第31話 新世界

新海七海は初めて知る事になる。

それは『男の娘』がこんな身近な所で存在していたことに。


「え、男……え?」

顔を見て、下を見て、また顔を見る。

視線のシャトルランを繰り返す事数回、ようやく言葉の意味を理解はした。

しかし、彼らが男である事を信じていない様子だった。


「嘘? こんな可愛いのに、男の子?」

「そうよ、嘘ついてどうすんのよ?」

「いやいや! 疑ってるわけじゃないんです、……でも!」


脳内に色んなものが巡り、考えがまとまらない。

指数関数的に増える思考で頭は軽いパニックに陥り、いよいよ頭を両手で抱えた。


「信じられないです……え? こんな可愛いのに……え?」

永遠と自問自答を繰り返し、壊れた機械になれ果てた七海。

彼は言われた言葉が信じられず、ウジウジと考えがまとまっていないようだった。


「――まさか先輩は、女の子だったり!?」

「いや、違うが?」

「で、ですよね~」


目に見える情報が処理できず、いよいよ頓珍漢とんちんかんな事を言い始める七海。


そう、沙癒と秋音を初めて『男の娘』と知った人間はみな同じ反応に陥る。

今や学院中のほとんどが彼らの事を『男の娘』と理解しているが、ほとんどの人が脳をバグらせていた。

特に沙癒が早乙女学院に入学した時は酷く、全校生徒が七海と同じように脳に宇宙が生成され、入学式が大幅に遅延しまうという事件が起きたくらいだ。


「……七海も同じ類だと思うが」

「そうね、まぁ本人に自覚が無いんでしょうけど」

「――罪な人」


自分が高等部でやってきた事がブーメランの如く返ってきた結果なのだが、七海は自分の顔の価値をイマイチ理解していなかった分ダメージが大きいようだった。

いよいようずくまって考え込む七海をこのまま放置する訳にもいかず、裕作は手を差し伸べながら声をかける。


「大丈夫か?」

「いや、ちょっと待って。こんなに可愛いのに……え?」

「ダメそうだな」


七海の中にダイレクトに伝わる情報を整理するのに。もうしばらく時間が掛かりそうだった。


「……なんか大変そうだね」

「スゲー他人事だな」

「だって、私性別なんて気にしないもん」


沙癒は性別に対しこだわりがほとんどない。

他人の価値観どころか、世界の常識とされる事にも無頓着。

可愛いものに性別など関係ない、自分の姿を偽ることなく生きていく。

誰が何を思おうと、ありのままの自分を振る舞う。


だからこそ、沙癒という男のかいぶつが生まれたのかもしれない。


♂×♂


「――そろそろ信じてくれた?」

「いや、正直まだ、分かんない、です」

あれから数分、会話が成立するくらいには回復したが未だに真実を受け入れる事が出来ないでいた。


沙癒と秋音に初めて会った者の中で、男と見抜いた人間は未だにいない。

それどころか、男と聞いても「こんなかわいい存在が女の子のはずがない」と言い、何度言っても信じてもらえないということもある。


「こんな可愛い存在、女の子じゃないと説明つかないでしょ……!」

七海もその事例に当てはまり、何度説明しても受け入れていない。

最初は優しく教えていた秋音も、こうも信じてもらえないとなると流石にイライラが募っていた。


「あ~もう! じれったい!」

痺れを切らした秋音は、七海の手を強引に引っ張り立ち上がらせる。


そのまま手を握り「来なさい!」と引きずるようにして歩き始めた。


「え! ちょっと、どこへ向かうんですか?」

「言葉で信じられないなら、直接確かめればいいでしょうが!」


先行して歩く二人を慌てて裕作達が追いかける。

「あいつ何するつもりだ?」

沙癒の方は何かを察している様子だが、裕作には今から何が行われるのかを理解していない。


「……秋のしそうなことは大体想像はつく」

「変なことしないといいが……」


などと二人の後方で話しながら歩いていると、秋音は足を止めた。

目的地は意外にもすぐに到着した。


七海を連れて行ったのは、飲食街の奥に設置された男子トイレだった。


――おいおい、もしかしてそういう意味か?


裕作もようやくやろうとしている事に気が付き、止めようと思った頃には、秋音はそのまま男子トイレに直行していた。


「沙癒! あんたも!」

「……え?」

「いいから!」


秋音の背後にいた沙癒を強引に呼びつけて、そのまま三人で男子トイレに入っていった。


「裕作は見張り!」

「お、おう」


待機を命じられた裕作は、入り口付近で三人を待つことにした。

中には誰もいない様子だったので、大きな騒ぎにはなら無さそうだ。


「まったく、なんなんだよ」


手持ち無沙汰を感じる裕作は、入り口の傍の壁に背中を預けて腕を組む。

幸い周りには男子トイレを利用するような人はいないようで、ただ待っているだけで良さそうだ。


「しかし、直接ってなぁ」


秋音のあまりにも生々しい発言に、当事者ではない裕作の方が恥ずかしさが込み上げてくる。


今、彼の後ろでナニが行われようとしているのか。

などと変な想像を膨らませる前に、男子トイレの中から大きな声が聞こえた。


『え!? うそ、ほんとにある!?』

七海の驚く声は入り口にいる裕作に丸聞こえで、中で何が起きているのかはその言葉で大体想像がついた。


……本当に、ここに誰も居なくてよかった。


そう心の中で安堵する裕作を他所に、七海の声は続けて聞こえてくる。


『沙癒ちゃんも……ある!? なんか、その、すごい』


何がすごいのかイマイチ見当もつかないが、すごいんだろう。

もう一緒に風呂を入る事をしていないので裕作は詳しく知らないが、沙癒のはふつ……いや、この話はもう辞めよう。


二人の確認が終えた所で、そろそろ戻ってくるだろうと思っていた矢先、


『え!? 僕も!?』

七海の驚く声は留まる事を知らず、今度は自分自身にも矛先が向けられたようだった。


『当たり前でしょ! あたし達の見せたんだから!』

『……不公平』


反響する室内では二人の声も微かに聞こえ、現在の状況は裕作でもしっかり理解できる。

しかし、だ。

裕作は今の会話が聞こえたからと言って特別嬉しいわけでもなく、何をしているんだと呆れる一方だった。


♂×♂×♂

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