六「生徒会の推察」③

 金木はテーブルに置いていたファイルから、用意していた資料を取り出し、配り始める。最初に置かれたのが、事の発端である『金木一郎の遺書』であることはすぐに分かった。俺に渡したのはコピーと言っていたから、これは恐らく原本だろう。何度も目を通したものだが、俺は今一度それを読むことにした。




  内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ




 これが始まりの文章であり、件の『遺書』だ。果たして金木はどんな結論に至ったのか。

 金木は一度咳払いを挟み、説明を始めた。


「私が調べたのは、『遺書』と『生徒会月報』よ。『遺書』はそれきりだけど、『生徒会月報』については、おじいちゃんが書いていたであろう二十年間分の『恋文』を、改めて読み込む必要があったから。それで調べた結果、相手が特定出来そうなものだけ、ちょっとまとめてみたの」


 そう言って、金木はさっきのファイルから何かのコピーを取り出した。コピーは二枚に分かれており、俺は配られたコピーに目を通す。

 コピーを見るに、金木は言葉通りに『生徒会月報』を更に読み込んできたらしい。原点に帰って調べるのは良いことだ。それに金木らしい。コピーの内容はこうだ。




     原文


 一 貴方は近いようで遠いところにいる

 二 私にはこの気持ちを表す言葉がない

 三 私は嘗て自らを第一にし過ぎた。貴方を顧みなかった。だから仕方ないのかもしれない

 四 昔から私は国語が得意だが、その意味を成していない。文学と国語は思ったより違うのかもしれない




     修正版


 一 相手は近くにいるが、心は遠くに感じる

 二 想いを伝えたいけど、伝えられない

 三 貴方が私を愛しているかが分からない

 四 自分の性格のせいで素直になれない




 流石に要点を得てる。だが考えてみれば金木は元来優秀な生徒だ。もしも今回の一件がなければ、辻工に入学していたかも分からない。それに、そもそも要点の把握が苦手なら試験で良い点を取れている筈がない訳だ。

 プリントを俺達が一読出来るほどの時間が空いてから、説明が再開される。


「まず一、これは書き手が誰に向けて書いたのかを示唆してる。『近いようで遠い』っていうのは、"距離"ではなく"心"の事を指してると思ったから、こうまとめたわ」


 書き手、つまり『金木一郎』が誰に向けて書いたのか。これは今回の推理の最重要ポイントでもある。距離ではなく心、か。また哲学的な話になってきそうな予感だ。


「次に二の話だけど、これはそのままよね。『私にはこの気持ちを』って言ってるから何かしらの気持ちや想いを抱えてる。『表す言葉がない』って言ってるから、伝えようとして、伝えてない事も読み取れる。だから、『想いを伝えたいけど、伝えられない』ってまとめたわ。

 三は長くなったから簡潔にしたけど、まあ大体合ってる筈よ。自分への後悔と諦観、その上で何が言いたいかは、こんな感じだと思う。四は……、三と一緒でちょっと自信ないけど、こんな意味だと思ったわ。うん。平気なはず。ここまでで、質問ある?」


 ふむ。実に分かりやすく、それに金木の主観も入っているから聞きやすい。そもそも六十年も前の人間の想いを読み取れ、何て到底無理な話なのだから、主観が入っていて当然だ。金木もそれを理解して話をしている。……俺からは特に無いな。

 しかし、嵐士はそうでもないようだ。


「あのさ、四を『素直になれない』って訳したのはなんで? 国語とか文学とか、なんか難しい事言ってんのにガン無視じゃん?」


 なるほど。言いたい事はわかる。俺は文系ではないのでこの手の読解に関してはあまり自信がない。そして嵐士もそれは同じだった筈だ。つまり嵐士はもっと細かく、そして分かりやすい説明を求めてるのだろう。

 まあ金木本人も自信がないと言っていたし、そこまで重要視していない場所とは思うが、円滑な推理の為だ。黙って聞くとしよう。


「それは……何となく。もしも、私がおじいちゃんの立場だったら、こう書くかなって、そう思っただけ」


 ほう。また金木らしくない解答だ。だがそもそもこういった詩的表現は明確な答えを求めづらいもの。それこそ過去に戻って本人に聞くくらいじゃなければ、真の答えは得られないだろう。

 ならば金木の、何となく、を信じても良いかもしれない。会った事はなくても血縁関係だ。何か金木の祖父と通ずる部分があったのかもしれないからな。


 嵐士も一応求めていた解答が得られたのか、そもそもあまり正答を求めていなかったか、反論はしなかった。

 俺は黙り、嵐士からもその他に質問は出ない。


「じゃあ、私の仮説を言うわね」


 金木は再度咳払いを入れてから、続けた。


「まず、おじいちゃんの『遺書』の、『内ナル想イハ』の部分。ここは、私のおばあちゃんの事だと思う」

「何故だ」

「私が持ってきた『生徒会月報』の中の一文、さっきの修正版の一ね。『相手は近くにいるが、心は遠くに感じる』を見ると、一緒に住んでいるって事にならないかしら」


 ふむ。まあ一理はある。


「おばあちゃんが言うには、おじいちゃんと家での会話はあんまし無かったけど、遅くなっても必ず家に帰って来ていたそうよ。まあ教師だし、日が変わる直前とかはあったらしいけど。でもそれってつまり、外におばあちゃん以外の相手がいなかったって事じゃない?

