三「生徒会の奇遇」③

 ドタドタと廊下を走る音が、生徒会室の中にも聞こえてくる。勢い良く開け放たれた扉の前には、何故か誇らしげな嵐士が立っていた。嵐士はいつも通りのニヤケ顔で、手に持った紙袋を高々と上げて見せる。


「あったぜ。お探しの物がよ」


 何故お前がそんな偉そうに誇るんだ。

 俺は文句でも言ってやろうと軽く息を吸った。しかし、俺の声よりも先に生徒会室内に響いたのは、米田の声だった。まるで騒ぐ子ども嗜める様に、優しく重そうに米田の声は響いた。


「四橋君。廊下は走っちゃ駄目だ。君が怪我をするかもしれないし、他の人を怪我させてしまうかもしれないからね」


 至極シンプルなお叱り。流石は生徒会長様だ。大抵の奴からなら嵐士は笑って誤魔化しただろう。しかし米田の声は暖かい様でその奥は冷たく、何よりもその冷ややかな目はとても一つ上とは思えん貫禄だ。普段から言い慣れているのか、或いは元よりそういう雰囲気なのかは分からん。しかしこれだけは分かる。俺なら絶対謝ってしまう。例え悪い事をしてなくても、だ。


「あーっと……、すみませんでした」


 やはりな。嵐士はヘラヘラした適当な男だが、実は意外と頑固だ。その嵐士が成すすべなく謝るのは、とても珍しく、そして愉快だ。


 俺は少しニヤけている事を自覚しながら、嵐士の手にある紙袋を受け取った。言いたげな嵐士を横目に中身を覗く。

 中には生徒会選挙用道具が入っており、アネモネの花も確認する事ができた。俺は思わず安堵の息を吐いてしまった。それだけ安心したのだ、解決したことに。

 これで帰れるな。あとは可及的速やかにをするだけだ。

 俺は紙袋から目線を米田達に変えると、およそ予想通り、米田達は驚いた表情のまま俺をジッと見つめている。


「何でわかったんだい? 君たちは」


 米田は不思議そうに、さっきとはまるで違った雰囲気で俺に尋ねた。

 何だか変な感じだ。中学時代から先輩や後輩との関わりが薄い俺にとって、先輩から質問をされるのはとても違和感がある。まあでも悪い気はしない。

 本当なら説明すら省いて、今すぐ帰りたい。しかし先輩達への説明もせずに帰ると言うならば、金木になんて言われるか分からん。


 今更ながら俺らしくはないが、説明をしなくては帰れないだろう。ならば時間は有限、より効率的に、だ。

 俺は一度左腕の時計を確認すると、軽く息を吐いた。それと同時に、米田達も少し姿勢を直す。数秒の沈黙の後、先陣を切ったのは金木だった。


「まず先程お話した通り、生徒会室に入った人間は限られていました。先輩達、私達一年生三人、そして生徒会担当の吉田先生です」


 金木はつらつらと事実を並べていく。やはり頭が良いのか、嵐士よりも効率的に説明してくれそうだ。


「その中で、吉田先生以外の人にはアリバイがあった。ここまではお話した通りです」

「そうだね。問題は、吉田先生が何処にいたのか、だったかな」


 流石は会長、話が早い。そしてここが俺と金木の推理ゲームのポイントでもあるのだ。

 本当ならこのまま金木に説明をさせても良かったが、金木が普段から推理ゲーム好きならきっと解答に時間を掛けるだろう。しかしそれは俺好みの展開ではない。ならば俺のするべきことは一つだ。


「端的に言うと、吉田先生は機械科実習室にいました」


 俺の急な参戦に金木は分かりやすい位に眉間にシワを寄せ、不服そうにこちらを睨んできた。止めとけ、お前が凄んだ所で谷根には勝てんぞ。


「そうだったね。じゃあ、何で吉田先生は機械科実習室にいたのかな?」


 米田の質問に俺は頷く。

 その答えは簡単だ。俺はゆっくりと、今回のキーワードを一つずつ頭の中で並べていく。

 吉田は機械科の教師だ。若くて、生徒会担当を任せられている。アネモネの花は辻工の生徒会にとって伝統的で大切な存在。そしてそれは当然、吉田も知っていたはずだ。では何故そんな物を持ち出したのか。それも機械科実習室に。

