第32話 初めまして 前半
出てきた三人の表情はそれぞれ違うものだった。
沙癒は依然として無表情のままだったが、ほんの少し頬を赤らめており、恥ずかしがっている様子だった。
次に秋音は苛立ちが解消されスッキリとした表情を浮かべている。どうやら七海を納得させることに成功したようだ。
最後に七海だが……。
「先輩、僕、今日で何かが変わった気がします」
「お前それ言うの四回目だぞ」
脳内に宇宙を生成して、もはや悟りの領域に達しようとしていた。
新たな扉を開いたとでも言うのだろうか、あれから十分程経っているにも関わらず意識はどこか上の空だった。
四人は飲食街にある休憩スペースに戻ってきており、それぞれで自由な時間を過ごしている。
裕作と七海は自動販売機の近くの席に座り、沙癒と秋音は少し離れたベンチに座り今日買った物を見比べている。
「ほら、水でも飲んで落ち着け」
そんな様子を見かねた裕作は、自動販売機で買った小さめの水を買ってから彼に手渡した。
すると、七海は「頂きます」と短く礼を言ってからペットボトルを受け取る。
手渡されたペットボトルを開けると、そのまま気持ちの良いくらい喉を鳴らして豪快に飲み進めていく。
「ふー、美味しい」
「少しは落ち着いたか?」
「えぇ、ありがとうございます」
半分ほどなったペットボトルを両手に持ちながら、屈託のない笑顔でお礼を言う。
「それなら良かったよ」
「えぇ、なんか今日奢ってもらってばっかりで申し訳ないです」
「いいさ、もう俺達友達だろ? 細かい事気にすんなって」
友達。
その言葉を聞いて嬉しかったのか「えへっ」と嬉しそうに頬を掻く。
七海には今まで野球以外の共通点を持った友人はあまりいなかった。
物心ついた時から殆ど野球をして過ごし、ごく稀に遊ぶ時もチームメイトと一緒にいることが多かった。
野球を辞めてから色んな人と出かける機会もあったが、面と向かって「友達」と言えるほどの仲ではない。
ここまで友好的に、それも損得勘定無しに接してくれる人物は裕作が初めてだったりする。
七海にとって裕作は貴重な存在ともいえる。
「……ねぇ先輩」
だからこそ、彼は裕作のことをもっと知りたくなった。
特に、彼の交友関係について。
「二人とは、どう言う関係なんですか?」
七海が見つめる先には、二人の可愛い男の娘。
一度見れば誰もが虜になってしまうような美貌を持ち、知り合いになるだけでも人生の大半の運を使い切ってしまいそうなアイドル級の存在。
そんな二人と一緒にいたこの男、才川裕作は彼らとどんな関係なのか。
七海でなくとも気になる疑問に対し、裕作は「あー」と声を上げる。
「そういや、まだまともに紹介してなかったか」
彼と仲良くなるのが早く、七海とは出会ったばかりということを忘れていた。
互いに知らない同士で自己紹介すら行っていない、そんな状態で今から遊びにでかけようとしていたのだ。
簡単な顔合わせくらいしておくべきだろうと考えた裕作は、二人を軽く紹介しようと考える。
「沙癒ー、ちょっとこっちにきてくれ」
裕作はベンチで秋音と話している沙癒をこちらへ呼びつける。
沙癒がこちらに視線を向けると何かを察したのか、ほんの少し顔を引きつった状態で立ち上がりテクテクと小さな歩幅でゆっくりと歩いてきた。
「紹介するよ、こいつは沙癒。俺の弟だ」
「お、弟!?」
驚きのあまりその場で立ち上がる七海に驚いたのか、沙癒は近くにいた裕作の背中に隠れるように距離を置く。
「ほんとですか!? 先輩とかのじょ、いや、彼と!?」
「どういう意味だ?」
「いや、だって」
だって。と言いながら七海は目の前にいる沙癒を舐めまわすような視線で観察する。
か弱く美しいお姫様のような見た目の沙癒に対し、その近くにいるゴリラ。
凹凸としたシンメトリーを醸し出す両者は誰がどう見ても兄弟には見えず、何かの冗談かと勘違いするのも無理はない。
「まぁ、俺ら血はつながってないけどな」
「な、なーんだ。通りで似てないわけだ」
「よく言われるよ」
義理の弟、彼らは同じ家族だが血のつながりはない。
裕作は早くに母を亡くし、沙癒の実の両親は訳あって離婚をした。
そして約十年前、二人の親が再婚をして兄弟になった。
「ほら、沙癒も挨拶しろ」
裕作の後ろの方で怯えた様に丸くなった沙癒が、七海の顔をチラチラと見つめているが言葉を発しようとはしない。
いや、出来ないでいた。
沙癒は初対面の人間には人見知りをしてしまい、極端に口数が減ってしまう。
これでも昔に比べれば大分改善されたが、まだまだ人と話す事は苦手なようだった。
「沙癒君、だったね。僕は七海」
まるで小さな子供に話しかけるように優しい声で声を掛ける七海。
「同じ一年同士、これからよろしくね」
挨拶を終えると、友好の証として七海は手を差し伸べる。
しかし、沙癒はそれに応じずに未だに裕作の背中から離れようとしない。
「――よ」
そのかわり、喉の奥から絞り出したような小さな声が一つ沙癒の口から漏れだす。
「よ、よろしくね……?」
それが限界だったのか、簡単な挨拶をした後に秋音の元へ逃げるように戻っていった。
その姿はまるで獲物から逃げる小動物のようで、ピューと可愛い音を立てるように一目散に走っていった。
※後半に続きます
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