六「生徒会の推察」④

 怯むな、か。我ながら何をそんなにビビってるんだ。いや、違うな。ビビってて当たり前なんだ。だって俺はこれから、確実にこの責任感の強い少女を、傷つける事になるんだから。


 俺は一度大きく息を吸って、長めのため息をついた。正面に座る金木を見据える。

 よし、始めるか。


「そうだな。取り敢えず、初めから洗い直してみないか。まあ確認作業だ」


 俺の言葉に、二人はすぐに同意した。


「いいわよ」

「おっけー」


 二人の同意を確認してから、話し始める。


「まず俺は、ある日曜日に辻沢総合病院へ来るように、金木に呼ばれた。何故だったか覚えてるな?」


 俺は敢えて質問形式にして、金木に尋ねた。理由は単純だ。この方が双方納得した形になると思ったからだ。

 金木はすぐに理解して反応をよこした。


「ええ、当たり前よ。私はおばあちゃんの話をするために呼んだの」

「そうだ。その日、俺は床に伏せる金木の祖母と会った。そしてその後、これを渡されたんだ」


 俺はそう言って、さっきテーブルに乗せた封筒を開けた。





  内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ





「これは現段階では、金木の祖父からの遺書であると思ってる。ここまでは全員認識に間違いはないな?」


 二人は静かに頷く。俺は続けた。


「問題は、これが誰に向けた『遺書』だったのか、だ」


 俺は再度金木の顔を見た。金木は頷くと、言った。


「おじいちゃんとおばあちゃんは両家の為にお見合い結婚だった。おばあちゃんはそれでもおじいちゃんの事を愛そうって決めてたけど、おじいちゃんには元々別の好きな人がいたわ。昔からの幼馴染で、互いに好き合ってたって、そう聞いてるわ」

「ああ、そうだ。この日、俺は金木の祖父からの『遺書』の意味を求める為に、金木と推理ゲームをする事になった。金木一郎は、誰に向けてこの『遺書』を残したのか。金木の祖母か、かつて愛した幼馴染か、はたまた別の第三者か……」


 俺は自分の中でも反芻するように口にした。そう、これは推理ゲームだ。互いに責任を乗せない為に、互いに重荷を感じないために、そうしたんだ。


「取り敢えずその日は解散し、後日俺達は金木の祖父が教師として関わっていた、辻沢工科高校生徒会について調べることにしたな。そして見つけた筈だ。俺達はある資料を」


 俺は金木の顔を見た。金木は頷くと、すぐに答える。


「『生徒会月報』ね。辻沢市民図書館の書庫にあった。その中におじいちゃんが、誰かに向けて書いた『恋文』が載ってたのよ」

「そうだ」


 そう言って、俺は携帯の画面を二人に見せた。二人はテーブルに置かれた携帯を覗く。





    教諭記述欄


 我が青春の地は遥か彼方に。しかし、彼らと触れ合う事で、やっと青春を取り戻す事が出来た気がする。


 私は恵まれた。きっと、彼らに出会わなければ、機会すら訪れなかっただろう。


 最早言葉は綴れない。しかし伝えたい。貴方への想い。


       一九六〇年 十二月十二日

              金木一郎    いちろう





 携帯の画面には『生徒会月報』が写真で写っていた。


「写真で悪いな。原文は借りてきてないんだ」

「平気よ、充分見える」

「おお、問題無いぜ。……そういやこんな内容だったな」


 予想通り、嵐士はうろ覚えだったか。まあそこは構わん。その為の確認作業だ。


「これは『生徒会月報 躍飛やくとまる 第四 一月号』だな。そしてその二ページ目の教諭記述欄に書かれていた文章だ。一見すると、『遺書』と似た部分も多いから、二つは同一視してしまいそうになる。だが俺は、この二つは別々の物だと考えてる」

「どういう事だよ」


 嵐士はすぐに聞き返してきた。だがこれも予想通りだ。


「一つずつ説明するさ。取り敢えず、これで確認作業は終わりでいいな?」


 二人は互いを見合うと、静かに頷いた。

 ふむ。これで第一段階はクリアだ。次からは説明パート。さて、どうするか。

 俺は二人の顔を見渡してから、言った。


「先に言っておくことがある。一つは、俺は効率厨なので、結論を言ってから解説をするという事。もう一つは、俺がこれから話す事に何か不満があっても、仮説自体への質問は最後にお願いしたい。それでも構わないか?」


 二人は何も言わず頷いた。


「よし、助かる。じゃあまず、俺の仮説だが……」


 息が詰まる感覚に陥る。こんなの十六年の人生で初めてだ。俺は大概、臆病者だったという事か。話し始めに金木に何かを問うた方が話しやすいか?


