六「生徒会の推察」②

 案内されたのは、大きな窓の目立つ、恐らく客間だった。個人住宅に客間がある事にも驚きだが、それよりも驚きなのは、無駄な物が一切置いてない内装、隅々まで掃除の行き届いた床、そして高級そうなソファ。まさか金木がここまでお嬢様だとは思わなかった。俺は失礼を働いてないだろうか。


「さ、何処でも好きな所に座って」


 そう言って金木は一番奥のソファに腰を下ろす。

 いや、そんな事を言われても。最早俺が座ったら誰かに怒られるんじゃないのか。

 謎の恐怖で立ち尽くす俺を横目に、嵐士はズンズン部屋を進み、金木から見て左手のソファに座った。今はお前の図々しさが羨ましいよ。しかしここに立ち尽くしても何も始まらず、そしてとても非合理だ。俺はゆっくりと、金木の正面のソファに腰を下ろした。


 俺が座るのを確認すると、嵐士は何やら鞄からA4サイズの封筒を出し始めた。金木もテーブルに何かをまとめたであろうファイルを置いている。しまった。俺も何か資料を持ってきた方が良かったか。謎解きだけだと思っていたので何も持ってきていない。

 しかしここで慌てても仕方がない。俺は形だけはと、金木から預かっていた『金木一郎の遺書』をテーブルに置いた。


「さて、と」


 金木が言った。


「始めましょうか。推理ゲームを」


 俺達は金木に続くように礼をした。







 最初はまず、金木からルール説明がされるだろう。全員が了承済みとはいえ、形は大事だ。


「まずは、今回のゲームの趣旨を確認するわね。発端は、私がおばあちゃんから渡された一つの『遺書』だった。差出人は私のおじいちゃんで、宛先は不明。そして、この前の『生徒会月報』の発見で、おじいちゃんは明確に誰かに向けて送った事が分かった。今日は、そのおじいちゃんが送った『遺書』、の意味、と相手、を当てるゲームよ」


 正しく言えば、金木の祖父の『遺書』と、『生徒会月報』の中の恋文では、宛先が違う可能性もあるが、それは全員分かってるだろう。それは前提での推理なのだから。


「ルールは簡単。各々この数日で色んな方向から調査や推理をしてきた筈よ。中には資料を持ってきた人もいるはず。だから、順番にその過程と目的を説明して、自分の仮説を披露する。それがルールよ」


 うーむ。資料どうこうは言ってたかな? 全く思い出せない。いや、違うな。多分、二人の性格上、資料があった方が説明をしやすいといった所だろう。ならば別に必ず必要な物ではない。それに、結果として仮説を立てられれば良いんだ。余計なことは考えないようにしておこう。

 金木は特に今日のタイムスケジュールなどは持たないまま、話を続けていく。


「えーっと、じゃあどうしようかしら。基本的な流れは、資料または道具の配布と説明、で質問があったら都度聞いて、最後に仮説。こんな感じよね。まあ都度聞かれるのが嫌な人は最後に質問をまとめて聞けば良いわよね」


 ほう。流石は推理ゲーム好き。いや、祖母お手製ゲームか。ルールの策定や説明は慣れてないとごちゃごちゃになりがちだが、要点を得ていて分かりやすい。金木の祖母がそうだったのか、元々の性格か。どっちにしても上手いのは確かだ。


「取り敢えず……四橋くんからでいい?」

「お? まあ良いけど、何で俺?」

「最初にこのメンバーで謎解きした時が、四橋くんからだったから、かしら」


 そうだっただろうか。いや、そうだったのだろう。良くそんな事を覚えているものだ。俺なら適当に誰かを指定してしまいそうになるが、ここでしっかりと執り行うのも金木らしさか。

