三「生徒会の奇遇」②
生徒会選挙に必要というアネモネの造花。突然消えてしまった行方を探す為、俺は金木と二度目の推理ゲームをすることになった。
早く帰って夕飯を作りたい。もう特売は諦めたが、それでもスーパーに寄るために出来るだけ早く終わらせなければ。
金木の提案に乗った米田は、一際目立つ高い身長が威圧にならないよう少し屈むと、自分達が生徒会室に来た時の事をゆっくりと話し始めていた。
「まず、私が生徒会室に来たのは放課後すぐのことだ。すぐといっても、普通科職員室に鍵を取りに行ってからだけどね」
次に縦石と谷根の二人も続いた。
「僕は会長と一緒に来たよ。職員室に行ったら会長が鍵を貰った所だったからね。そこから一緒だよ」
「アタシは……確か、会長と賢二が先にいたな」
「結菜は私と賢二の五分後くらいに来たよ。その後十分後くらいに、君達が扉を開けたんだったかな」
なるほど。正確な時間は助かる。今後の推理に大きく助けになるだろう。もしかしたら米田は感覚的に必要な情報だと分かっているかもしれないな。
一拍置いたあと、金木が更に米田に訊いた。
「それじゃあ、その時にはまだアネモネとか選挙活動用道具はあったんですか?」
「そうだね。私も賢二も結菜も、みんなここにあったことを確認してるよ」
まあ俺達に説明する為に置いておいたのだろう。物が実際にあった方が実演で教えやすい。
ふむ、来た時間は分かった。なら次は全員のアリバイか。
金木と嵐士は俺と一緒に来たから盗んだ可能性は無い。盗む理由も無いしな。となると先輩達が怪しいが、盗む動機が無いな。
だが一応全ての人間のアリバイを確認しておかなければならない。俺は訊いた。
「あの、谷根先輩はここに来る前に何処か寄りましたか?」
出来るだけ自然に訊いたつもりだったが、谷根は持ち前の迫力を遺憾なく発揮した。分かりやすいくらいにグッと眉間にシワを寄せ、無造作に伸ばした金髪をかきあげながら俺を威嚇し、
「……アタシを疑ってるのか?」
と、凄んだ。
うわあ、怖いな。やはり誤解されてしまった。
「ああいや、疑ってる訳じゃないんです。一応全員がどこにいて、誰といたのかを説明できたら良いなとは思っただけでして。米田先輩と縦石先輩は職員室で人と会っているので」
俺は必死の作り笑いで谷根を見つめた。
頼む。こんな序盤で立ち止まりたくはないんだ。
俺の言葉にまだ疑う様に谷根は睨みを効かせている。少しして、俺の願いは辛うじて届いたのか、谷根は一拍置いてから、言った。
「……アタシは生徒会室まで友達と一緒だったよ。確認が取りたいなら連絡するけど」
良かった。なんとか谷根の誤解は解けたようだ。若干嫌そうな顔はしてるがこの際気にしない。
俺は堪らずため息を零すのを、
取り敢えず先輩達のアリバイは取れそうだ。ならば一旦放っておいても大丈夫だろう。ここで嘘をついて得をするのは犯人だけだし、多分先輩達は違うだろうから。
ならば犯人は誰なのか。それは多分もう決まっている。俺は向き直し、米田を見つめた。
「先輩。三人の他に、誰か生徒会室に来ませんでしたか?」
米田はジッと俯くと、ふつふつと答え始める。
「……
やっぱりか。吉田……、確か機械科の若い教師の筈だ。何度か見たことがある。ならあとはそいつがどこにいるか、それが問題だが……。
「因みに、今吉田先生がどこにいるかはわかりませんか?」
「うーん。どこに行ったかな? 特に聞いてないかな」
まあそんなに上手くいくとは思ってない。本当ならもう少し情報が欲しい所だが、仕方ない。
俺がもう一度俯き考えようとすると、金木は腕を組み、唸った。
「うぅん。吉田先生が持ってったのは分かってるのよねー」
金木の言葉に、一瞬思考が止まる。
流石というべきか。金木もそこまでは気づいていたのか。驚いて思考を止めてしまった。
金木は無意識に唸った様で、その証拠に今は首を傾げて黙っている。
そんな謎に納得する俺達二人を、他の四人は不思議そうに見つめていた。
嵐士が俺達を交互に見ながら笑う。
「いやいや、全然繋がんないぜ。どういうことだよ」
なんだ分かってなかったのか。しかしどうやら嵐士だけでなく、先輩達もサッパリのようだ。