 いや、金木は既に覚悟を決めている。最早それを確認するのは、金木に対する侮辱になる。なら俺は、効率的に、合理的に、説明をするだけだ。


「『生徒会月報 躍飛丸』。ここに書かれた『恋文』は、金木の祖母へ宛てた物ではない」


 俺の言葉に、二人の顔が一気に強張ったのが分かる。俺は敢えて無視して続けた。


「一つずつ、説明してくぞ」


 その時金木は何かを言いかけ、飲み込むと、一回だけ頷いた。





 座っていたソファの前部分に腰をずらす。膝に肘を置く形で、前のめりに二人の顔を見渡してから、俺は始めた。


「さっきも確認したが、俺達は『金木一郎』が嘗て教鞭を執っていた辻沢工科高校、その中でも深く関わっていたであろう生徒会の存在を知り、調べた。そして紆余曲折しながらも、生徒会の先輩達の手伝いのお陰で、『生徒会月報』を見つけ、その中の『恋文』も発見する事が出来た。

 ここで俺は、一つの疑問を持った。何故『恋文』は、『生徒会月報』の四号からしか書かれていなかったのか、だ。だがそもそも俺達は、金木一郎が生徒会の担当になったのがいつからかは分かっていない。だからこそ、この空白の三年間は、何なのか。俺は調べる必要があった」


 再度二人の顔を見渡す。二人はただ俺の顔を見つめて黙ったままだ。俺は一度お茶を口に含んでから、続けた。


「調べた結果は、簡単だ。金木一郎は最初の三年間は生徒会の担当じゃなかったんだ。創刊号から三号までの三年分を読み込んでみたが、教諭記述欄は別の教師のコメントとサイン欄だったよ」


 俺は言い切り背中を背もたれにつけた。すると漸く嵐士は、口を開いた。


「え? そだっけ?」

「ああ、これを見てくれ」


 そう言って、俺は携帯の画面を二人に見せる。二人は言われた通りその画面を覗いた。


「これは……ほんとね」

「わー、ホントだ」


 携帯の画面には創刊号から三号までの教諭記述欄が写真で写っていた。


「俺は資料を持ってくると思っていなかったから、写真に残してたんだ。金木、お前さては四号からしかちゃんと読んでないな?」

「だ、だって。最初に開いた時に『恋文』っぽいのは載ってなかったし……」


 金木は思わず焦ったような声を出した。俺は再度前のめりになる。


「創刊号から三号までは、『恋文』の影も形も無かったんだ。何故ならその三年間は『恋文』などそもそも存在しなかったからな。だって、担当教諭が違うんだから」


 俺は念を押すように二人の顔を見た。嵐士は不服そうな顔で、聞いてくる。


「まあそこまでは分かった。分かったんだけど、じゃあ結局誰に向けて書いた物なんだよ。金木のおばあちゃんなんじゃねえの?」


 ムッとした表情の嵐士に、金木は俺に視線を向けながら言った。


「それは、ここからの説明で教えてくれるってことよね」

「ああ、これから説明する」


 そう言って、俺はお茶を口に含んだ。思ったより口が乾いていたから。


「次は、誰に向けて書いたのか、だな」


 二人の顔から緊張が伝わってくる。だが俺は、金木の身体の震えには気づかなかった。


「これについては完全な推測だ。もし二人が俺の推測を上回る理論を出してきたら、多分勝てない。それを前提にした上で、金木一郎の想い人が、金木の祖母で無いことは説明できると思う」


 二人は、黙ったままでいる。


「まず、金木一郎はこれを書いた時点で既に結婚していた。求めていた形で無かったにしても、それは間違いない。だが求めていなかった、というのが大事なんだ。俺はこの時、金木一郎には結婚相手とは別に想い人がいたと思ってる」

