第32話 初めまして 後半
沙癒の紹介を終えた所で、裕作は次に秋音の事について話し始めた。
「次に秋音だが……もうあいつとは仲良さそうだったよな?」
「えぇ、秋音先輩とってもいい人ですね!」
「あぁ、俺の最高の親友だ」
秋音の方をチラリと見ると、泣きつくようにベッタリとくっつく沙癒の頭を撫でてなだめている彼の姿が見える。
明るい性格で誰とでも仲良くなれる早乙女学院のアイドルである彼は、裕作が紹介するまでもなく七海と良い友好関係を築けそうだと思った。
「あいつとは小学生の頃からの付き合いだから、かれこれもう十年近く経つなー」
「へー、所謂幼馴染ってやつですね」
二人は同じ小学校で出会い意気投合し、今や親友と呼び合える仲にまでなった。
切っても切れない深い友情で繋がれた彼らは、お互いに今や無くてはならない存在で毎日のように顔を合わせている。
嬉しいことも悲しいことも分かち合い、支えていく。
この友情に亀裂が起きる事など、今後起きないだろう。
「やっぱり、秋音先輩の事好きだったりします?」
「当たり前だろ、友達として一番信頼してるのは秋音だ」
「……既に付き合ってたり?」
「……? いや、俺とあいつは親友だし、別に何ともないぞ」
この鈍感筋肉男は無自覚にも程がある発言をした。
そう、硬い信頼関係だからこそ変化しない物もある。
いくら互いを好いたとしても、想う気持ちの本質が変わらない限り恋心は生まれない。
同性だからとか、幼馴染だからとか。そういったしがらみとは別に存在する『友情』という美しい檻。
その檻を開けるきっかけという鍵を見つけ出さない限り、親友という枠を超えない。
「……もしかしてですけど、あの二人とは何の関係もないんですか?」
「弟と親友、それ以外に何もないが」
「なーんだ、てっきり二人とも落としちゃってるのかと思ってましたよ!」
あははと笑う七海はまだ気が付いていない。
沙癒と秋音、二人とも裕作に対し特別な感情を抱いている事に。
「なるほど、お二人の事は大体分かりました」
「そうか、ならそろそろ四人でどっか寄ってくか」
あらかた紹介を終えた裕作はその場で背伸びをし、足早に二人の元へ向かおうとする。
「あ、待ってください! 最後に一つだけ!」
そんな裕作を止め、七海は最後の質問を彼に告げる。
「……ねぇ先輩」
七海は今までの話は前座だと言わんばかりに表情を変え、真剣な趣きで裕作を見つめる。
「反対は、しなかったんですか?」
「反対?」
「二人が、あんな可愛い恰好をする事にです」
七海の視線の先には、楽しそうに雑談をしている沙癒と秋音がいる。
二人の性別が男だということをその目で確かめたからこそ、彼はより興味を持つようになった。
どうして二人はあんなに可愛い恰好を自らしているのか、と。
「いや、変な意味じゃないんですよ!? でも、男の子が可愛い服とか着るのって、抵抗ないのかなぁ〜って」
頭を掻きながら言葉を手探りのように選んで話す七海。
彼なりにかなり気を使っている様子で、しろどもどろな口調になっている。
そんなアワアワと身振り手振り必死に説明する七海に対し、
「ないよ、全然」
さも当然の様に裕作は答える。
その返事にはやましい気持ちや隠し事など一切含まれておらず、心の底から思っている気持ちだと七海は感じた。
「まぁ確かに、意外に思う人はいるかもしれないけど。二人とも似合ってるだろ?」
「似合ってると言うか、似合いすぎているって感じです」
「だろ?」
あの可憐な二人が可愛い格好をする。
それはまさに鬼に金棒であり、その為に生まれてきたと言っても過言ではない程のシナジーを誇る。
「それに、本人たちがすげー満足してるしな」
その言葉通り、沙癒と秋音は出会ってからずっと楽しそうな時間を過ごしていた。
「まぁ、あいつらも昔に色々あったけどさ」
沙癒が実の父親から暴力を振るわれていた事も。
秋音が無理矢理襲われそうになった事も。
そんな忌々しい過去の数々、それら全て引っくるめて、裕作は言葉を紡ぐ。
「好きなように生きるって、ずっと楽しいぜ?」
白い歯をニカっと見せ、無邪気な子供様な眩しい笑顔を浮かべる裕作。
その顔があまりにも無邪気で、そして安心感が芽生えるような優しい笑顔で、七海は思わず見とれてしまう。
こんなにも、暖かな表情を見たのは生まれて初めてだと思うくらいに。
「んじゃ、二人を呼んでくるからここで待っててくれ」
話し終わった裕作は、少し離れたベンチに沙癒達の元へ向かう。
その大きな背中を呆然と見つめ、七海は独り言をつぶやいた。
「……好きなように生きる、かぁ」
その言葉を聞いて、昔の事を思い出す。
好きでやっていた野球。
毎日が楽しくて、輝いていて。
体の芯までやる気に満ち溢れていた。
けれど、今はもうそんな熱量を抱くことは無い。
そう、七海は思っていた。
「思えば、あれから目いっぱい遊んでなかったなぁ」
野球を辞めてから、体がくたびれる程の運動もしていない。
時間を忘れるくらい遊んだ事もない。
七海は今、自分の好きなように生きていない。
ただ過ぎていく時間に流されるだけの人間。
殻に閉じこもった臆病者。
過去に囚われすぎていて、無いものねだりばかりして、今を何も楽しめていなかった。
自分という存在を、押し殺していた気がした。
「――よし!」
一人残された七海は、手に持ったペットボトルの水をグイっと勢いよく飲み干す。
冷たい水が喉を通り、体の熱を冷ましていく。
けれど、心の中で燃えるように熱い気持ちは一向に冷めない。
ワクワクするような、ドキドキするような。
不思議な気持ちが芽生えた事を感じると、七海はふと天井を仰ぐ。
今、彼は何を思っているのか。
この気持ちは一体何なのか。
そのことは、彼にしか分からない。
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