第7話 利己に咲くヒガンバナ④

「ふぅ…… 」


 足を止め、マフラーをずらし、プロミが白い息を吐いた。吐いた息が沈みかけた日に照らされ、赤く染まる。

 プロミの背中で眠っていたカナタが止まった事に気づいてか、パチリと目を開けた。


「きゅうけいするの? 」

 

 眠そうに目を擦りながらカナタがぽやぽやと尋ねる。

 昼間の危機からは想像できない、いつも通りのカナタの姿だ。そして、それに対するプロミの様子も全くと言っていいほどいつも通りだった。


「ううん、今日はここまでにしておこう。日が暮れる。おーい! 」


 プロミが先頭を歩く盗賊の男を呼び止める。

 だが、男はプロミの声など聞こえていないかのように、そのままの速度で歩き続けた。

 カナタが不思議そうに首をかしげる。


「……? ねえ! 」


「うおっ⁉︎ 」


 プロミがもう1度、今度はさっきよりも大きな声で呼ぶと男は声を上げてその場に尻餅をついた。

 こちらを振り向き目をパチクリとさせると、慌てて尻の灰のはたきながら立ち上がる。


「……分かった。今行く」


 男がサクサクと戻ってくる。

 聞こえていない振りではなく、本当に耳に入っていなかったのか? この距離で?


「本当にどうしたんだ、あの男は…… 」


 プロミにも聞こえないように口の中で小さく呟く。

 昼間、火山地帯の盆地を抜けてから男はずっとこの調子だった。

 何かを考えている様子で、何を言っても何処か上の空。

 ここまでの道中でも一体何度転びかけたことか。

 こんな灰しかない場所で転びかけるのだから相当だろう。

 昼間のあれを見れば無理もないことかもしれないが。


「ねぇナチャ。今日は雨降りそう? 」


「ん、そうだな」


 空をぼんやりと見上げる。


「いや、まだ降らないと思うぞ」


「オッケー。じゃあ今日も寝袋だけで良いね」


 プロミがバックから寝袋を2つ取り出して、片方を焚き火兼食事の用意をしていたカナタに。

 もう片方をまたしても何かをぼーっと考えていた男に渡した。


「うぉっと……⁉︎」


 男が投げられた寝袋をあたふたとキャッチする。

 そして、何か信じられないものでも見るかのように寝袋とプロミの顔を見比べる。


「これ、まさか俺が使って良いのか? 」


「? むしろ他に誰が使うの? 」


 バックを閉め、本当に質問の意図がわからない様子でプロミが聞き返す。

 その顔を見て男が余計困惑の色を濃くした。


「俺は、盗賊なんだぞ? それにあんたが寝る分の寝袋はあるのか? 」


「それは心配しなくて良いよ。私たちは眠れないから」


「は? 」


 男が間の抜けた顔をする。

 すると話が聞こえたのか、仕事を終え、焚き火の横に座っていたカナタがてってと駆け寄ってきた。

 ぞくの男の足元まで行き、男の少しすすけた緩いズボンを軽く引っ張る。


「わたしもね……プロミさんとかナチャちゃんも寝たほうが良いよって思うんだけど、 2人ともだいじょぶだからって…… 」


「今までこの2人が寝た所、見た事ないのか?」


 コクリと無言でカナタが頷いた。

 ため息を吐き、男がわしわしと髪を掻く。


「だから昨日のもバレてたわけか」


「ここに来るまでに、生きる為に色々薪に焼べてきちゃったからね。もう普通の人じゃないし、カラスじゃないんだよ、私たち」


 プロミが、たはは、と屈託くったくなく笑う。


「寝袋だって本当は必要ないんだ。だから本当に気にしなくて良いよ」


「夜の間に俺が逃げたり、あんたらを殺すとは思わねぇのか? せめて縄ぐらい—— 」


「思わない」


 即答したプロミにセンジュがたじろぐ。


「……なんでだよ」


「殺されるかも、なんて疑われたら誰だって悲しいでしょ? 」


 親が子供に当然のことを諭すようにプロミが穏やかに答えた。男のひとみが、かすかに、だが確かに揺らぐ。


「さ、ご飯にしよ。早くセンジュさんの家につかないといけないんだから」


「ごはん……! 」


 カナタがぴょんぴょんと跳ねる。

 その姿を見てふと思い付く。


「カナタは食べ終わった後、今日こそは眠る前に自分で寝袋に行ってみるのはどうだ? 」


「うん……! 今日は自分で行く」


 私の提案にカナタが胸を張って息巻いた。

 さて、どうなることやら。


 2人が焚き火の周りに座る。

 何かに気づいた様子のプロミが振り返った。

 私も後ろを振り向くと、何故か賊の男は焚き火から一歩引いた場所でぼーっと、立ち止まっていた。

 

「センジュさん、どうかした? 」


「……あぁ、何でもない」


 少しの間を置いて、男は気の抜けた返事をすると、ゆっくりと4枚の皿の並べられた焚き火の周りに腰を下ろした。

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