「だ、誰なのよ」

「学校関係者、またはかつて愛した幼馴染、って所だろう」


 俺はもう一度携帯の画面に『生徒会月報 躍飛丸』の一文を見せた。


「これを見て、何か思わないか」


 二人は少し考えるようにしてから、先に嵐士が答えた。


「いや? ただの『恋文』じゃねえの?」


 金木も同意するように頷く。


「じゃあ質問を変えよう。何故、金木一郎はこんなものに『恋文』を書いたんだ?」

「それは……おばあちゃんに向けて書くのに、丁度良かったからじゃないの?」

「何でわざわざ見づらい物に書いたんだ? 当時の事は知らんが、『生徒会月報』を今のようにプリントしていた訳では無い筈だ。なら当然、学校の掲示板に貼り出すはず。だがそしたら、金木の祖母は殆ど目にする事はなくないか?」


 二人は驚いた表情のまま、黙り込む。俺は続けた。


「なら必然的に『生徒会月報』を目にする可能性が高い人に向けて書いた筈だ。そうなると、学校関係者の可能性が高い。学校に入れる人間は限られている。学校に出入りする人間は、嘗てピアノの音のゲームの時にお前らが言ってたな。教師と生徒と外部の人間。外部の人間は、業者や保険医だと」


 二人は一度視線を外し、思い出したかのようにまた俺を見つめた。不意に、金木が俺に言う。


「ちょっと待ってよ。外部の人間なら保護者も入るわよね。なら教師の家族である私のおばあちゃんも、外部の人間並みに『生徒会月報』を目にする機会はあるんじゃない?」

「普通ならそうかもしれない。だがお前の祖父の場合はそれは無いんだ」

「な、なんでよ」

「もしお前の祖母へ向けた手紙なら、わざわざ『生徒会月報』を使わないからだ。『生徒会月報』はあくまで公的な文章だ。お前は病院で祖父の事を、無口で硬派だと言っていたな。そんな人間が自分の妻への想いを、ルールを破ってまで公的文書に綴るとは思えない」

「で、でも……」

「さらに言えば、教師の家族が、頻繁に学校に来ることはほぼ無いと思う。単純に、来る理由がないからな。だからこそ、学校の掲示板に貼る『生徒会月報』に、自らの想いを綴ったんだ」

「それは……」


 金木は狼狽えているように見える。不意に、嵐士が俺に言った。


「じゃあ他の保護者は? ドラマじゃねえけど、他の保護者を好きになった可能性もあるよな」


 この質問が出るって事は、嵐士の中の金木の祖母の可能性は消えたのか。それとも気になっただけなのか。取り敢えず俺は答えた。


「それもない。何故なら金木の祖父、金木一郎は、不倫をするような人間じゃないからだ」


 俺の断言に、二人は目を丸くして止まった。不意に、嵐士が聞いてくる。


「ちょ、ちょっと待てよ。春馬は今、金木のおじいちゃんが不倫してたって言ってたじゃねえか」

「誰がそんな事を言ったんだよ。俺は『恋文』は金木の祖母に向けた物ではない、としか言ってないぞ」

「どういうことよ?」


 俺は一度大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐いた。焦らず、しっかりと説明をするんだ。


「あくまで俺の推測だが、金木一郎は結婚後、奥さんとは別の人を好きになってしまった。これは状況的に学校関係者か、または別の人間か。幼馴染の可能性もある」


 すかさず嵐士が聞いてくる。


「なんでだよ?」

「幼馴染の情報がないからだ。金木、お前は金木一郎の幼馴染について何処まで知ってる?」


 俺の質問に、金木は少し考えてから答えた。


「……殆ど知らないわ。おばあちゃんもおじいちゃんからはほぼ聞いて無いって言ってたし」

「ああ、だろうよ。だから可能性があるんだ。金木の祖父が元々好きだった人物は、嵐士が言っていた様に、昔、一緒に故郷から越してきていたかもしれない。そしたら同じ職場、もしくは近い場所で働いていても不思議じゃないはずだ。少なくとも、金木の祖母よりは『生徒会月報』を見る機会があるということを、否定は出来ないだろ」