 なぜならば、


「頼まれたからです。保田に」


 俺の解答に、四人は口を揃えた。


「「保田?」」


 嵐士を含めた四人の声が重なる。一拍置くと、驚いたままの三人を横目に、嵐士は少し口角を上げて聞いてきた。


「保田って機械科の保田か?」


 そう。機械科の保田。どんな生徒にも分け隔てなく暴言を吐く平等な男だ。その平等さから生徒からは嫌われ、同じ教師達からも良い噂は聞かないという。そして噂通りの奇行はにも及んだ、ということだ。


「先輩達は、保田の奇行は知っていますよね?」

「奇行? ああ、暴言や体罰じみた行為の事かい?」


 やはり知っていたか。

 米田の解答に俺は頷く事で肯定を表し、話を続けた。


「保田は機械科の生徒には当然のこと、他学科の生徒にも叱咤や暴言を吐く事で有名です」

「そうだね。私もその噂はよく耳にする。結菜は機械科だから、良く知ってるかもね」


 米田はそう言うと、谷根に向かって視線をずらした。谷根に注目が集まる中、谷根は眉間にシワを寄せ、金髪の髪をバサバサとかき散らす。


「あぁ~、まあな。つーかアタシは何にもしてねえけどアイツがごちゃごちゃ言ってくんだよ……」


 まあ目立つ見た目をしてるからな。嵐士のようにターゲットになっても違和感はない。だが、谷根が良く知っているなら話は早い。

 俺は訊いた。


「谷根先輩は、保田の暴言が先生達にも及んだという話は聞いた事ありますか?」


 谷根は一度考える様に天を仰ぐと、またしても金髪をかき散らしながら答えた。


「ああ〜確かそんな話あったな。でも若いセンコウにだけだったはず」


 なるほどな。それだけ聞けば充分だ。俺はちらっと金木の顔を覗く。ここからの解答を促したつもりだったが、顔を逸らされてしまった。


 何だその態度は。まさかイジケているのか? 俺が勝手に話を持っていったから。……何とも難しい女だ。本当ならこのまま俺が解答をしても良いが、今後の関係性に関わってくるなら話は別だ。いくら効率的でも、長期的に見た面倒臭さは耐えられない。

 俺は一度咳払いをしてから、言った。


「あ、あー、ここからが説明が難しいんだよなあー」


 我ながら何て棒読みだ。誰がどう見てもバレバレの演技。嵐士なんて笑いを通り越して呆れているではないか。

 俺は恐る恐る金木の顔を見ると、やはり金木も気づいているようだ。最早若干引いている。何で俺はこんな事をしてるんだろう。早く帰りたい。


「……金木、あとは宜しく」


 心が折れたので素直に言ってやった。最初からこうすれば良かった。


「……わかったわよ」


 若干不満げだが、やってくれるようだ。俺は出来るだけ金木の解答が短くなる事を祈りながら部屋の端に向かった。

 金木は一拍置き、ゆっくりと口を開く。


「じゃあ改めて、説明させて頂きます」


 まあ、金木の解答が外れることはないだろう。





 まず、吉田先生は若くて優秀なことから生徒会の担当を任されていました。当然、アネモネの花や生徒会選挙用道具の重要性は聞いていたと思います。そして今日は、新生徒会役員候補との初対面だったので、予定は開けていたはずです。先生がいない、なんてあまり聞きませんからね。でも、吉田先生は現れませんでした。


 理由は、保田先生にあるお願いをされたからです。多分何かしら、花か何かを持って来いって感じで。ここは何を持って来いと言われたかは重要ではありません。重要なのは、なぜ花なのかという点です。それは保田先生が奥様や娘さんと仲直りをするためだったんです。


