第30話 初めての体験

七海は二人に今日の事を簡単に説明をした。


裕作と偶然出会ったこと。

予定も聞かず連れ出したこと。

そして、何故カップル限定のパフェを食べていたのかということ。


なるべく簡潔に、そして語弊が生まれないようにと丁寧に経緯を伝える。


「――ということなんです」

話し終えると、ふぃと一息吐いてから七海は真面目な表情を浮かべ二人に謝った。

その様子を見た秋音が七海の目の前まで歩いていき、その顔を覗き込みながら質問をする。


「……確認だけど、あんたってほんとに男よね?」


まじまじと見つめる視線に緊張しながら、七海は頬を掻く。

「――やっぱり、僕の顔変ですかね」


男の子で女の子のように可愛い顔。

一目見れば誰もが羨む超美形だが、その影響で度々トラブルを起こす。


何もしていないのに惚れられ付きまとわれたり、彼氏彼女を取られたと詰め寄られたこともある。

七海はこの顔の影響で色んな面倒事を経験している。


こういった場面も初めてではなく、もはや誰かに謝る事に慣れつつあった。


「――じゃない」

震えた声でかき消されて何を言ったか分からない。

けれど、七海はこれから怒られるのだと思い、歯をグッと食いしばり覚悟を決める。

体を強張らせ、どんな事を言われても受け入れられるように。


「――ぜんっっっっっっっぜん変じゃ無い!!!」


思いも寄らぬ言葉に思わず「え?」と七海が聞き返す。

彼は自分を過小評価している為、否定的な意見が飛び出すと覚悟をしていた。


しかし、七海の思っていた言葉とは正反対になる賞賛の声をあげ、目をキラリと輝かせた秋音はそのまま興奮した様子で彼に近づく。


「いやむしろ芸術って感じ! キリッとしてる割に目が丸いから可愛さも出てるし、身長も高すぎず低すぎずで色んな服に合わせらそうだし、まさに理想って感じ!」

七海の周りをグルグルと徘徊し、隅々まで観察する。


そう、秋音は七海に対し酷いことをしようなど微塵も思っていない。

むしろ、初めて見た時から彼の魅力に気が付き話しかける機会を伺っていた。


「髪も綺麗に染めてるし、それ自分でやったの?」

「いや、これは母さんがやってくれて」

「うそ!? 今度紹介して! あたしも毛先とか染めたいと思ってたのよー!」


二人だけで女子?トークに花を咲かせて、先ほどまでも重たい空気はどこかへ消え去ってしまう。


「……なんか盛り上がってるな」

これを機に、裕作はこっそり立ち上がり沙癒の隣へ移動する。


「秋、なんだか楽しそう」

「そうだな、あいつ可愛いものには目が無いからな」


キャッキャッと楽しそうな二人を俯瞰する裕作は、腕を組み云々と小さく頷く。

始めて七海と会った時から秋音が興味を示しそうだと感じていたが、ここまでテンションが上がるとは思わなかった。


「一件落着、かな?」

この雰囲気のまますべてを無かったことにしようとする裕作に対し、

「……でも、浮気は許さない」

「いたたたた! やめ、今立ち上がったばかりだから!」

沙癒は裕作の太もも辺りを軽くつねる。


大した力ではないが、今までずっと正座していた足には相当のダメージが蓄積されている。

痛がる裕作の姿を見た七海は、先ほどの話を掘り返すように話を切り出す。


「でも、ほんとにごめんなさい、みなさんの邪魔しちゃって」

「ちょちょちょ、あんたが謝ること無いって!」


頭を下げて謝る七海を見て、秋音が慌ててフォローを入れる

「でも……」

「そんなんで謝るんじゃないの! それに、元を辿れば裕作のやつがもっと詳しく説明してくれたらこんな事にはなって無いし!」


人差し指で指された裕作は「いやぁ」と言い間抜けな顔で頭を掻き始める。

まるで反省の色が見えない彼にさらに追い打ちをかける沙癒を他所に、秋音は続けて話しかける。


「あたし達が怒ってたのは、裕作がナンパして迷惑かけてたんじゃないかって事よ」

「え? ほ、本当ですか?」

「――本当よ。あたし達の勘違いなんだから、あんたは頭下げないの!」


秋音は嘘をついた。

本当は裕作は他の男と遊んでいたことに嫉妬し、怒りをぶつけていた。

しかし、相手……それも後輩がここまで真剣に謝っているのだ。

