五「生徒会の会議」①

         五


 辻沢工科高校は所謂工業高校なので、学業にはそこまで力を入れていない。卒業後の進路も就職をする生徒が大半だ。だが決してレベルが低いという訳でもない。

 現在、県内には工業高校が十一校存在するが、辻工はその中なら上から数えた方が早い。しかし普通科の進学校と比べたらそれは火を見るより明らかなのだが。


 そんな辻工でも、定期試験は必ずやってくる。試験の代わりにレポート提出の場合もあるが、それでも大半は筆記試験なので、その間は選挙活動も一旦休止となるのだ。一学期の時は何も属していなかったので、それはそれは早く帰れるという楽な期間だった。しかし今となっては、いち早く選挙活動を終わらせて元の生活に戻りたいと思ってしまい、まあとどのつまり面倒臭い。





 そんな定期試験も今日で終わり。俺は自室の片付けをしながら、その達成感に包まれていた。

 試験といえば、生徒会の候補者達の学力は中々個性的だ。


 一人目は四橋嵐士。運動能力こそ常人の次元を遥かに超越したこの男だが、こと学業となるとまた面白い。基本的には俺と大差ない成績の男は、何故か定期試験の時は調子が悪くなるのだ。本人曰く、運動をしていないと頭が回らない、という。それなら運動部に入ればいいのだ、と言いたくなるがどちらにせよ定期試験期間は部活は禁止。嵐士は成すすべがないまま試験に望むのが昔からの常なのだ。要するにあいつは脳筋なのだ。


 生徒や教師からの人望厚い我らが生徒会長、米田亜沙美だが、彼女は所謂優良生徒というやつだ。常日頃から勉強をしている米田は、工業高校の生徒には似つかわしくない程優秀だ。出会うまで殆ど絡みの無かった俺にさえ優秀という情報が入ってくる程なのだから、それは本物ということだ。まあ実際に会ってみてもその情報の信憑性が上がったのだが。


 そして金木花蓮だが、奴もまあまあ優秀らしい。というのも、俺は奴の成績には特に興味が無かったのだが、試験期間中やたらと嵐士とともに俺のクラスに来ては、あれでもないこれでもないと言って俺の邪魔をしてきたのだ。いや、正しくは嵐士は俺の邪魔をしに来て、金木は勉強をしに来ていたといった所か。なので金木の様子を察するに勉強は苦手と言うほどでもなく、寧ろ俺より確実に優秀なので教えられることなど無かった。そもそも学科が違うので教えろと言われても、普通教科だけしか無理なのだが。


 残りの谷根と縦石の二人だが、金木の時と同様俺は別に奴らの成績など知りたくも無かった。しかし聞いてもない事をつらつらと喋る嵐士という男がいるので、知らない内に俺のデータベースに刻まれているのだ。そのデータベース曰く、谷根は見た目通り成績は下から数えた方が早いらしい。金髪強面のイメージを崩さないとは流石だ。しかし去年のいつ頃からか徐々に上がっているそうだ。あいつは何処からそんな情報を取ってくるのだろう。そして縦石もまた見た目通り成績優秀らしい。あんな優しそうな面をしていて成績不振だとそれはそれで面白いが、そんな上手くは行くまい。生徒会副会長の名は伊達ではないということか。


 俺は、普通だ。

 面白味はこれと言ってなく、中学時代から特に大きな変化のないままのらりくらりとやってきた為だろう。嵐士の様に脳筋が理由で成績不振というわけでもなく、金木の様に勉強に前向きという訳でもないので優良生徒でもない。姉さんがうるさいので試験勉強こそしっかり行うが、いつも通り平均的な成績だ。


 だがそれでこそ俺とも言える。常に効率主義を掲げる俺にとって勉強、ないし運動、趣味、色恋沙汰……。それらは非合理非効率的に他ならない。成績こそ低すぎると補修などで放課後を拘束されたり、教師に目をつけられたりするので、ある程度しっかりやるが、他は別に望んではやらない。

 時間は有限、俺には他にもやらなければならない事が沢山あるのだ。







 自室の片付けをある程度終わらせて、そんな良くわからない事を考えていると、玄関先から声が複数聞こえてきた。ため息をつきつつ階下に降りると、その声はチャイムに変わる。


「おーい! 春馬ー! 来たぞー!」


 全く近所迷惑の事など考えない大声に、玄関を開ける手が止まる。しかしそれとほぼ同量の声が後ろから俺を追い越した。


「ちょっとー! 早く開けてあげなさいよー」


 なんてうるさい姉だろうか。嵐士と同じ場所には決していてはいけない。きっといつか家中のガラスを割られるに違いないのだから。

 しかし俺はここで外に放って置くと更に近所迷惑になる事に気づき、仕方なくその扉を開けた。

 扉の先には大声の主の嵐士と、手土産を片手に持った金木が立っていた。

 俺は二人に伝わる様に怪訝な顔を見せながら、言った。


「……いらっしゃい」







 定期試験翌日の土曜日。さあ今日は試験勉強のせいで出来なかった事をやるぞと意気込んだはずだったが、何故か俺の部屋には嵐士と金木の姿があった。二人は何やら鞄から書類や荷物を出しながら適当な話をしている。