 実は保田先生は大の愛妻家で有名です。職員室の机には奥様と娘さんと撮った写真を飾るほど、常に家族の自慢をしています。そんな人物が、急遽何かのアイテムを必要となった。十中八九、喧嘩でしょう。きっと保田先生は機嫌を取る為に何かしらのアイテムを探していたんだと思います。けど見つからなかった。


 そんな時、思いついたんです。生徒会にはアネモネの造花があると。そして、運悪く吉田先生もそこにいた。きっと強めに命令したのでしょう、生徒会選挙用のアネモネの花を盗んでこい、と。吉田先生も最初は断ったはず、伝統ある花を私情で使うのは良くないと。しかし常日頃から罵詈雑言を浴びせられている立場からしたら、強く言われるとどうしても断れないものです。


 仕方なく、吉田先生はアネモネの花を盗むことにしたのです。保田先生もアネモネの花の価値は知っていたはずなので、次の日に返すとかそんな条件を落とし所にして。

 先輩達とほぼ同時に生徒会室に入った吉田先生は、隙をついて選挙活動用道具を取りました。先輩達もまさか吉田先生が盗むと思っていなかったからこそ、気付けなかった。そしてそのまま、保田先生の待つ機械科実習室に行った、ということです。







 長々とした金木の説明は、頭を下げた事で終わりを告げられた。思わず皆から拍手が飛び出す。俺も漸く終わったと安堵のため息が出るほどだ。

 金木は頭を上げると、俺を見てニコッと笑ってみせた。


「どう? 多分園原も同じだよね」


 まあそんな所だ。もっとも、俺は偶々今日の授業中に保田が家族と喧嘩したことをしっていたので、今回は簡単に分かっていた。そういう意味じゃ、ヒントも少ない状態から辿り着いた金木の方がよっぽど勝ちだろう。

 俺は拍手に乗っかる事で負けを示した。それが金木にはあまり納得いかなかったのか、またしても不満げな顔を見せる。

 もう面倒臭いな、コイツ。

 俺は金木の睨みを無視し、鞄を手に取った。金木から何か言われるかと覚悟したが、意外にも金木の声は軽かった。


「流石ね。前回に引き続き今回も名推理だったわ。〇勝一敗一分けって所かしら」


なるほど、引き分けか。まあ金木が納得がいっていないのなら、もうそれでいい。ここで言い返したら更に面倒になるのは目に見えている。

 不意に、嵐士が俺の肩を引っ張った。


「なるほどな。それで俺が機械科実習室に行った時に、保田はヤベーって顔して全部渡してくれたんだなあ」


 説明もしなかったのか。まあ大方、直前に持ち帰る事にビビっていたとか、そんな所だろうな。


「助かったよ嵐士。これで漸く帰れる」

「珍しいな。素直に感謝するなんて。槍でも降るか?」


 大きなお世話だ。俺は嵐士を軽く小突き、先輩達に向き直す。


「じゃあ取り敢えず、今日はこれで終了ですよね」


 俺の問いに、米田は未だ笑ったまま答えた。


「そうだね。本当なら色々説明したかったけど、今日は終わりにしよう。また後日、説明だけの場を用意しよう」


 それは有り難いのか大きなお世話なのか。だがどちらにせよ今日は早く帰りたいので何も言わないでおく。

 俺は一礼すると、扉に手をかけた。横には何故かジッと下を向いたままの金木がいる。


「どうした、帰らないのか」


 俺からの敗北宣言に気が晴れないのか、それともそもそも別の内容で悩んでいるのかは分からない。俺は聞こうとも思ったが聞いたところで特に何も変わらない。と、肩を竦めるだけ。


「そうね、私も帰るわ。……収穫もあったし」


 金木が理由のわからない事を言う。

 何にしても漸く帰れる。いつの間にか日が沈んでいて、雲間から少しだけ日差しが顔を出していた。そしてゆっくりと扉を開けた俺は、さっきも聞いた金木の呟きを聞いた気がしたのだ。


「……園原なら、もしかしたら」








――――第三話③ 完

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