳ね大会がしばらく開かれたことは言うまでもない。

 

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