第33話 さようなら、昨日までの自分

▪️


目が覚めると、朝になっていた。

小鳥のさえずりと共に昇る朝日が、僕を照らすようにカーテンから漏れ出している。


ボサボサの頭を掻きながら、僕は昨日の事を思い出す。


先輩達と夜になるまで遊び尽くして、家に帰ってそのままお風呂にも入らずに眠ってしまった、と思う。


というか、家に帰ってからの記憶がほとんど無い。

思い出せない記憶を呼び起こす為、僕はベットから離れて大きく背伸びをする。


「んー、よく寝た」


体が少しほぐれたが、肝心の頭の中は鈍いままだ。

昨日は楽しかった事だけ覚えているけど、具体的に何をしたのかハッキリ覚えてない。


ただ覚えているのは、全力で遊んでやろうと思って先輩を引っ張り回したことだけだ。


まるで時間が飛んだような不思議な感覚。

こんな事、ここ最近全くなった気が……


「――あ」


寝起きに僕は、あることに気がつく。


それは、今朝はあの夢を見なかった。


毎晩見ていた中学最後の夏。

肩が壊れ、野球が出来なくなった悪夢。

今までの、僕の全てを失ったあの出来事。


それを今日、僕は見ていない。


夢だから忘れているだけかも知れないけど、少なくとも朝起きた時に込み上げる気持ち悪さが無い。


こんな事、ずっとなかったのに。


「なんて気持ちの良い日だ~!」


枷が外れたような解放感で、眠気も空腹の事も気にならない。

今日のように気分が良いのはいつ以来だろう。

このまま外に出て思い切り走りたいくらいだ。


――いや、走ろう


思い立ったがなんとやら。

寝間着のまま走り出しても良いくらいだけど、流石に顔くらいは洗っていこう。

そう思った僕は洗面所へ向かう。


「それにしても、昨日は楽しかったな〜」


歩みを進めるたびに頭が冴えてきて、ようやく昨日の事を思い出させるようになってきた。


「ご飯食べて、ショッピングして、それから〜」


体の軽さが気持ち良く、僕は思わず独り言を話す。

今なら親に何を聞かれたって恥ずかしく無い。


あんなにユニークな人達と遊んだのは生まれ初めてで、昨日の事を思い出すたびに胸の中が熱くなってくる。


いっぱい彼らと遊んでみたい。

もっと知りたい。

そうすればきっと――


「……いいのかな」


ここにきて、僕は考えさせられる。


彼らと関わることで、きっと楽しい日々が待っている。

昨日のように時間を忘れて遊ぶ事も、今朝のようにあの夢を見ない日がまたあるかもしれない。


だけど、もし彼らと関わる事が無くなった時がきたとしたら?


この先もずっと仲良くなれる保証なんてない。

実は僕だけ楽しんでいて、先輩たちはうんざりしている可能性さえある。


先輩たちも忙しいだろうし、昨日みたいに遊ぶのはあれが最後だったのかもしれない。


このまま進んでしまうと、いずれ後悔するかもしれない。


「――何考えてんだ僕はッ」


心の底から湧き出る負の感情に嫌気がさす。


だけど、これも僕の本当の気持ち。


だって、次にこんな楽しい事を失った時、きっと僕はもう立ち直れない。

楽しめば楽しむほど、失った時の反動は大きい。

そんな事、考えるまでもなく分かる。


だから僕は、今まで適当に過ごしてきた。


失っても後悔がないように。

無くなっても虚しくないように。

昔のように全力で何かに打ち込まないように、興味や関心を持たないようした。


心の底に、色んなものを沈めた。


考えれば考える程、何もかも不安になる。

さっきまでの気分の良さが嘘のように冷めて、胃酸が込み上げ気持ち悪い。


こんな気持ち悪いものを吐き出したい一心で、僕は洗面所に駆け出す。


「――また会ったね」


洗面所に到着すると、鏡に映る自分を睨む。

目の前にいる僕は相変わらず中途半端な顔をしている。


怒っているか、悲しんでいるのか。

男の子なのか、女の子なのか。

どっちつかずの僕は、もう何者にもなれない。


こんなやつ、褒めてくれる人なんて……


「――あ」


いや、一人だけいた。


――カッコイイも、可愛いも。全部が全部、お前の個性なんだよ

彼は色んな言葉をかけてくれた。


――お前は色んな面を持ってるからこそ、魅力的に見えるんだよ

どの言葉も力強くて。


――好きなように生きるって、ずっと楽しいぜ?

そして、優しかった。


彼のことをもっと知りたい。


沙癒ちゃんのことも。

秋音先輩のことも。


例え、この先裏切られたとしても。

芽生えた気持ちに嘘なんて、つきたくない。


楽しそうに生きる彼らと一緒に、僕も好きなように生きたい!



「――いーだ!」



僕は鏡に映る自分自身に向かって無理矢理笑って見せた。

両頬をくぐいっと引っ張って、歯茎が見えるくらいの無理矢理なやつ。


鏡に映る僕は子供の睨めっこでもしないような不細工な顔になっていた。


「っふふ、あははは!」


我慢出来ずに吹き出した。

鏡に向かって決めた顔をやめて、僕はお腹を抱えて笑った。


頬がつりそうになって、お腹が痛くなるくらい沢山笑った。


目から流れる涙はもう、悲しいから出たのか、笑ったから出たのか。

そんなの、分かんないくらい笑った。


「あー、笑った笑った」


ようやく笑いが収まると、僕は今まで考えていた事がバカらしくなった。


たかが先輩達と関わるだけでこんなに考える必要なんてないんだ。

それに、彼らが突然関係を立つような酷い人間じゃないことくらい、昨日遊んだだけでも分かる。


やりたいようにやれば良い。

その後のことは、その後考えれば良い。


今は、好きなように生きてみようって心の底から思えるのだから。


「バーカ!」


昨日までの自分にさようなら。

今日からの自分に初めまして。


鏡に映る自分に向かってわざとらしい笑顔を向けて、僕はその場を後にした。


▪️ ▪️ ▪️


――鏡に映る彼の姿とても可憐だった。


凛々しくも美しいその顔立ちから繰り出されるあどけない笑顔。

性別の概念が脳内で不具合を起こしてしまいそうな二面性を持ち、彼の前には男女問わずあらゆる人間を虜にしてしまう。


その存在は、幼く可愛らしい少年を表す「ショタ」でも、美形の顔立ちをした「美少年」でも定義出来ない。


そう、彼は男の子してのカッコいい一面と女の子のように可愛い振る舞いを見せる存在。


彼もまた「男の娘」なのだから。

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