この良い雰囲気を壊すことなく、話を進める方がお互いのためになるだろう。

そう考えた秋音は、誤魔化してでも七海の顔を立てる。


「そ、そうなんですか。ならよかった~」

二人は怒っている様子がない事を確認した七海は、ホッとため息を吐く。

真偽はどうあれ、これ以上ややこしい状況にはならなさそうだと思い、七海は頬を緩ませる。


「沙癒、あんたもそうでしょ?」

「……うん」

その事を察した沙癒も、秋音の話に合わせる。


そんな中、裕作は何も気が付いておらず首を傾げた。

「そうなのか? 俺はてっきり他の人とデーああああああああ!!!」


余計なことを言いそうになった兄に最後のトドメをさす弟。

納得のいっていない裕作を置いて、秋音は鼻を鳴らしてから話を続ける。


「もうこの話はこれで終わり、もうあんたも気にしないの」

「……はい、分かりました」

「声が小さい!」

「はい! 分かりました!」

「うん、それでよし!」


秋音は両手を腰に当てながらニッコリと七海に笑いかける。

その太陽の様に眩しい笑顔は、誰もが頬を緩ませるくらい可愛らしいものだ。

学院中の人間を虜にするアイドルスマイルに、七海も思わず「可愛い」とつぶやいてしまう。


「あんがと。まぁあたしは沙癒に比べたら見劣りするだろうけど」

「いえいえそんな事はないですよ! あなただって、ええと、名前は……」

「秋音よ。一応二年だけど、面倒だったら敬語とか要らないわよ」

「そんな! 先輩なら敬語使いますよ!」

「あはは、何それ!」


互いのコミュニケーション能力を存分に発揮し、早くも二人が打ち解け始めている。

そんな二人を見つめる沙癒は、少し複雑そうな顔立ちでただ突っ立っていた。

話しかける話題も、話に割って入るだけの度胸もない彼にとって今の状況は孤立を生んでしまっている。


「沙癒も話して来たらどうだ?」

痛みから復帰した裕作は、弟の背中を押すように話しかける。


「――ううん、私はいい」

臆病な性格を行動で表すように、首を横に振って提案を拒否する。

沙癒は初対面の人間には滅法人見知りを発揮し、口数が極端に減ってしまう。


関わりたくないわけじゃない。

知らない人とも気軽に話せるようになりたい。

しかし、今の彼にはそれはとても難しい事だ。


――何か、大きなきっかけがあればいいんだけどな


弟に対し無理強いはしないが、どうにか後押しをしてやりたい。

七海は同じ一年で、沙癒と同じくらい顔も良い。

友達に成れればこれ以上嬉しいことは無いが、いかんせん良い方法が思いつかない。


ヤキモキする気持ちとは裏腹に、話し終えた二人がこちらへ向かってくる。


「先輩、今から僕も今から買い物に混ざっていいですか?」

「あぁ、いいけど。お前らもう仲良くなったのか?」

「はい! 秋音さんとってもいい人なのでつい話し込んじゃいました!」

「七海、あんたそれみんなに言ってるでしょ?」

「あ、ばれました?」


この短期間で見事に馴染んだ七海は、いつもの調子でヘラヘラと笑いながら話を広げる。

早くも彼は話の主導権を握っており、その明るい性格が末恐ろしくも感じる。


「いやー、でも先輩も罪な男ですね」

「ん? どういうことだ?」


両手を後ろに回しながら、七海はニヘラ顔を浮かべながら冗談を言う。


「だって、こんな可愛い彼女を二人も連れて遊ぶなんて!」

冗談のつもりで言った言葉で、七海以外の三人は言葉を失う。

そう、彼は沙癒と秋音の性別を絶賛勘違い中なのである。


「え? あんた何いってんの?」

キョトンと真顔になる秋音に向かって、七海は続けて言葉を話す。


「だって、先輩なら女の子の一人や二人……」

「違う、そうじゃない」

そう、七海は二人の認識を根本的に見間違えている。

いや、本来は彼の方が正しいのだが。


「あたし達、男よ?」


「へ?」

七海は人生で一番の情けない声を漏らした。

目を皿のようにして二人を眺めるが、とてもじゃないが信じられない。


そう、七海はこの時初めて『男の娘』という存在を知る事になる。

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