 嵐士は俺の返答に、なるほどな、と言うと黙った。

 不意に正面を見た。金木はジッとこちらを静かに見つめている。


「……話を戻すぞ。金木一郎は不倫をするような人間じゃ無かった。何故か? 嵐士、お前は金木の祖父母の故郷に行って、何か聞いてないか? 金木一郎の人となりとか」


 嵐士は少し考え、思い出しながら答えた。


「えっとー……、めちゃくちゃ評判は良かったぜ。凄い真面目で、ちょっと堅苦しい時もあるけど、困った人は見捨てられないし、誰よりも率先して人助けをするような人だった、って」


 ふむ。やはりな。


「金木は、祖母から聞いた印象はどうだった。不倫をするような人だったのか?」


 金木は首を横に振った。


「いいえ。真面目で硬派で、無愛想だし無口だけど、人を裏切る様な人じゃないって、そう聞いてる」


 金木の表情は暗い。俺は頷いた。


「金木一郎は、真面目で硬派、無愛想で無口だが、誰よりも人を助けようとした人間だった。そんな人間が、不倫をすると思うか?」


 二人は首を横に振った。


「そうだ、そんな人間じゃない。だが、自分の心は騙せなかった」


 この時、俺は始めて金木の身体が震えている事に気づいた。しかし、俺には掛ける言葉が見つからない。最後まで、俺の推理を伝えるしかない。


「金木一郎には好きな人がいた。だがそれを誰かに伝える事は疎か、ましてや自分の妻に伝えるなんて絶対にしなかっただろう。だが隠せば隠すほど、次第にその想いは大きくなっていった。

 想いの大きさに耐えられなくなった金木一郎は、何かにその想いをぶつける事にしたんだ。そう、それが『生徒会月報 躍飛丸』だ。当時担当していた生徒会の教諭記述欄で、誰にも言えない秘密を毎月綴った。綴る事で、その想いを風化させようとしたのかもな」


 二人は黙ったまま聞いている。


「だが風化する事は無かった。二十年間続いてるからな、それは確かな筈だ。風化する事なく、綴り続けた文章は、想い人にも届いたかもしれない。だが金木一郎はそれをどうにかするつもりは無かった。ただ、溜まった想いを何かにぶつけたかっただけなのだから」


 俺はもう一度お茶を飲んだ。気づくともう、お茶はこれで最後だった。

 俺は訊いた。


「金木、金木一郎の死因は何だったか聞いてるか?」

「確か、病気のはずよ。若くして病気で亡くなったって聞いてるわ」


 ふむ。まあ大体予想通りだ。


「金木一郎は二十年間想いを綴り続け、ある時病にかかった。自分の事だ、戦争経験のあった金木一郎はすぐに死を悟っただろう。死を悟り、自らのこれまでの行いを思い返した時、考えたはずだ。自らの罪を」


 金木に反応はなく、嵐士も口を開く素振りは見せない。俺は続けた。


「例え好きな人が出来てしまったとしても、金木一郎は既に結婚していた。それなのに、その想いを二十年間綴り続けてしまった。きっと真面目な金木一郎はそれを悔いた筈だ。だがこの想いを直接告白したら、それは金木の祖母への完全な裏切りになる。金木一郎は考え、考えた末に、ある物を残した」


 俺はそう言って、テーブルに置いてある紙を指差した。二人の視線が動く。


「『内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ』。この文章、俺は金木一郎から、金木の祖母への謝罪文だと思ってる」

「どういうことだよ」


 俺は文章を上から順番に差していく。


「『内ナル想イハ』、これは説明不要だな。結婚相手以外の人を好きになってしまった事を示唆してる」


 俺の指と共に、二人の視線が動く。


「『我ガ青春ノ地ニ』、これは生徒会室のことだと考えてる」


 俺の言葉に、金木は視線を変えないまま黙っている。

 代わりに嵐士が口を開いた。


「なんで、生徒会室なんだ?」


 黙り込む金木に気を使ったのか、嵐士はどうやら俺の話を進めやすく質問をする気らしい。

 助かるよ。本当に。


「消去法かな。まず嵐士の推理だと、『我ガ青春ノ地』は金木の祖父母の故郷だったな。これは金木も言っていた通り、金木一郎が生きていた時に、故郷が復興してない可能性が高いからだ」