「借りてきたは良いけどよ。そんな重要か、これ」

「何にせよ使うものなんだから良いじゃない」


 順々に俺の部屋の床には色々な物が並べられていく。几帳面ではない嵐士が乱雑に置いた物を、金木が几帳面に並べていく。

 何故わざわざ並べるんだ。俺は思わずため息をついた。

 すかさず嵐士はいつも通りのニヤケ顔で笑ったものだ。


「どうした? まさか俺達が春馬の家に来てやった理由を忘れた訳じゃないよな?」


 そんな訳が無い。しかし否定するのも面倒なので黙っておく。嵐士は俺が黙ったのを良いことに更に続けた。


「今日は提案で、選挙活動の作戦会議だろ? しっかりしてくれよー」


 嵐士の発する言葉にやはりため息が出る。月曜日からは等々、選挙活動が始まる。その為、今日は俺の提案で選挙活動の作戦会議、もとい何をするのか確認する日なのである。

 仕方が無かったとはいえ変な提案をしたものだ。だが決まった事に文句を言うのは非効率。俺は未だ荷物をまとめている金木に向かって言ってやった。


「それで、お前らは何を持ってきたんだ」


 金木はまとめていた手を止めると、それらに向かって指を差す。


「私は選挙活動用道具よ。園原が見つけたアネモネの造花とか、諸々ね」


 なるほどな。確認作業なのだからそれも必要だろう。だが、本題はそれではない。俺は視線を嵐士に移すと、嵐士も意図に気づいた様で、金木の真似をするように目の前の紙類を指差した。


「俺は生徒会月報のバックナンバーだ。ざっと学校の創立からの約七十年分だぜ」


 胸を張り嵐士は俺達に向けて誇った。

 この量を一人で持ってきたのか。嵐士とはいえ大変だったろう。昨日の内に学校から家に持ち帰り、そして今日また俺の家まで持ってくる。考えただけでゾッとする労力だ。脳筋は伊達じゃない。


「これ、一人で持ってきたの? ……凄いわね」


 金木も同じ感想だった様で、手を口に当てて驚きを見せていた。大丈夫だ、金木。きっといつかこの異常な身体能力にも慣れる。

 俺は心のなかで金木に一礼する。嵐士は俺達の視線が気持ち良かった様で、いつも騒がしい気分を更に上げていた。


「へっへー。力仕事ならいつでも言ってくれよー」


 調子に乗るな。いや、だがこのままコイツには、本来の目的からそっぽを向いてもらっていたほうが都合は良いか。

 俺と同じ考えのようで、金木は一回大きく手を叩くと、言った。


「さ! 生徒会月報を読んで、月曜日からの選挙活動について考えるわよ!」


 金木の掛け声に乗るように嵐士も掛け声で応える。俺はそんな嵐士を見つめながら、少しだけ、申し訳ないと思っていた。

 すまない嵐士。だがこれも俺の効率的最適解ゆえ、そして金木との約束の為なのだ。

 何故なら今日の目的は選挙活動についての作戦会議ではない。先日の金木からの頼み事、金木の祖父母について調べるためなのである。


 俺達はあれから、金木の祖父が青春の地としていた生徒会について調べる事にした。しかし、現在正式な生徒会役員ではない俺達は、生徒会室に入るのもそれ相応の理由が必要だ。協議の結果、仕方なく俺達は選挙活動について過去を知りたい、ということにして必要そうな物を手に入れたのである。

 だが選挙活動の作戦会議をするのに嵐士がいないのも不自然だ。ましてや先輩達は、俺が嵐士以外にこれといった親しい間柄がいないことにも気づいていたはず。仕方なく、今日は嵐士も呼ぶ羽目になってしまった。一応、嵐士には金木の祖父母については伝えていない。金木もその方が良いと言っていたし、気乗りはしないが、嵐士に隠し事をしながら真実を解き明かす事になったのだった。


 金木は順番に生徒会月報のバックナンバーを読み進めていく。嵐士も倣うように読んでいる。

 俺も読みたいが、七十年分を一つずつ読むのはあまりにも非効率的過ぎる。一年が十二ヶ月でそれを七十年だぞ。単純に考えても八〇〇以上を調べる事になる。そんなのいくら時間があっても足りない。


 ならばどうするか。答えは簡単だ。金木の祖父の情報が載っていそうな時代だけピックアップするのだ。

 俺は金木を見た。黙々と、一文字一文字丁寧に読みふけっている。

 金木に祖父の年齢を聞いておけば良かった。今聞こうとすると、どうしても嵐士への言い訳が必要になってしまう。……仕方ない。少し考えるか。

 俺はジッと俯くと、思案した。








――――第五話① 完

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