 まあ俺としても誰から始められても支障は無い。聞こうじゃないか、脳筋探偵の推理を。






「おっけー。じゃあ始めちゃうぜ」


 そう言って、嵐士は封筒の中から何かを取り出した。どうやら写真のようだ。二……三枚か。一瞬だったが全く覚えのない写真だ。ということは俺や金木の知らない情報筋。嵐士らしいアプローチだな。


「えーっとな。まず俺はあんまし頭を使う事が得意じゃないから、足で稼ぐのがベストって考えたんだ。昔ながらの刑事デカ的な」


 確かに、一番古典的だが一番確実な調べ方だ。その分、労力はかかってしまうが、嵐士の行動力と運動能力ならば問題はないだろう。


「だから取り敢えず、街中の知ってる人間全員に聞き込みをした。あ、一応言っておくけど、金木さんの話とかそういうのは全部伏せてるから、安心してな。そんで、色々聞き込みをしてったんだけど……、一人見つけたんだよ」


 そう言い、三枚あった写真から二枚が前に出された。


 一枚目は、赤ん坊を抱いた男の写真。写真からしてこの赤ん坊の父親という事だろう。

 二枚目は、高校生が選挙活動をしている写真。……これは辻工か? それに、教師も写っている。生徒の制服がズレたから直しているのか。生徒と教師ともに顔までは分からないな。


「これは、何?」


 金木の質問に、嵐士はいつの間にか出していた紙を読む。


「えっと……、一枚目は金木の……じゃなくて。あー……?」


 どうやらカンペを用意して来たようだ。だが様子を見るに、意味を成していないのだろう。大方、字が汚いか、細かく書き過ぎたか。


「…………もういっかこれ」


 そう言うと、嵐士は手に待ったカンペをぐしゃぐしゃにして、ポケットに詰めた。

 実に嵐士らしい結論だ。読めないのなら読まなきゃ良いじゃない。


「うし! それじゃあ、まず見つけた手掛かりを持つ人ってのが、産婦人科の婆ちゃんだ!」


 そう言うと、再度先程の二枚の写真を前に出した。まず、赤ん坊の写真を差した。


「これは、産婦人科の婆ちゃんが昔の若ーい頃に取り上げた赤ちゃんと、その父親の写真なんだってさ。それを今日は借りてきた。で、その写ってる父親が、金木のおじいちゃんなんだよ」


 ほう。やるではないか。

 写真が出された時点である程度予想はしてたが、やはり金木の祖父だったか。という事は、写真に写ってる赤ん坊は金木の父か、その兄弟か。まあそこは今は関係ないだろう。重要なのは、金木の祖父が写ってるという事だ。


「それで、何でこの写真を借りてきたのかっていうと、実は産婦人科の婆ちゃんって、金木のおじいちゃんと同郷らしいんだよ」

「……ほう」


 思わず声に出た。だがそれが確かならかなりの重要参考人だぞ。嵐士の交友関係と行動力の成せる技か。


「それで、その人はなんて?」


 金木も驚いた表情のまま訊く。嵐士は一拍を置いたあと、言った。


「婆ちゃんが言うには、昔、戦争が終わった時に住んでた村が何にも無くなっちまったらしいんだ。最初は復興だーとかって言ってみたいだけど、結局、戦争で疲れた身体じゃどうにもならないってなったらしくて、何グループかに分かれてあっちこっちに引っ越したんだってさ。そんでその中に、金木のおじいちゃんとおばあちゃんとか、産婦人科の婆ちゃんがいたって話。

 そっから金木のおじいちゃんとおばあちゃんとは疎遠になってたらしくて、再開したのが写真の時。産婦人科医になって何年かしたくらいに、まさかの妊婦とその夫として来たんだってさ。ビックリしたって言ってた」


 なるほどな。まあそういう事なら金木の祖父と知り合いでも特段驚きはしない。一緒にこっちに来たとはいえ、別に一緒に住む訳じゃない。なんなら疎遠になっていも驚きではないだろう。


