第8話 利己に咲くヒガンバナ⑤

 

「まったく。さっきの威勢いせいはどこへ行ったのだか」


 焚き火の近くに置いたバックに横たわり眠るカナタを見下ろす。私の顔を見たプロミが苦笑いした。


「いつもよりは粘ってたんだけどね。しょうがない、運んであげよっか」


 プロミが共にカナタを優しく持ち上げ、あらかじめ広げておいた寝袋に運ぶ。

 まだカナタとの旅も6日目だが、プロミは早くもこの作業に大分慣れた様子だった。

 まあ、毎晩この調子なのだから当然と言えば当然だが。


「あの子、プロミさんの妹か何かなのか? 髪色が違うみたいだが」


 カナタを寝袋に運び終わったプロミに男が尋ねる。

 カナタは夜空のように深い黒髪。一方のプロミの髪は明るい橙色だいだいいろ

 姉妹と思うのには無理があるだろう。


「いや、ついこの間仲間になったんだよ。平原の真ん中で倒れててね。でもそっか、妹に見えるんだぁ……ふふっ」


 姉妹と思われたのが嬉しかったのか、プロミがだらしなく口元を緩める。だが男は渇いた笑みを浮かべ目を伏せた。


「なんの利益もないだろ、そんなこと。あんたら食糧に困ってたんだろ? なら、知らない子供なんて置いてけばよかったんじゃないのか? 」


「そうなのかもね」


 プロミがどこか遠くを見る目でカナタの眠る寝袋を見つめる。


「でも、私は人を助ける為に旅をしてるから。救うと決めたあの子を、見捨てるなんて選択肢はないよ」


 キッパリとプロミが言い切る。

 男が焚き火に視線を落としたまま、目を細めた。


「人を助ける旅、か。立派だな」


 悲しそうに、それでいて純粋な敬意のようにも感じられる言い口だった。会話が途切れ、辺りが静まり返る。

 焚き火の積み上げられた空き缶が、完全に灰化し、バランスを崩しぐしゃりと潰れた。


「昼間のアレ。プロミさんは火葬人おくりびとなんだろ? 」


 男の問いが沈黙をいた

 プロミが黒い焚き火から目を離し、男を見る。


「そうだよ」


 躊躇ためらいなくプロミが答える。

 男は静かに、そうか、とだけ言った。


「正直。昼間のアレを見て、俺は、あんたが灰炎かいえんの日の犯人なんじゃ無いかと、疑ったよ。火葬人おくりびとには何百年も生きる事ができる奴もいるらしいし、そもそも火葬人自体の母数が少ねぇからな」


 男がふところに手を入れ、1枚のセピア色の紙を取り出した。

 紙を男がプロミに手渡す。

 横から覗き込むと、そこには、人の良さそうな笑顔を浮かべる1人の老人の姿があった。


「これは……絵、なのか? 」


「いや、シャシンっていう絵とは違う物だ。それは俺のじいちゃんが昔旅人に撮ってもらった物らしい」


 言われてもう1度写真の老人をよく見ると、目つきや輪郭りんかくが目の前の男にどこか近しいものがあった。


「じいちゃんは、俺が6つの時に火葬人おくりびとの炎に焼かれて死んだ。……大好きな、たった1人の家族だった」


 男が上を向く。

 数秒灰に覆われた空を眺めると、再び私たちに向き直った。


「昼間、俺はあんたを殺そうと思ったんだ」


 男の声は少し震えていた。


「確証はなくてもじいちゃんの仇の可能性がある以上、その価値はあると思った。火葬人おくりびとなんて……人間じゃないようなもんなんだから、心も痛まなくて良いって思ったぐらいだぜ? ふざけてるよな。人殺しをそんな簡単に考えて。ふははっ、ははははは—— 」


 男が笑いだす。その笑い声が、どうしてか私には痛みを堪える声のように聞こえた。

 ひとしきり笑った後、男が脱力するように座り込む。


「さっきも。いや、会った時からずっと。あんたは、俺なんかよりも……俺が知る誰よりも人間だった」


 男の握りしめた手から溢れた赤い血が、足元の灰ににじむ。


「人を殺すなって、昔はじいちゃんがよく言ってた。俺に、あんたは殺せない。まぁ……だからつまり俺が言いたかったのは…… 」


 男が立ち上がり頭を下げる。


「俺は、あんた達から物を取ろうとした上に、殺そうとすら思った。謝ってどうなることじゃないってのは分かってる。それでも……すまなかった」


「……」


 私には、誠実な言葉に思えた。

 とても嘘とは思えない。嘘だとしてもこんな危険を高めるだけの嘘はつく理由がない。

 自分や、自分との約束に嘘をつけない人間なのだろう。

 こんな男が盗賊をするのだから、この世界は救えないな。

 プロミが微笑み、頭を下げた男に手を差し出す。


「謝ってくれたから、もう良いよ。結局何もしてないんだし。明日もよろしくね」


 男がゆっくりと頭を上げ、プロミの手を握り返す。

 焚き火の炎が風で揺らぎ、男の顔は闇に隠れて見えなかった。


「……ありがとう」


 男が静かに感謝を告げる。

 燃え尽きた世界の静かな夜に、男の言葉が溶け込んでいった。


   

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