潤滑な推理のためには全員の知恵を借りたい所。だがどう説明したものか。
俺が少し考えていると、金木は一拍を置いてから四人を見渡した。
「まず、私と園原、四橋君の三人はアリバイがあります。放課後に園原を機械科実習室に迎えに行ったあと、直接ここに来たので、時間的にも犯行は不可能です。裏も取れます」
またしても思考が止まる。
おお。金木が説明してくれるのか。なら任せるか。俺より数倍説明は上手いだろうし、俺としても考えに集中しやすい。
「次に米田先輩、縦石先輩は、職員室に顔を出していたのならアリバイは完璧。何時頃に職員室に来たのかさえ分かれば、アリバイが完成です」
「じゃあ、結菜は?」
「谷根先輩は、さっきご自分で言っていた様に友達と連絡が取れればアリバイは完成なので、除外しました」
その通り。やはり金木はここまでは分かっていた。いや、多分分かっていて俺に勝負を挑んている。相当の負けず嫌いだな。
米田は無意識に何度か頷いている俺の様子を見ると、フッと笑った。
「……そうなると、他には吉田先生しか生徒会室に来ていない、ということになるんだね。うん。凄いね君達」
爽やかな笑顔で俺達を褒めた米田は、心底驚いているようだった。嵐士を含めた残りの三人も口を開けて驚いている。
これで何とか全員が同じ思考までは来れた。こうなるとあとは何が必要なのか。それは……。
「あとは場所、ね」
金木の言葉に俺は一瞬固まった。まさかここまで同じ思考とはな。
そう。この推理ゲームの勝利条件は犯人が誰かを当てることではない。アネモネの花を含めた選挙活動用道具を取り戻すことだ。つまり次は犯人である吉田が何処にいるのかが勝負の内容となるのだ。
そんな事をしなくとも学校内をしらみ潰しに探せばいつかは見つかるだろう。しかしそうすると金木の望む推理ゲームは成り立たない。何よりも俺が早く帰れなくなり、夕飯の時間が遅れてしまう。そんな事で姉さんは怒らないが、俺がいつもより遅い時間に作るのが嫌だ。つまり互いにWin-Winな話なのだ。
金木もそれは分かっている様で、さっきの言葉以降ジッと黙り込んでいる。
きっとさっきのは俺が勝負の内容を分かっているかの確認だろう。カマをかけたのだ。
俺達は一度だけ目を合わせると、互いに下を向いて思案した。ゆっくりと、頭の中に必要なキーワードを並べていく。
吉田は機械科の教師だ。生徒会の担当で、一度だけ顔を出すと何処かに消えた。米田の口振りから本来なら今日は吉田も顔合わせの場に居た筈だ。なのに、消えた。アネモネを持って。先輩達にはアリバイがある。確認をせずとも犯人ではない事は明確だ。
機械科、生徒会担当、アネモネの花……。
……ふむ。分かった気がする。
俺は顔を上げると、すぐ近くで金木と嵐士が顔を覗いていた。思わず後退ってしまう。
「な、なんだよ」
俺の慌てた様子に嵐士はニヤリと笑うと、言ったのだ。
「それで? 解けたのか?」
……何となく俺と金木の二人で、勝負をしている事に気づいているのかもしれないな。バツが悪くなり、俺は目を背けたまま嵐士に言った。
「嵐士、行ってほしい所がある」
「偶然ね。私もよ」
だろうな。勝負なのだから。嵐士を指名したのは速攻で帰って来れるからだろう。俺も同じだ。
「ん? まあ良いけどよ。そこにあんのか? アネモネが」
嵐士の疑問に、俺は一度横に並んだ金木を見る。
自信満々だな。正直、今回は機械科の俺はかなり有利だ。思えば前回の勝負も俺が有利だった。ならば金木は少ない情報から解答を探しているのだ。俺より随分立派だ。
もしこれで仮に勝負の結果がドローでも、それは俺の負けだろう。何故なら金木は住環境科で、まだ生徒会役員でもないのだから。
俺は一度咳払いをすると、金木の声に合わせ、言った。
「機械科実習室に行ってくれ」「機械科実習室に行ってくれない?」
金木の口から出た言葉を聞いた俺は、静かに確信した。
やはり、今回は俺の負けだな。
――――第三話② 完
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