「久々の再開ってんで、同郷の人とまた会う機会もないだろうから写真に残したらしいぜ。あ、因みに三枚目の写真なんだけどさ」


 そう言いながら、嵐士は最後の一枚を前に出した。

 田畑の広がる風景写真か。この流れでいくなら多分……、


「これは今の、金木のおじいちゃん、おばあちゃんの故郷の写真。みんなで引っ越した後、何人かが戻ってきてまた村を作ったらしいぜ。小さいし、一〇〇も人は居なかったけど、すげえ綺麗な村だったよ」


 だろうな。

 戦争で無くなった、と聞いた時は少し残念に思った。俺は故郷とか、そういう情緒的なものは一切気にしない質だが、やはりこの風景を見ると感嘆する。金木も、祖父母の故郷に行ったと前に言っていたから、この風景を見たのだろうか。何かを想ったのだろうか。まあ考えた所で俺には分からないだろうが。


 ん? ちょっと待て。今、嵐士は、すげえ綺麗だったよ、と言わなかったか? まさか行ったのか? 金木の祖父母の故郷に。

 俺は思わず聞いた。


「お前、まさかと思うが金木の祖父母の故郷に行ったりしてないよな?」


 俺の質問に、嵐士はキョトンとした顔で答えたものだ。


「え? 行ったよ?」


 冗談だろ。というかそもそも金木の祖父母の故郷って電車で行ける距離なのか?


「金木の祖父母の故郷って、どこだ」

「……愛知の小さな村ね」


 凄まじいな。まさかこれほどとは。

 嵐士の行動力は理解していた。だがまさか故郷にまで行くとは。確かに足で稼ぐというなら、裏取りは大事だ。金木の祖父母と知り合いと言うなら、産婦人科のお婆さんも相当な歳だろう。言っている事が合ってるかどうかまでは判断が難しい筈だ。だが、行くかね。わざわざ自分の時間を削ってまで遠い故郷に。いや、行くんだろうな、嵐士なら。嵐士だから。


 まだまだ俺の理解は及んでいなかったという事か。俺は心の中で嵐士に拍手を送った。

 嵐士は俺からの返答が無いのを確認すると、話を戻した。


「次に、二枚目に出した写真なんだけど。これは、五十年前の辻工の生徒会選挙活動の写真だってさ。確か、挨拶運動中だったかな?」


 ふむ。やはり合っていたか。まあ逆にここで辻工以外の写真を持って来られても困るんだが。


「この写真は生徒会室をひっくり返したら出てきたよ。先輩達に「何か過去の選挙活動の写真とか無いっすか!?」って聞いたら、手伝ってくれた」


 お前ホント凄いな。俺達は試行錯誤してやっと選挙道具や資料を借りたというのに、そんな簡単に出来てしまうのか。いや、最早何も言うまい。それこそ四橋嵐士の本領ではないか。


「そんでまあ、多分この写真の教師が金木さんのおじいちゃんかなーって感じ。こんくらいかな、俺の……説明は!」


 特段気になる点はないだろう。俺から言うことは無い。

 普段の授業の席なら余程変わった奴くらいしか質問はしないだろうが、顔見知りの三人しかいない、少数の集まりならば話は変わる。なので、すぐに金木が発言した。


「元々のあった資料の『遺書』とか、『生徒会月報』を使わなかったのはなんで?」

「あー、別に何か特別な理由はねえよ。単純に使わなかっただけ。あれ以上に調べられる気がしなかったからな」


 まあそんなとこだろうと思ってた。今回は全員の意見を交換して仮説を立てる議論会ではない。それぞれが持ち寄った情報ないし資料から推理をしていくのだ。つまり、元々全員で共有してあるはずの『金木一郎の遺書』や、『生徒会月報』を使わないのは不利ではないか? と、金木は言いたいんだろう。


 ならばこそ気にする必要はない。だって相手は嵐士だから。だが金木はまだ嵐士の脳筋に慣れてはいない様子。そして嵐士があれ以上の返しを出来るとも思えない。仕方ない、助け舟でも出すか。