「なるほどね。じゃあ金木さんの推理は?」

「これは想い人が金木の祖母じゃないから却下だ。金木の推理である、祖父母の自宅は、想い人が金木の祖母でないと成立しない。ミスリードにしても、流石に自宅は選ばないだろうよ」


 嵐士は納得した様に、何度も頷いた。そして俺を見据え、また聞いた。


「ふーん。じゃあ改めて、なんで生徒会室なんだ?」

「これは、消去法と金木一郎の性格ゆえだな」

「性格ゆえ?」

「ああ。消去法的に、故郷と自宅が無いとすれば、もう残りは職場である学校しかない。では学校内のどこなのか。それはもう説明した筈だ」

「ええっと……?」

「金木一郎は真面目な性格だった。それ故に、誰にも打ち明けず、『生徒会月報』に想いを綴ったんだ。つまり、金木一郎に取って、取り戻した青春とは、『生徒会月報』の事なんだよ」


 嵐士は感心したように頷いた。


「あー、なるほど。『生徒会月報』の『恋文』か」

「その通り。『生徒会月報 躍飛丸 四号 一月号』の『恋文』の中の一節に、こんな文章があった筈だ。『彼らと触れ合う事で、やっと青春を取り戻す事が出来た気がする。』とな。

 この中の『彼ら』は生徒会の生徒達だろう。『触れ合う事で』は、きっと恋に部活に走り回ってる生徒達を見ていて、自分の想いを再確認したことを示唆してる。『やっと青春を〜』は、そのままだ。『生徒会月報』を使って、忘れていた青春を取り戻したんだからな」

「ふーん。で、つまり?」

「つまり、金木一郎にとって『我ガ青春ノ地』とは、青春を取り戻した『生徒会月報』及び生徒会室のことを指している」


 俺はその時、次の言葉に喉をつまらせた。嵐士には感謝している。嵐士がいなきゃ、きっと先に俺の心が折れていたに違いない。だがそれは、金木への裏切りになるのだ。金木が何も言わず、俺の話を聞いてる内は、俺は話し続けなければならない。

 それが金木の覚悟であり、手伝った俺の責任なのだから。


「……まとめるぞ。金木一郎は結婚後も好きな人がいた。幼馴染か、学校関係者か。その想いを隠すことができなくなった金木一郎は『生徒会月報 躍飛丸』に、『恋文』として、その想いを綴った。二十年間ずっと、ただその人を想って。そして自らの死を悟った時、それまでの罪の告白として、ある文章を残した。

 『内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ』だ。この文章は自分の妻への謝罪文であり、『内ナル想イ』は、別の人が好きだったこと、『我ガ青春ノ地』は、それを告白できた生徒会月報及び生徒会室の事を指していて──」


「……もういいわ」


 思わず金木の顔を見た。

 金木は顔は上げず俯いたまま、閉じていた口を開く。


「……もう、それ以上は、平気よ。説明はいらない」


 ポタリと、机に一滴の涙が落ちる。


「……もう、いいから」


 俺はその日、二度と金木の顔を見ることは出来なかった。







 帰る俺を、金木は玄関まで送ってくれた。俺は金木の顔を見れず、玄関の靴を数えているしかなかった。


「……ありがとね」


 俺の頭の上で、金木が声を出す。


「……感謝されることは何もしてない」


 それだけ言って、靴を履く。一足先に行った嵐士が、無表情のまま、ぼーっと空を見上げている。羨ましい。俺もぼーっとしたい。だが今は色んな感情が邪魔をして、きっとぼーっとする事はないだろう。


「……また、な」

「うん……また」


 振り返らないまま、軽く手を振って俺は金木家を後にした。




 俺が帰った後の事は俺には分からない。金木が今どんな想いで、どんな気持ちでいるのか。そんなのは、想像するだけで理解など出来ない。

 何故なら、俺の推理では金木一郎は、金木の祖母を愛してはいなかったのだから。


 そして一つだけ確かのは、俺は今日、一人の少女を泣かせた、という事実だけだ。










――――第六話④ 完

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