五「生徒会の会議」②

 金木は高校一年生なので、現在は十五、または十六歳だ。十六になる年だから、ここは十六歳で考えても良いだろう。十六歳の子どもがいる親はいくつ位だろうか。近年の平均出産年齢は……。聞いたほうが早いか。


「お前ら、男女の平均出産年齢は分かるか?」


 二人は俺の問いに少し考え、先に答えたのは金木だった。


「どうかしら……。三十とかじゃないの?」


 まあそんなもんだろうな。俺もその程度だと思っていた。

 嵐士は知らないだろうと勝手に決めつた俺は、思考を再開させようとする。しかし、嵐士は思いもよらず答えたのだ。


「確か、男は三十前後、女は二十八前後だったはずだぜ」


 なんだと? 何故金木ではなく嵐士がそんな事を知っているんだ。俺はそのまま訊いた。すると嵐士はしれっと答えたものだ。


「あー、ちょっと前に近所の産婦人科の婆ちゃんの荷物を持った事があってさ。そん時にそんな事を言ってた気がする」


 まじか。そんな事があるのか。お前の交友関係はどこまで行くのだ。

 しかし、嵐士のお陰で助かったのは事実。俺は二人に軽く感謝を述べ、もう一度思案する事にした。

 嵐士の話が正しいとするならば、今の金木の両親の年齢は、大体四十〜四十中盤といった所。確か件の金木の祖父は父方と言っていた筈だ。そこから年齢を逆算すれば、祖父の年齢は分かる。


 ……多めに見積もって、生きていたら九十〜一〇〇歳といった所か? 多分そんなものだろう。

 多少の誤差は問題ない。辻工は創立から約七十年。つまり大体、一九五五年頃に創立となる。その時の金木の祖父は、大体三十歳と少しだろう。なら創立からいると考えた方が早いか。


 早速俺は、金木と嵐士の読んでいない生徒会月報の中から、創立号を探した。

 しかし、あろうことか創立号は何処を探してもないのである。それどころか創立から五年間程がぽっかり抜けているではないか。


「おい、嵐士。創立号が無いぞ」

「え? まじ? おかしいなあ、全部くれって生徒会長に言ったのに」


 嵐士はそう言うと、俺と同じ様にバックナンバーを漁った。しかし、やはり創立から丸々五年分が抜けている。いつの間にか金木も一緒になって探していたが、見つからない。


「どうして? 何で無いの?」

「あれえ? おっかしいなあ」


 金木は分かりやすく狼狽えている。当然だ。まさかこんな初っ端からつまずくとは思っていなかったのだから。

 ならばここには無いという事だ。三人で見てないならここには無いと考えた方が効率的。いくつか考えうる事で言えば、



 一 嵐士が五年分を学校ないし自宅に忘れた

 二 会長が嵐士に渡し忘れた

 三 そもそも紛失していて既にこの世にない

 四 何処か別の場所に保管されている



 って所だろう。一と二の可能性は薄いな。嵐士は脳筋で頭の良い男ではないが、記憶力は悪くない。一度会った人の顔は、ほぼ喋ってなくても、何があっても忘れない男なのだ。つまり今の時点で思い出さないという事は、忘れたという線は薄い。会長もあの性格だ。家ではどうか知らんが、少なくとも学校での会長は慎重に確認を取りミスを減らそうとする筈だ。ので、会長のミスも可能性は薄い。

 三と四に関しては、正直確認の取りようが無い。既に紛失しているならもう諦めるしかなく、何処か別の場所に保管されていてもアテがない。


 ……どうするか。ここで詰みたくはないが。

 その時、急に後ろの扉が開く音が聞こえる。振り返るとそこには、お菓子やジュースを持った海荷が立っていた。


「やほー。お菓子とか持ってきたわよー」

「……勝手に人の部屋に入るな」


 俺の忠告など聞くはずもない海荷は、ズカズカと部屋の真ん中に向かっていく。急に入ってきた海荷に、金木はかしこまった様に背筋を伸ばした。


「あ、えっと! お邪魔してます!」

「海荷さん久しぶり。お邪魔してまーす」


 同じく嵐士も挨拶を済ませると、海荷はニッと満面の笑顔で笑った。


「はい、どうぞ! 汚い家ですが、くつろいでね!」


 用が済んだら早く帰ってくれ。今は姉さんに構っている場合じゃないんだ。

 俺は手を振って帰るよう促した。海荷は一瞬嫌な顔を見せたが、渋々という顔で扉に向かって歩き始める。不意に、金木が海荷に尋ねた。


「あの、辻沢工科の生徒会月報のバックナンバーが一部無いんですけど、心当たりはありませんか?」


 こいつは何を言ってるんだ? 心当たりなどある訳がない。動揺し過ぎだ。

 しかし、俺の考えとは裏腹に、海荷は驚きの言葉を口にした。


「知ってるわよ」

「は?」

「確かねー、辻沢市民図書館だったはず。なに、何かに必要なの?」


 俺は数秒意味を考えた。しかし意味など一つしか無い。

 知っているだと? 辻工OBでも無い海荷が? 何故?

 考えのまとまらない俺は、恐る恐る海荷に訊くしかなかった。


「なんで姉さんがそんな事知ってるんだ」

「何でって……アンタまさか知らないの? 辻工は歴史が長いから後世に伝えていくとかで、生徒会月報の創立号から五年分は市民図書館に保管されてるのよ」


 そんなの知ってる訳ないだろうが。寧ろ何故、海荷は知っているのだ。いや待てよ。確か海荷は、姉弟二人だけで暮らしている事を不思議がられないよう、近所付き合いや市民活動には精力的に行っていたはずだ。それなら海荷が知っていても不思議ではないのかもしれない。


「常識よ、こんなの」


 噛んで含める様にそう海荷が繰り返すと、


「ほ」


 金木は目を丸くして絶句した。


「本当ですか!?」

「ええ。ホントのことよ。実際に見たこともあるから、今もあるはずよ」


 海荷が断言すると、金木の薄い唇がすうっと笑みを作った。一年生でも相当の元気印であろう金木は、喜怒哀楽の中のあからさまな喜を見せた。流石、俺には出来ない表情筋だ。


「そっか……」


 小さな呟きは次第に大きくなる。


「よし! なら今すぐ市民図書館に行きましょう!」


 そう言うと、金木は勢い良く立ち上がった。しかしそうは行かない。


「待てお前、ここまで持ってきたバックナンバーはどうする気だ」

「後で見るわ。それに園原がその部分を必要としたって事は、きっと大事な物なのよ」


 そんな無茶な。折角ここまで運んできた嵐士はそれで良いのか。

 俺は即座に嵐士の方を見た。しかし嵐士は残念がるどころか、最早既に扉の近くまで歩いている。何だお前は、使えん。

 俺は図書館には行きたくない。というより、面倒臭いから外を歩きたくないのだ。だが最早行く気満々のこの金木花蓮を止める事は、きっと熟練のアメフト選手にも不可能だろう。


 俺は金木の顔を覗いた。金木の目は、無邪気な子どもの様にキラキラと輝いていた。








――――第五話② 完

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