「……嵐士はきっと、俺達がその資料を使うと思ったから使わなかったんだよ。三人別々の方向から推理した方が、より多面的で有意義な推理になるからな」


 こんな所か。まあ絶対に嵐士はそんな事考えてはいないだろうが、今はスムーズに嵐士の解説を聞く方が優先だ。多少の方便は許してくれ。


「ふーん。まあそれなら良いけど」


 何とか金木は納得してくれたようだ。嵐士は俺の回答に何やら言いたげだったが、旧知の仲だ。俺の助け舟って事は気づいたはず。現に嵐士はわざとらしく口にチャックを閉める仕草を見せていた。


「ごめん、話を戻していいわよ。次は……四橋くんの仮説よね」


 金木の言葉に、嵐士はチャックを開ける仕草を見せると、一拍置いて、言った。


「よし、じゃあ俺の仮説な」


 嵐士の口調は珍しく自信無さげで、でも少し自信がありそうな、いつもと同じ雰囲気のままだ。もう手元にカンペはない。


「当てるっていうのは金木さんのおじいちゃんの残した、『遺書』の意味だろ? つまり、『内ナル想イハ我ガ青春ノ地ニ』のことだ。そんでまず文の最後の『我ガ青春ノ地ニ』の方だけど……」


 何で最後から説明するんだ。面倒ではないか。金木も同じ疑問を持ったようで、即座に聞いた。


「何で『内ナル想イハ』を飛ばすの?」

「あー……まあ聞いてくれよ。全部聞いたら分かるから」


 まあそれなら仕方がない。きっと嵐士なりに組み立て方があるんだろう。俺は続きを話すように嵐士に目線を送った。金木ももう質問はしなさそうだ。


「で、『我ガ青春ノ地ニ』の方だけど。これはさっき写真で見せた金木さんのおじいちゃんの"故郷"の事だと思う。もう通ってた学校とか、良く行ってたであろうお店とか、そういうのは無いけどさ。

 "故郷"て、"心"じゃん。その土地の風景とか記憶とかを"故郷"って呼ぶ訳じゃん。実際、俺も行ってみてすげえ綺麗な村だったし、『青春ノ地ニ』だからね。『地ニ』って言うくらいだから、その土地を示してると思う訳よ。だから、金木さんのおじいちゃんの残した『遺書』の『我ガ青春ノ地ニ』は、"失われた故郷"って事で良いと思う」


 失われた、か。まあ金木の祖父が生きていた頃にはまだ村が復興してたかは定かではない。だからこその、失われた故郷、か。嵐にしては良い線をいっている気がする。


「で、飛ばした『内ナル想イハ』だけど……。これはな、分かんなかった」

「は?」


 数秒意味を考えた。だが考えても無駄なことはすぐに分かった。意味など一つしか無いのだから。俺達からの返答が来る前に嵐士は続けた。


「いやー、調べててさ。『我ガ青春ノ地ニ』までは何となく分かったんだけど、『内ナル想イハ』が全くわかんなくてさー。悪い、これで勘弁してくれ」


 そう言って両手を前に出して謝罪を示す嵐士は、少し申し訳なさそうに見えた。多分さっきの自信がなさそうに見えたのはそのせいか。全部は解けなかった悔しさと、金木に対する謝罪の気持ちで、自信が見えなかったんだな。


 まあだが分からないなら仕方がない。これ以上追求した所で答えが出る訳でもない。ならば効率的に行こう。


「じゃあ嵐士の仮説はそれでいいんじゃないか? 別に俺達がもう片方を解ければそれで済む話だし、そもそも嵐士の仮説が正しいか決まった訳でもないんだ」


 金木も状況は分かっているようで、多少の驚きは見せたものの、既に気持ちは次に向かっていた。


「じゃあ、次は私がいくわね」


 次鋒は金木。さて、そろそろ俺も考えるかね。








――――第六話② 完

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