 それに、二〜四を見ても、ちゃんとその相手の事を愛していた事が読み取れるはず。ならきっと、おじいちゃんはおばあちゃんの事を愛していて、でも口下手故に素直になれないから、死の前に遺言を残した……。って事にならないかしら」


 そこまで言い切ると、金木は一度お茶を口に含んだ。勢い良く喋った事で乾いた口を潤わす為だろう。喉が鳴る音が聞こえて、金木は更に続けた。


「次に、『我ガ青春ノ地ニ』の事だけど。これはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた家の事だと思うわ。前にも言ったけど、おじいちゃんとおばあちゃんの故郷は無くなってしまった。四橋くんが言うには今はまた復興したらしいけど、多分おじいちゃんが生きてた時は無かったはず。なら、存在しない場所に『内ナル想イ』を隠すのはおかしくない?」


 なるほど。故郷じゃない理由は何となくわかった。


「なら何故住んでいた家なんだ?」

「それは、さっきの理由と重なるわ。おじいちゃんはおばあちゃんの事を愛していたから、しっかりと家にも帰っていた。なら、そのおばあちゃんと会える場所を、『我ガ青春ノ地』としても、理屈は通る気がしない?」


 やはり嵐士とは決定的に出来が違うな。嵐士は推理や思考に、どうしても心の動きや情緒を絡めてきがちだ。だが金木は推理の途中で、説明できない部分を心で補完する事はしても、最終的には一応理屈を通そうとする。両者互いに違った視点の推理。お陰様で俺も思考が止まらなくて済む。

 俺からの返答が無いことを確認すると、金木は続けた。


「じゃあ、改めてまとめるわね。おじいちゃんの残した『遺書』の、『内ナル想イハ』の部分。これはおばあちゃんに宛てた遺書って事。そして、『我ガ青春ノ地ニ』は、おばあちゃんと住んでいた家のこと。どうかしら」


 言い終わると金木は、ホッと肩を撫で下ろした。きっと緊張が解けたのだろう。

 出会った時は、緊張はあまりしないタイプだと思っていたが、病院の時や今回を見ていると、意外と緊張しいな部分があるのかもしれない。いや、仮にも金木は麗しき女子高生だ。緊張の一つや二つが見えるのは当然なのかもしれない。それを俺が見抜けなかったって事は、祖父の事で相当気を張っていたとも考えられる。

 単に人との関わり方の経験値で俺が気付けなかった可能性もあるが。


 不意に視線を感じて二人の顔を見ると、どうやら俺を見ていたようだ。

 そうか。二人が終わったのなら次はいよいよ俺の番だ。ならば俺の次の言葉を待つのは当然のことか。

 だが少し困る。俺は二人のように資料など持ってきていない。だから二人と同じ様な流れでの説明が不可能だ。先例に倣えないとなるならば、さてどうしたものか。


 どうするかと悩んでいる時、ふと、面倒臭い、という単語が頭をよぎった。この単語は単純明快でとても使い勝手がよく、相手からの心象を気にしない質なら尚の事、程よく使えばこれほど便利な言葉はないと思う。俺もこれまでの人生で幾度となく使って来たものだ。

 だが今回の、面倒臭い、は多分これまでのとは意味が違う気がする。言うなれば、ポジティブな面倒臭い、だ。何故なら俺は今、持ってきた推理を披露するか迷っているから。






 俺は顔を上げると、言った。


「すまん。一度手洗いを貸してくれ。お茶を飲みすぎた」


 金木はキョトンとした顔のまま、


「あ、うん。出て右手をずっと行くとあるわよ」


 と言った。

 そういう時は雉撃ってくるって言うんだよ、と嵐士が言ってくるが無視する。金木が立ち上がり、扉から顔を出して場所を指示してくれる。その時俺は、さっとこれまでの資料を手に握りしめた。幸い話を聞きながら、手遊びで折り畳んでいたからバレてはいない。


 案内通りのトイレ。一般の家とは思えない広さの中で、俺は考える。

 二人が持ってきた、いくつかの情報。

 金木一郎の遺書、生徒会月報の恋文、三つの写真、嵐士の伝聞……。

 今日の二人の推理は、二人らしいアプローチでどれも聞いていて面白かった。そして何より、俺の推理を裏付ける事にもなった。

 多分大方の説明はつく。だが少し、怖い。

 もしこの推理を披露してしまえば、もう後戻りは出来ない。披露しなかった時にはもう戻れない。

 だが、それでも俺は……。





 トイレから戻り、座っていたソファの前に立つ。


「すまん、待たせたな。俺は二人みたいに資料は持ってきてないから、口頭での説明になるが、良いか?」


 俺の提案に二人は、


「別にいーぜ。大トリの特権だろ」

「……お願い」


 俺は長めのため息をつく。


「じゃあ始めようか、俺の仮説を」


 怯むな。








――――第六話③ 完

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