第9話 利己に咲くヒガンバナ⑥

「むぇ? 」


 盗賊の男、センジュの謝罪から一晩明けた翌日。

 灰の荒原を歩いている途中、カナタが妙な声を出した。

 

「どうしたカナタ。それは……? 」


 カナタが自分の鼻先に付いたそれを指で摘み取り、食い入るように眺める。

 赤い……薄紙うすがみ


「プロミさん。これ何かな? 」


 カナタが背中からプロミに赤いそれを手渡す。

 だが受け取ったプロミも見覚えがないのか無言で眉をひそめた。

 私たち、もとい私とカナタを体に乗せたプロミが止まっていることに気づいたセンジュが戻ってくる。


「どうかしたのか、プロミさん? 」


「うーん。センジュさんこれ何か分かる? 風に乗って飛んできたらしいんだけど」


 プロミが持っていたそれをセンジュに渡す。

 すると、それを見たセンジュが少しそれとプロミを見比べた後に破顔した。

 

「知っているのか? 」


「あぁ。良ーくな。もう直ぐ俺の家に着くぜ」


 赤いそれを、優しく自分のズボンのポケットに入れると、再びセンジュは歩き出した。

 プロミも再びセンジュの後を追って歩き出す。

 センジュの進む方向には灰の丘があった。


 サクサクサクサクサクサクサクサク


 妙に素早くセンジュが坂を登っていく。

 そして私たちよりもだいぶ早く丘の頂上に着くと、こちらを振り返り笑顔で手招きした。


「あんたら植物見たことないだろ? 」


 センジュが楽しそうに少し先から私たちに尋ねた。

 植物か。


「図鑑や絵で少し見たことはある程度だな」


「私もー! 」 


「わっ、わたしも! 」


 2人が手を挙げて私に賛同する。

 それを見たセンジュが満足そうな顔をした。


「植物にはさ、花が咲くんだよ。赤とか黄色とか、いろんな色の花が」


 サクサク サクサク サク……サク……


 私たちを乗せたプロミが、先に行っていたセンジュに追いつく。センジュが丘の反対側を無言で指差した。

 指差した方向に目を向ける。


「ヒガンバナって言うんだ」


 そこには——まるで鮮血のようなあかが広がっていた。


「すごい…… 」


 私たちの立つ小さな丘の片側の斜面を埋め尽くす、数えきれないほどの真っ赤な花々。

 その花弁の1枚1枚が燃えるような真紅しんくに色づいている。


 それはまるで、この灰の世界でかすかに燃え続ける、花たちの命の灯火のようだった。

 息することすら忘れ、その光景に見入る。


「じいちゃんの好きだった花でさ。じいちゃんが死んでからは、俺がずっと育て続けてる」


 センジュが赤い花の海の中へと足を踏み入れた。

 プロミもその後に続く。

 センジュの歩く道は普段から通っているせいか、そこだけはヒガンバナが生えていなかった。


 プロミがしゃがみ込み、足元の土をすくった。

 指先でその土をつぶし、こねる。


「ナチャ。本物だよ……これ」


 夢でも見ているかのような表情でプロミがポツリと言った。いや、私もこれが夢でないかと疑いたくなる。

 まさか世界にまだこんな場所が残っていたとは。


「これが、どうかしたの? 」


 何に私たちが驚いているのか知らないのであろうカナタが、不思議そうにプロミの持つ土を突いた。


 知らないんだろう。これがなにか。

 記憶喪失だからではない。知らなくて当然だ。

 私たちとて見るのは生まれて初めてなのだから。


「生えている以上当然だが……土壌どじょうが存在するのか」


 本当に一体なんなんだ、ここは。


「おーい。そろそろ家の中に入らないか? 」


 呼ばれて我に帰る。

 センジュの声のした方を見る。

 花畑の中心に小さな木造の小屋があった。

 あれがセンジュの家なのか。


「……分かった。今行く」


 名残惜しそうに手元の土を少し見た後、プロミはセンジュの家へと歩き出した。


    ◯


「凄いな」


 センジュの家は想像以上に家具が充実していた。

 ここ最近見た家の中では1番かもしれない。


 テーブル、イス、暖炉だんろ、クローゼット。

 極め付けに大量の本まである。

 こんなに状態の良い本など久しぶりに見る。

 

「俺のご先祖は、灰炎かいえんの日の前まで、砂漠を緑化りょくかする計画をかなり大々的にしてたらしいんだ。あっ、砂漠ってのは砂とか岩しかねぇ大地のことらしい」


 センジュがテーブルのイスに腰掛けた。

 プロミがその反対のイスに。プロミの背中から降りたカナタはプロミの隣に座る。

 少し迷うが、私はいつも通りプロミの肩の上にしておく。


「ここは元々その研究所のある場所だったんだ」


 センジュが地面を指差す。


「ご先祖と数人の仲間は灰炎かいえんの日に、研究施設の1つがあった地下うん百メートルにいて助かったらしい。そして、周囲がこの灰しか無いって分かった途端、直ぐに研究施設にあった砂を使って作れるだけの土壌を作った」


「ご先祖様、決断早いね」


 プロミが突っ込むと、センジュは肩をすくめた。


「なんでもだいぶ変人のたぐいの人だったらしくてな。他の人たちが救援とかを待つ中、1人だけ今みたいな世界で生きる事を即覚悟したらしい。ろくな情報も無いのにとんでもない賭けをしたもんだよな」


「だが、結果的には大成功だったわけか」


 随分と割り切りの早い人間もいたものだ。

 普通人間は、今までの全てを諦める判断などそうできないものだが。


「それで、なんやかんやありつつ俺までの代がこの庭園を管理してきた。単なる花畑に見えるかもしれねえが、割とハイテクなんだぜ? 」


 センジュが窓の外、花畑の上の方を指差す。

 そういえば窓ガラスも相当久しぶりに見るな。


「雨水を濾過ろかして貯蓄ちょちく散布さんぷするシステム付き。俺のし尿も肥料に活用してる。この家の暖炉の燃料にも枯れたヒガンバナを使って、出た灰も、単なる炎で燃やしたからそこら辺のと違って肥料にできる」


「「おおー」」


 2人が揃って感嘆かんたんの声を上げる。

 もっとも、カナタの方は何のことかいまいち分かってはいないのだろうが。


「見たかったら見に行っても良いぜ。食料は用意しておくからよ」


 外の花畑を見てそわそわとしていたプロミが顔を輝かせた。


「本当⁈ やった、行こうカナタちゃん! 」


「う、うん! 」

 

 カナタの手を掴み、バタバタとプロミは家の外へと飛び出していった。

 開け放たれた扉の先で、2人が花畑を駆け回るのが見える。


「まったく。元気だなあの2人は」


 プロミのいなくなったイスからテーブルの上に飛び乗り、クックッ、と笑う。老人くさい話だが、あの2人を見てると私まで力をもらえるような気すらする。

 さて、私も——


「ナチャさん」


「ん? 」


 振り向くと、センジュがどこか思い詰めたような顔をしていた。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」

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